第十二話『制御魔晶(キー・マテリアル)』
「――あとは、任せたぜ…!」
口の端から血を流しながらも、レオは不敵な笑みを浮かべた。彼の両腕は痺れ、愛剣は悲鳴を上げている。黒いローブの魔術師が放つ魔法の奔流は、若き剣士の気力と体力を、容赦なく削り取っていた。
勝つことは目的ではない。 仲間たちが「作業」を完了させるための、ほんの数秒を稼ぐこと。建築現場でコンクリートが固まるのを待つ「養生期間」にも似た、絶対不可侵の時間。それを死守することだけが、今の彼の使命だった。
「まだかッ!」
そのレオの覚悟に、背後でクララが応える。 彼女はプロフェッショナルとして、死闘の音を意識の外に追いやっていた。瞳に映るのは、目の前の『祭壇』で明滅する古代のルーン文字だけ。
古文書で暗記した数百のパターンの中から、正解の文字列を探し出す、極限の集中。
「――見つけた!」
数秒が永遠にも感じられる時間の中、彼女はついに正解を特定する。震える唇で、しかし一言一句間違えることなく、古代の詠唱を紡ぎ始めた。荘厳な言葉が遺跡の空気を震わせる。
詠唱が完了した瞬間、祭壇の中央が淡い光を放ち、「カシャリ」という心地よい音と共に、手のひらサイズの窪みが現れた。最後の「キーマテリアル」である『制御魔晶』を受け入れるためのスロットだった。
「よし!」
司令塔でその瞬間を確認したコウスケは、自ら『制御魔晶』を手に駆け出した。 プロジェクトの最終工程、「施主検査」と「引き渡し」は、プロジェクトマネージャーである自分の手で。それが、椎名圭介という男の、プロとしての矜持だった。
戦闘力ゼロのギルドマスターが祭壇へ向かって走る姿。それこそが、この作戦の「核」であり「脆弱性」だと魔術師は瞬時に見抜いた。
「小賢しい虫けらが!」
魔術師はレオを一時的に魔力で拘束すると、その全ての殺意をコウスケに向け、極大の闇の魔法を放った。誰もが間に合わない、絶望的な一撃が闇を切り裂く。
だが、その黒い閃光がコウスケに届くことはなかった。
「――プロジェクトの要を、みすみすやらせるかよ!」
ゴウッ、という風切り音と共に、鋼鉄の壁がコウスケの前に立ちはだかる。ギムレットだ。彼はその巨大な戦鎚を盾のように構え、魔術師の一撃を正面から受け止めていた。
「ぐっ…ぬぅぅぅ…!」
凄まじい衝撃に、ドワーフの王の足が深く地面にめり込む。しかし、その体は決して後ろに下がらなかった。
その一瞬の隙。コウスケは祭壇にたどり着いていた。 ドワーフの超絶技巧と、仲間たちの魔力が込められた『制御魔晶』。窪みにはめ込むと、まるで失われたピースが収まるべき場所に収まったかのように、水晶は寸分の狂いもなくスロットに吸い込まれた。
次の瞬間、世界から音が消えた。
そして、祭壇から放たれたのは、闇を祓う浄化の光。白く、温かい光の津波が遺跡全体に広がり、魔術師の支配下にあったオークたちは苦悶の叫びと共に崩れ落ちていく。
魔術師本人もまた、自らが拠り所にしていたシステムの拒絶反応に焼かれ、闇の奥へと吹き飛ばされた。 遺跡に巣食っていた全ての呪いと汚染が、「是正」されていく光景だった。
やがて光が収まり、遺跡は本来の静けさを取り戻す。 コウスケがおそるおそる、穏やかな光を放ち続ける祭壇に手を触れる。すると、彼の脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。
それは、この遺跡を建設した古代人の「仕様書」に込められた、引き継ぎのメッセージ。
『――我らが築きしこの礎は、大いなる災厄を監視するための"観測点"の一つにすぎない』
『もし、この礎が汚染されるほどの危機が訪れたのなら、他の"拠点"もまた危機にあるだろう』
『どうか、我らの遺志を継ぎ、この大地を――』
コウスケは理解した。
自分たちが成し遂げたのは、辺境のギルドを立て直すという、一つの小さな「改修工事」ではない。 この大陸全体に広がる、遥かに巨大で、崩壊しかけている「プロジェクト」の、ほんの始まりに過ぎないのだということを。




