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8/フレンの正体

 

 その後はすごかった。役人が大勢押し寄せ、あっという間に中に居た人間は検挙されてしまった。

 後で聞いた話だが、あの金融屋は裏で人攫いを行っていたようだった。ヒロの一件で現行犯逮捕され、そのほかの悪事が芋づる式に光を浴びたらしい。その細かな悪事についてはヒロの知る由もない。

 最初は確かに悪い感じはしなかったのだが……もしかするとヒロの勘は善人にしかうまく機能しないのかもしれない。今後は過信せず、気を付けないとと気を引き締める。


 ザクインがどうなったのかも知らない。捕まったのか、逃げたのか。ただ、一番偉いボス格の人物は取り逃したらしい。ボス格の人物が誰なのか知らないが、悪が野に放たれたのは残念だ。だが、もはやヒロにとってそんな些細なことはどうでもよかった。

 一連の騒動鎮圧を取りまとめていた人物、今の興味はその一点だ。

 もちろん、それがとんでもない美少女だったせいではない。その少女はヒロの名前を呼んだ。それが不可解でならなかった。

 少女はヒロにとある物を押し付け、統率の仕事に戻っていった。

 そして今、ヒロはとある場所に来ていた。



「……空いたし。おーい、フレーン……?」



 予感は的中した。渡されたものは鍵だった。それも、一瞬だけみたフレンの鍵に酷似していた。だからフレンの取っていた部屋の鍵穴に一か八かで差し込んでみると、あっさりと部屋はヒロを受け入れてくれた。


 しかし中にフレンの姿はない。なぜ彼女がフレンの鍵を持っていたのだろうか。

 

 まず真っ先に思い浮かぶのはフレンが通報してくれた、という線だ。だが通報するにしても動きが速すぎる気がした。

 それにフットワークも軽すぎる。わずか一時間足らず、それもただの冒険者の一言で役人が動くとは思えなかった。


 石板に触れ、部屋に明かりを灯す。部屋は綺麗に片付いていた。ただ、机の上は散らかったままだ。フレンがあの後、ヒロを追ってくれたのであろう事を悟った。

 ただ、これは自慢だがヒロの脚はすこぶる速い。しかもあの時は人生で最速だった気すらする。思い上がりかもしれないが、正直並みの一般人程度なら追いつけるとは思えなかった。それともあれだけ剣術に長けていた人物なら、ヒロに追いつくことは可能なのだろうか。わからなかった。



『いないみたい? 待ってろってことかなあ?』

「そういう事かもな。ええと、おじゃましまーす……」



 口封じの術は既に解けていた。少女が拘束を解いたときに一緒に解呪してくれたのだ。柔らかな人差し指が唇に触れたときの感触を思い出し、ヒロはほんのりと頬を染めた。



 いかん、緊急時に何を考えてるんだ。おれってやつは、こんなんだからずっと騙され続けたんだ。



「っしゃあ!」

『うえぇ!? どしたのおにぃ!?』



 ばしぃん! と乾いた音がする。ヒロが己の頬を全力で叩いた音だ。

 頬は真っ赤に腫れ、ヒロの浮ついた想いを覆い隠してくれた。ひりひりとする痛みがヒロを現実へと引き戻す。レナは驚いたように声を上げた。



「や、景気付けにね」

『何の景気っ!? おにぃ、まだ変な魔法が残ってたりしない?』

「んなわけあるか。おかげ様でぴんぴんだ」

『本当かなぁ……』



 心配するレナをよそに、ヒロは再び少女の事を思い出していた。彼女がいなければどうなっていたことだろう。考えただけで恐ろしかった。

 まだ足掻くつもりではあったが、ぶっちゃけ詰んでいた。そもそも拘束が解けない以上、一人での脱出は不可能だ。その拘束が解けないのだから手の打ちようがない。

 頬が熱を持つのを感じた。羞恥心か、悔しさか、痛みによる身体反応か、はたまたその他か。原因はもう誰にも分らなかった。



「にしても! レナ、お前凄かったな」

『すごかったって?……ああ、アレだね』

「おう、アレだ。何がなんだかさっぱりだった」

『私もびっくりしちゃった。でもでも、やってみて良かったでしょ?』



 やってみて、とは間違いなくあの絶叫の事だろう。

 鼓膜が破れるかと思った。部屋が震えたような気すらした、そんなとんでもない声量だった。

 今回はたまたま全てがうまく行ったからよかったものの、失敗していたら殺される事を除いた考え得る最悪の事態になっていたことを思い出し、ヒロは語気を荒げた。



「お前なぁっ! 勝手にとんでもないこと試そうとするなよ!?」

『ええーっ! じゃあどうしろって言うの!』

「どうって……」



 どう、と聞かれ言葉に詰まる。悔しいが代案が全く浮かばなかった。



「もっとこう、だなあ!」

『例えば?』

「例えば……う、ううむ……」

『レナちゃん、偉い?』

「むむむ……」

『ねー。え、ら、い?』


 ねだるように言うレナは勝ち誇っていた。悔しいが、確かに逆転の一手を生み出してくれたのはレナだ。上手くいった以上、ヒロに反論の余地はないのだ。

 観念したヒロはため息をついた。



「……あーもう偉いよ! よくやったこんちくしょう」

『わーい♪ えへへ』



 ぐりぐりとネックレスを乱暴に撫でる。レナはくすぐったそうに笑った。ヒロの顔にようやく笑みが戻った。



「でもアレ、誰だったんだろうな」

『ほえ?』

「アレだよ。あの金髪の女の子。おれを知ってるみたいだったけど、あんな子知り合いに居ないぞ」

『……えっ。おにぃ、マジ?』

「は?」



 レナは信じられないものを前にした、とでも言わんばかりの物言いだ。私いまドンびいてまーす、とでも言いたそうな声色でレナは続けた。



『まだ気づいてないの?』

「気づくって何をだよ」

『じとーっ』

「ば、ばかにすんなよ! えーと……あれだ、フレンの知り合いだろ? フレンがおれの事を教えてくれて、そんで助けに来てくれたんだろ?」

『はー……。まったく、これだからさあ。気づいてて気づかないフリをしてあげてるもんだと思ってたのに……』

「言っている意味がわからない。説明を要求する」



 その時だ。扉のノブが回る音がした。

 

 思わず黙り込み、目線を扉に移す。フレンの姿が見えた。あいかわらずフードをすっぽりかぶっていて表情は見えなかったが。



「ヒロくん! よかった、元気そうだね」

「フレン! お前か、ありがとう!」

「え……きゃあっ!?」

「お前がいなかったらおれは終わってたよ! ほんっとうにありがとう!」

『ちょっ、おにぃっ!?』



 ヒロは思わず駆け出し、フレンを抱きしめた。精一杯の友愛と感謝を込め、背中をばしばしと叩く。



「お前は命の恩人だ! ほんっっっとうにありがとうな!」

「ちょ、ちょっとヒロくん!? い、いだいってばぁっ」

「うるせー、このこのっ」



 フレンの言葉を受け、こんどは優しめにぺしぺしと叩く。本当に助かった。本当に。ありがとう、そう気持ちを込めて抱きしめた。

 ……の、だが。



『うあちゃー……』

「……ん? きゃあ?」



 ふと手が止まる。さっき、フレンから大層かわいらしい声がしなかっただろうか。

 すっぽり収まった身体はどこも引き締まっていたが、根本的な柔らかさがあった。この少年は手だけでなく、身体まで柔らかいらしい。

 そこで思いとどまる。果たして武人の肉体がここまで柔らかいなんてことがあり得るのだろうか。


 いや、ない。断言できる、絶対にありえない。そもそも男の肉体はそんなふうにできていない。動ける人物は、自動的にある程度は硬くなるのだ。そういう生き物なのだ。

 それに、やけにいいにおいがした。こいつもおれと同じで風呂にはまだ入れていないはずだ。なのに妙に香りがいい。どこか落ち着くような、気恥ずかしいような、そんなにおいだ。ずっと嗅いでいたくなる。


 抱き心地が良くていいにおいがする。そして慌てる声は妙に高音だ。それに、きゃあ。


 そのとき、ヒロに電流が走った。


 

 待てよ。なぜ、あの少女は助けにこれたんだ?



 レナのことをヒロに聞いていたのかと思ったが、そもそもそれがおかしい。ということは、フレンはヒロを裏切ったのだ。誰にも言うな、と交わした約束を破ったことになる。

 緊急事態だからしょうがない、といえばそれまでだ。だがしかし、ヒロはフレンが絶対に約束を破らないと『勘』が知っていた。そんな人物が緊急事態とはいえ気軽に誰かに話すだろうか?



「あ、あれ……?」



 まて。まてまて。そもそもおかしい。あの時、おれたちの場所が分かったのはレナが叫んだおかげだ。あの声からおれたちの場所を特定し、助けに来てくれたのだ。タイミングがそう言っている。

 なぜ『ヒロ』と名前を呼びながら現れたのか。これにはレナの声を知っていて、なおかつその声がヒロと結びついていなくてはいけないはずだ。言伝で声色まで伝えることができるのだろうか?

 魔法を使えばできるのかもしれないが、それは考えにくかった。それに、あの子はなんて言っていた?



「ひ、ひろくん。……離してほしいかなって」



 ヒロくん。そう呼ぶ人間は、この街に一人しかいない。



「は? ちょっ、はぁっ!?」



 ずざざざ! と大きくバックステップを踏む。心臓が早鐘を打つ。同時に冷や汗が滝のように流れ出る。



 おれはなにか、重大な勘違いをしていたんじゃないだろうか。



 フレンがうつむき、手をフードにかけた。ばくばくとなり続ける心臓が叫んでいる。その一挙手一投足に目が離せなかった。



 フードがゆっくりと外れた。

 ふわり。金髪がこぼれ出た。



「あ、ああ、」



 真っ白できめこまやかな肌はほんのり上気し、朱が差している。白に赤が生え、余計にかわいらしく見えた。

 きまずそうに笑う表情すら愛らしく、翠色の相貌が気恥ずかしそうにヒロを射抜いていた。



「えっと、こほんっ。……改めまして」

「嘘だろ……?」

「リィン=ファイリーズ。私の名前だよ。黙っててごめんね、ヒロくん?」

「フレ……えっ!? リィン!? はあああああ!?」

『あっちゃあ……』



 フレンは少年なんかじゃなかった。

 少女だったのだ。

毎日、午前中と夕方に更新します。これは1本目です。よろしくお願いします。

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