第25話 影神団、光と闇の宴③
阿津間景之が持ち出した映写装置はむろん鳥人族の手になるもので数年前に闘幻境から持ち帰ったものであったが、主な使用目的は日本全域の空に散らばった“飛翔系監視・索敵メカ”である天眼鳥から送信される〈問題映像〉の受信装置なのであった。
なお天眼鳥は地上用と闘幻境用の2種類が存在し、前者は本物かと見紛うほどに精密な“季節の野鳥”の形状と挙動を示し、武装といえるものは証拠隠滅用の自己溶解装置のみなのに対して、後者は一切の装飾を排した機能性最重視のデザインが採用され、胴体に強力な殲光弾砲を備え両翼にも各4門のミニバルカン砲を装備した一廉の戦闘マシンなのである。
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まず映し出されたのは緑豊かな森林内に建つクリーム色の洋館で、手入れの行き届いた前庭は優に百坪はあるが、そこに駐められている乗り物は1台の黒い250CCクラスの国産バイクのみであった。
時刻は午後四時前後と推測されたが、鬱蒼とはいかずとも四囲を広葉樹に取り囲まれた建物周辺には既にひたひたと夜の気配が忍び寄っている。
「……いうまでもなくこれが生駒市内にある火乃崎の別荘で、あのバイクは不知火の愛車だ。
ちなみにこの時舜矢はファイヤーメイツ恒例の月末キャンプで京都の丹波に出かけていた──潜入員からの情報と天眼鳥の送信によれば、オーナーが行事で留守にする時には決まって奴がここを訪れるらしいな……」
「ほう、それは怪しいですね。
一体内部でどんな活動を行ってるものやら……やはり魔薬関連なんでしょうか?」
「むろんそれもあろうが、どうやらそれ以上にヤバい活動に耽っているようだ。
おっ、出てきたな……もうすぐそれがハッキリするよ」
分厚いマホガニーの玄関扉が開かれ、あたかも今朝の景之自身の様に黒いフルフェイスを被り、革ジャンにブラックジーンズを身に着け黒スニーカーを穿いた180センチ近いスマートな体躯の若者が現れ、軽やかな足取りでバイクに向かう。
「コイツが問題の不知火リョオですか……しかし外見といい物腰といい、どこからどう見ても人間にしか見えませんね……しかし何やらデカいリュック背負ってますけど、友達?の別荘に泊まるのにそんなに荷物が要るのかな……」
「ふふ、そう思うよな。もう察しのいいキミなら気付いてるだろうが、あのリュックの中身が問題で、それとこの館はどうやら深く関連付けられているらしい……事実、奴がここに到着した時にはあれほど膨れちゃいなかったんだからな……!」
「──!
となると、あの中に隠された何物かがストーカー野郎に報復を……!?」
「そういうことね──でもいかに兵器とはいえよくもまああんな醜悪な化け物を扱えるもんだわ……。
それにストーカー退治に使用した魔物だけであの大きさになるとも思えないから、他にも何匹か詰め込まれてるのかもしれないわね……!」
「なるほど……」とりあえず画面に見入るしかない晶馬であったが、不知火がバイクを発進させると同時に場面は一気に飛んで灯火煌めく夜の風景となっており、とあるコンビニから白いレジ袋をブラ提げて出てくる黒いパーカーとダボついたジーンズ姿の20代半ばとおぼしき金髪青年をフォーカスする。
細く吊り上がった双眸と分厚い唇といういかにも粘着気質っぽい風貌から、コイツが例のストーカーとしか思われない。
駐めてあった黒いワンボックスカーに乗り込み、早速IQOSを咥えた“今宵の犠牲者”は、大音量でヒップホップを流しながら帰宅車でビッシリの車列に強引に割り込んで何処かへ走り去り、駐車場の隅でエンジンを切って待ち構えていた不知火も5台ほど後ろからさりげなく追跡を開始する。
「……これから被害者の許に馳せ参じようってんですかね?……あっ、そうか、今頃火乃崎らとキャンプ場にいるんだった!」
「──だからこそ不知火は今夜を決行日に選んだって寸法だな」
鳥人族製映写機には自動編集機能が備わっているのか次なるロケーションは変質者が乗り入れた自宅アパート駐車場であり、10秒ほど遅れてバイクがそこを通り過ぎるが、その時ハンドルから離れた不知火の左手から棒状の何かが路上に放たれ、とんでもない迅さで地を這いながら金髪野郎の愛車に接近する。
「うぐッ、何だあれはッ!?」
「まあ見ていたまえ、すぐに明らかになるさ……」
こう声を低めて告げる景之に「私は二度とゴメンだわ……まあ初見の際も一瞬で目を閉じたけど」とうんざりしたように亜美紗が被せる。
さて、鶫型天眼鳥の機眼の解像度はまことに凄まじいものがあったが、怪物体はほぼ埋まった駐車場を巧みにすり抜けながら進行したと見えて、暗視装置がその奇怪な全貌を捉えた時、そいつは部屋に戻るストーカー男の背中にベタッと貼り付いていたのだ!
「うわッ!蛇だッ!?」
黒い衣服の上にまるでトグロを巻くようにして密着した、黝い光沢のヌメヌメとした皮膚を持つ、直径3〜4センチ・全長60〜70センチ余りと推測される怪奇生物──それはまさしく蛇か或いは鰻を彷彿とさせたが、どちらとも違うのは鰓も尾っぽも、そして頭部すらも付属していないいわば1本の黒い肉の縄=巨大ミミズなのであった!
しかも男がその存在に全く気付いていないことからも見た目に比して重量もかなり軽いことが見込まれ、後はそれが的確に機能するのならばまさに理想的な暗殺兵器といえた。
しかし十数メートル頭上から撮影していた天眼鳥は建物内まで深追いすることはなく、画面はそこで静かに暗転してしまったのである……。
「……この後、どうなったんですか?
まさかアイツ、絞め殺されちまったんじゃ……!?」
フーッと大きく息を吐きながら呟く冴木遠征長に阿津間総帥は微かに笑いを含んだ声音で「いいや、さすがにそれはなかったよ……ま、そもそも不知火らにすればそこまでやるほどの価値ある相手じゃなかろうしな。
されど先程言ったようにこれ以降卑劣な付きまといはピタリと止んだそうだから、火乃崎のアジトで飼育かもしくは製造されたあののっぺらぼうの怪生物は、ひょっとしたら口を聞けるのかもしれないね……」




