第15話 新たなる闘幻境来訪者
「ふーッ、ようやく持久走ならぬ【時空送】を意識を保ったまま完走できるようにはなりましたが、慣れってのも考えモンですな……どう考えてもネンネしたままキャリーしてもらう方が健康的だ……ハーッ、全くしんどいですわ……特に〈出口〉が見えてからそこを通過するまでがとんでもなく長く感じる上に呼吸も急激に苦しくなってガンガン頭痛もするし、続いて躰の節々がギリギリ締め上げられた様に軋んで、到着の瞬間に合わせたみてえに激痛のピークがやってきて毎回誇張抜きに全身がバラバラになったかと思うんスよね……アッツツ……いつも感心させられるんですが、総帥、よくケロッとしてられますねェ……正直、エクルーガよりもこの“苦痛の旅路”が何より一番怖えんスよ……」
床に両膝を着いたまま、半ば恨めしげに見上げてくる紺堂武彦に苦笑しながら歩み寄った阿津間景之は「ほら、しっかりしたまえ新遠征長」と右手を差し出して引っ張り上げるように立ち上がらせる。
「こればかりは致し方ない、どうやら乗り物酔いと同様に時空間を跨ぐ【召喚酔い】の耐性にもかなりの個人差があるようだからな……しかし君も理解しているように、メンバー間の力関係はまずこの最初の一歩であらかた決まってしまう──即ち、まず素面のまま到着するのが第一の関門で、これはまあキャリアを重ねることで自然と身につくものだが、今君も参っているように中々ハードな代償を伴う……。
結局のところいかに呼吸を調え気を張りつめたところで“心頭滅却すれば火もまた涼し”という境地には至り難いということなのだが、タチが悪いことに世にはこの地獄の苦痛も〈体質〉だけで易々クリアしてしまう輩が存在するということなんだよな……まことに申し訳ないが、かく言う私もどうやらその一員らしくてね……」
気力を振り絞って立ち上がったものの、すぐに膝を折った中腰状態となった紺堂は、眉間に皺を寄せた瞋恚の形相で俯きつつ、「生まれながらの幸運児である帯刀氏もそうらしいですね……羨ましい話だ」と仮初の灰色の床に向かって吐き捨てる。
「しかし君なら近い内に自力で克服できるものと確信しているよ……だって考えてみたまえ、新たに部下となった彼らがその能力を備えていたら遠征長の立場…いやプライドはどうなる?
まあここが人間という〈超生物〉のおそろしくも神秘に満ちた特質だが、その瞠目すべき進化の原動力となったのは“何糞ッ、負けてたまるか!”という気魄にあったと私は思う。
そして我が影神団においてそれが最も旺盛なのが紺堂君、キミなのだとな……」
「──光栄です。この世の誰よりも尊敬する総帥にそう仰って頂くと、何だかこの試練も乗り越えられそうな気がしてきました……。
せいぜい精進しますよ、私なりに」
どこか拗ねたような口ぶりに淡々と「それで良し──ヒトの可能性は無限大だ、全身全霊を込めて事に当たれば、人生において克服できぬ難題などそうそうあるものではない……おっ、亜美紗嬢が到着したようだ──受け止めてやりたまえ」
この一声が何よりの“気付け薬”となったものとみえ、一瞬にして背筋を伸ばした巨漢は昂然と振り向くと、既に黒タイツに包まれた膝頭辺りまで出現した最愛の存在に逞しい両腕を差し伸べる。
「──なるほど、恋の力とは偉大なものですな……いや、鳥人族にはどうしても理解しかねる感情なもので、遠征軍の男女間(同性のケースも多々ありますが)における魂のドラマを垣間見るごとに形容し難い感慨に打たれる訳なのですが……」
「ええ、たしかに仰る通りですが、色恋というものはまさに両刃の剣でしてね……今日は人を最高に充実した感情で満たしもすれば、明日は血みどろの地獄絵図を現出しもする……しかしいずれにせよ、そこに人類が生じさせることのできる最も強力な精神エネルギーが横溢していることは間違いありません──そしてまさしく彼は今その渦中にある……楽しみですよ、これからどこまで彼女を媒介として紺堂君が成長するか、そして最高の女神を擁するチームが群雄割拠の闘幻境を舞台にどこまでのし上がれるのか……!」
むろん、これら背後の声は黒衣の歌姫を慇懃に抱え上げた武彦の耳には入っていなかった。
ただひたすら、痛みを伴う鉛のような疲労感を一瞬にして霧散させた恋の神秘力と、黒絹のブラウスと同色のショートパンツを貫いて亜美紗の肌から立ち昇る魔性の香りに浸りきり、酔い痴れていただけである……。
さて、初の時空送を終えた新加入者は自走機能を備えた移動寝台に乗せられて大母艦の医療施設内に設けられた休憩室に運ばれて半日過ごした後、3.5次元世界である闘幻境に生体波動を順応させるための調整室にもう半日籠もることになるのだが、阿津間総帥は寛大にも?新遠征長の士気をMAXまで高めるためかこの状態で久堂亜美紗を連れて行かせるつもりらしかった。
その間にも松島→三浦→犀原→吉岡→北崎の順で次々とDR戦士たちが到着し、景之とシュネビムが交互に受け止めて移動寝台に横たえてゆく。
皆一様にサークルや夕星城の黒基調のオリジナルTシャツを着用し、下半身はジーンズ&スニーカー(松島・三浦)、スパッツ&ランニングシューズ(犀原)、サバゲー用迷彩ズボン&軍用ブーツ(吉岡)、紺堂と同じく革パン&ライダーブーツ(北崎)と各自の好みに従ってチョイスする一方で彼らにとってはマストアイテムというべきピアスや指輪、リストバンドやミサンガといったアクセサリーも当然の様に身に帯びているが、腕時計やネックレス及びブレスレット類は自粛を命じられていた──理由は影神団の専用デバイスが手首に巻く様式であるためであるが、むろん危険性の除去の意味合いも含まれている。
されど、DRメンバーの証である丸い黒水晶を象嵌したシルバーリングだけは携行を認めてほしいと亜美紗に直訴され、特別に許可されたのであった。
「──よし、どうやら全員無事に到着したようだな。
それでは後はストレッチャーにオートマティックに休憩室に搬送してもらうが、亜美紗さんは紺堂君に責任を持って送り届けてもらおうか……それが済んだら影神団専用の指令室に帰還した鳳凰陣メンバーと共に集合だ。
そこで本日彼らが直面した新たな脅威の詳細について帯刀君から報告してもらい、今後の方針を練ることにする……!」




