作者あとがき
大学を卒業して、会社に入り、配属された先が岩手県だった。東北には縁もゆかりもなく、また自分に東北の血が流れているというわけでもない(少しは入っているんだろうけど)。田舎に来ちゃったなーと感じたのを覚えている。
前作の阿吽をきっかけにしつつ、坂上田村麻呂に日に二回出会う日があって、そこから歴史を再度勉強した。Youtube High Schoolというチャンネルには本当にお世話になりました。勉強になりました。歴史というものを、流れで感じられるようになった。
すると、この東北の地に、多分多くの人が知らないエピソードがあることを知る。聖武天皇が建立した東大寺の大仏の金は東北産だったり。炎立つで有名になったけど(炎立つが大河ドラマでやっていたのも遥か昔ですね、1993年)、奥州藤原氏だったり、特に源氏との深い関わり、それが坂上田村麻呂の征夷とも繋がっている。
そして、奥州合戦。これをまともに描いている映像作品を見たことがない。一説によると、27万騎対17万騎。途方もない軍勢だ。
まあ、可能性としては、限りなくゼロだけど、しょせん炎立つの二番煎じ感も否めない、でもいつかこの小説が大河ドラマになったら、奥州合戦は映像で見てみたい。CGでいいから。そんなことを思ったり、するわけです。
東北の人の特徴は、口数が少なく控えめ、忍耐強く我慢強い、謙虚で自己主張が少ない、穏やかで争いを避ける。その背景には、気候の厳しさ、地理的な孤立、農耕中心の生活があるそうだ。
どうも、この小説を書いて、改めて考えてみると、それだけではないような。清衡の願文にあるように、踏みにじられ、虐げられてきた人たちが、生き抜いた力強さが、そうさせているのではなかろうかとも思う。
自分自身には、東北の血が流れていないが、自分の息子二人には、妻が東北人なので、東北の血が流れている。(それはうらやましくもある)。いつか、彼らに、阿弖流爲の話、藤原清衡の話をしてあげたいと思う。その血が流れているのだと。
この小説では、泰衡で終わることも考えたのだけど、それでは炎立つの二番煎じ感が本当に否めないなと。東北が戦争になったというと、戊辰戦争もあるわけで、そこを取り上げることとした。
泰衡は、小説上綺麗な発言をしているが、実際はそうでもなさそうな気もする。泰衡で終わると尻切れ蜻蛉感がいなめない。
結局、戊辰戦争は、東北からすると負け戦なので、取り上げる人によっては、踏み潰された蜻蛉感が出てしまう。
探してみると、細谷直英が出てきた。これが、司馬遼太郎の「俄 浪華遊侠伝」よろしく、痛快な生き方であった。戊辰戦争をどう描こうか?と考えるまで、まったく知らなかった。おもしろい人はいるものである。
最後の締めくくりとして、本当に彼が仏門に入っていたので。そのまま物語を締めることができた。非常に、不思議な縁だ。またいつか、細谷直英を巡る旅をしてみたい。
自分が生きていて、小説を書くとは思っていなかった。もちろん、素人の、字数もたいしたことのない小説である。しかし、世にはないプロットであると自負する。なぜならば、自分が足で稼いで、現地を見てきて、感じたことや発見したことを、載せているからである。
ぜひみなさんも、私の小説に限らず、現場に行ってください。(ぜひ東北にお金を落としてください)。東北は、ついでに行くところという認識が日本中にある気がするが、東北を目的地として、東北で歴史を感じていただければ幸いです。
自分の歴史旅みたいなことはブログに載せてますので、そちらも、もし興味があって見ていただければ、幸いです。
北天のブログ
https://ameblo.jp/shy-ponta/
とりあえず、書きたいことは、「阿吽」と「北天の星々」の二つで書ききれたので、当面書くことはありません。
不思議なことに、仕事で、今フランスに住んでます。多分通算で3年ほど住むことになろうかと。その辺りで、何か書きたいことがでてくるのだろうか、自分でもわかりません。今ミケランジェロに興味が出てきているので、そんなところなんだろうか。いつか、3つ目の小説が書けたらいいなと思います。それではまたいつか。




