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第十六話『標準仕様書(スタンダード・スペック)』

噂は、風よりも早く職人街を駆け巡った。 翌日から、冒険者ギルドのカウンターは、これまでにない奇妙な活気に包まれた。しかし、そこにいるのはゴブリン討伐を依頼する村人ではない。オイルと汗の匂いをさせた街中の職人たちが、自分の工房の「見積もり」を依頼しに、ひっきりなしに訪れるのだ。




「次は俺の番だ!」


「いや、俺が先だ!」




レオは殺到する依頼主を捌くのに追われ、クララは山積みになった羊皮紙の要望書を前に、嬉しい悲鳴を上げていた。ガスパールの成功は、コウスケの予想を遥かに超える市場の需要を掘り起こしたのだ。 だが、コウスケだけは、その光景を厳しい顔で見ていた。




「問題は、生産性スループットだ」




作戦室に戻るなり、コウスケはホワイトボードにそう書きなぐった。




「今のやり方は、一軒一軒、要望を聞いて、現地調査をして、オーダーメイドの設計図を描いている。これでは、月に二軒改修するのが限界だ。儲けも薄い。このままでは、依頼の山に押し潰されて事業は破綻する」




建築士としては正しい仕事だが、事業としては非効率。ドワーフたちを束ねるギムレットも、深く頷いた。




「うむ。毎回違う形の炉を作るのは骨が折れる。同じものを数多く作る方が、ワシらも早いし、質も安定する」




彼らは「生産性の壁」という、次なる問題に直面していた。




「そこで、だ」




コウスケは、分析を終えた依頼書の束を叩き、新しい羊皮紙を広げた。




「俺たちは、オーダーメイドの高級レストランじゃない。高品質な定食屋になるべきだ。つまり、『標準仕様』を作る」




彼は、職人たちの悩みがいくつかのパターンに集約されることを見抜き、三つの標準改修プランを策定した。




【松プラン】:竹プランに加え、工房全体の魔力防護と構造補強を施すハイエンドパッケージ。価格、金貨250枚。工期、25日。




【竹プラン】:炉の断熱強化と熱効率改善に特化した、最も需要の高い基本パッケージ。価格、金貨100枚。工期、10日。




【梅プラン】:予算の少ない職人向けに、最も費用対効果の高い断熱改修のみを行う廉価パッケージ。価格、金貨40枚。工期、5日。




価格、工期、使用する部材がすべて固定されたプラン。これにより、クララは複雑な積算なしに見積もりを即答でき、ギムレットの工房では、標準化された部材の量産が可能になる。それは、職人の手仕事の世界に、「工業化」という概念を持ち込む、革命的な試みだった。




ギルドが標準プランを掲げて一気に受注を拡大し始めた頃、商業ギルドのヴァレリウスが動いた。品質で勝てない彼は、価格で勝負を仕掛けてきたのだ。 「格安工房改修キャンペーン」と銘打ち、コウスケの【梅プラン】の半額近い、金貨25枚という破格の値段を提示。その安さに、一部の職人たちがなびき始める。ヴァレリウスの狙いは、利益度外視の価格競争でコウスケの事業を消耗させ、潰すことだった。




その数日後、コウスケは街の広場で「事業公開説明会」を開いた。勝ち誇った顔のヴァレリウスも、野次馬に混じってその様子を見に来ている。 コウスケは、巨大な黒板に二本のグラフを描き始めた。




一本は、商業ギルドの改修案。「初期費用イニシャルコスト」の棒は低いが、その後の燃料費や修繕費といった「維持管理費ランニングコスト」が、年々右肩上がりに伸びていく。 もう一本は、自分たちの【竹プラン】。初期費用の棒は高いが、圧倒的な性能のおかげで、維持管理費は低いまま、ほぼ横ばいだ。




「皆さんが本当に見るべきなのは、今日の支払額じゃない!」




コウスケは、集まった職人たちに力強く語りかける。




「この建物が、これから10年、20年と、どれだけ皆さんに利益をもたらしてくれるか。その『ライフサイクルコスト』です! 我々が提供しているのは、単なる改修工事ではない。皆さんの未来への『投資』なんです!」




それは、この世界では誰も聞いたことのない概念だった。 しかし、職人たちは、その言葉の本質を理解した。そして、その理論の最高の証明であるガスパールが、生まれ変わった自慢の炉の前で、満足げに腕を組んで頷いているのを見た。 ヴァレリウスの顔が、みるみるうちに青ざめていく。彼は価格で戦いを挑んだが、コウスケは「経営」という、遥かに高い次元で戦っていたのだ。

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