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第四十二話『大赤字と「価値」』

 とりでの最下層。 ヴォルガが「牢獄」として使っていた、古い資材倉庫の扉が、外からこじ開けられた。


「…ゲホッ。遅えぞ、コウスケ…」 煙と埃にまみれ、猿ぐつわを噛まされ、柱に縛り付けられていたレオが、助けに現れたコウスケの顔を見て、悪態混じりに笑った。

「あいつら、どうなった?」

「…終わった」 コウスケは、レオの拘束をナイフで切りながら、短く答えた。

「ギムレットさんとクララが、ヴォルガを倒した」


 二人が、崩れた砦から地上へ這い出した時、彼らを迎えたのは、決戦を終えた仲間たちの、疲労困憊の姿だった。

「レオ!」 クララが、ボロボロの姿で戻ってきたレオを見て、安堵と怒りが入り混じった顔で駆け寄る。

「この…馬鹿! あんたが単独行動なんてするから! どれだけ、どれだけ…!」

「へへ…悪い、クララ。助かった」

 レオが、照れくさそうに頭をかく。 ギムレットも、戦鎚を肩に、深く息をついた。

「フン。これで、ようやく『契約』完了、というわけか」


 一行が「橋の民」の集落へと戻ると、そこは、これまでにない「音」に満ちていた。 歓喜の声だ。 バルトと、生き残った空賊を監視していた「橋の民」が、ヴォルガの最後と、レオの無事な帰還を知り、信じられないといった様子で、一行を迎えた。 やがて、その中から、長老がよろよろと歩み出てきた。 老人は、コウスケ、クララ、レオ、ギムレットの四人に向かい、その場に深く、深く、膝をついた。


「…なんと、御礼を申し上げてよいか」 その目には、涙が溢れていた。

「我らは、この牢獄から、永久に解放されることはないと諦めていた。あなた方は、我ら一族の、数百年越しの『絶望』を、断ち切ってくださった…!」

「おお…!」

「ありがとう、旅の方!」

 「橋の民」たちが、次々とその場にひれ伏し、感謝の言葉を捧げる。 それは、彼らにとって、まさに「救世主」の誕生の瞬間だった。


「よ、よせよ、大げさだ」

 レオが、その重すぎる感謝に、居心地悪そうに頭をかく。


 だが、その輪の中で、一人だけ。 まったく、喜んでいない人物がいた。 クララだった。


 彼女は、その場に響く「ありがとう」の声を背中で聞きながら、集落の隅で、馬車から取り出した会計帳簿レッド・ジャーナルを、鬼のような形相でめくっていた。 その手は、怒りか、絶望か、小刻みに震えている。


「…クララ?」 レオが、彼女のただならぬ気配に、恐る恐る声をかけた。

「どうしたんだよ。勝ったんだぜ?」


「…………」

 クララは、ゆっくりと立ち上がった。 彼女は、レオを無視した。 感謝の言葉を受けるコウスケを、ギムレットを、全員を無視した。 彼女は、集落の広場の中心まで進み出ると、ギルドマスターであるコウスケに、その帳簿を突きつけた。


「コウスケ」


 その声は、氷のように冷たかった。 集落の歓声が、ピタリと止む。


「あ、クララ。どうやら、クライアントの『課題』は、無事に解決できたみたいだ」

 コウスケが、わずかに引きつった笑みを浮かべて答える。 「解決?」 クララの声が、一段、低くなった。彼女は、帳簿の、あるページをコウスケの目の前に叩きつけた。


「あんた、バカじゃないの」


「え…」

「コウスケ! このプロジェクト、無事に解決なんかじゃない! 『破綻』よ!」

「いや、クララ、落ち着いて…」

「落ち着いていられるもんですか!」 クララの積もり積もった「会計責任者」としての怒りが、ついに爆発した。


「私が、今、計算したところよ!」 彼女は、震える指で、帳簿に書きなぐった赤インクの数字を指差した。

「レオの救出と、ヴォルガとの戦闘で、私たちが『消費』したコスト! ギムレットさんが使った、あの『ブラケット破断』用の特殊なくさび! 私が陽動で使った火薬と高級な矢! そして、何より、レオがあのバカ(ワイバーン)との戦闘で失った、一級品のポーションの数々!」 彼女は、息を継ぐと、コウスケに最終通告を突きつけた。


「コウスケ!今回の『空中都市アエリア・システム改修プロジェクト』は、大赤字よ!私たちのギルドから承認された、当初の『フェーズ1・調査予算』の…三倍も使ってるの!」


「さ、三倍…!?」

 レオが、自らが消費したポーションの額を想像し、青ざめた。 「橋の民」たちも、「赤字」だの「予算」だの、自分たちの命とは関係のない言葉に、ただ戸惑っている。


 クララは、コウスケに詰め寄った。その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいる。


「あんたは、『クライアントの課題を解決する』と言ったわ! でも、その結果、私たちの『ギルド』が潰れたら、何の意味があるの!?どうやって、この『赤字』を、ギルドに報告するつもり!?教えてよ、ギルドマスター!この、採算度外視の『勝利』に、いったい、どれだけの『価値』があったっていうのよ!」


 コウスケは、会計責任者として、あまりにも「正論」を叫ぶクララを、ただ、見つめ返すことしかできなかった。 「橋の民」の歓喜と、クララの絶望的な「現実(数字)」。 その板挟みで、コウスケは、次の「答え」を、見つけなければならなかった。

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