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7/闇と光

 あたまがいたい。ガンガンする。それに肩と膝もいたい。どこかで強く打ちつけたらしい。

 だるい。あたまがぼーっとする。ねむい。

 もう一度、このまま……。



『おにぃ!ちょっと、おにぃってば!起きてよっ、おにいっ!』

「━━っ!」



 レナの声がヒロを現実へと引き戻した。いつもの緩んだレナの声なら恐らく無視していたであろう。それくらい頭が重かった。

 無視しなかった理由はただひとつ、今回のレナの声からは緊張の色が色濃く滲み出ていたせいだろう。



「いっつぅ……っ!」



 後頭部、肩、膝が痛い。明らかな打撲痛だ。疼痛部をさすろうと腕を動かそうとし、違和感に気付いた。



「な、なんだ……!?」



 腕が動かない。それどころか足も動かない。縛られている。四肢を捕縛された状態で地面に転がされている。

 何が起きている。というかここはどこだ。何も見えない。おれは何をしてたっけ?



『おにいっ、やっぱ私たち騙されてたんだよっ! 30分くらいずっと寝ちゃってたんだよ?心配したんだから!』



 レナの言葉で段々と思い出してきた。

 そうだ。ザクインさんの店に問い詰めた所、帳簿を見せて貰える事になったんだ。

 そして促されるまま店の奥に着いて行ったら、急に後頭部に痛みが来て━━。



「思い出した……!」

『大丈夫?どこか痛くない?』

「めっちゃ色々痛い。けどそんなのどうだっていい、おれはどうなったんだ?」

『えっとね、グシルとかいう男の人に殴られた後、目隠しされて縛られて、近くの部屋に投げ捨てられちゃったの。その時に色々没収されちゃってるよ』

「ここに人は?」

『最初はいたんだけど、10分くらいしたら出て行っちゃった。だから私がしゃべれてるんだよ』

「はは、そりゃいいや」



 苦笑いしながらヒロは状況を整理する。



「没収って、何が取られたか分かるか? 見ての通り動けなくってさ。何もわからないんだ」

『身ぐるみ以外の装備全般、かな。ナイフからポーションまで全部剥がされちゃった』

「へっ、いいね。手厚い歓迎だ」



 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ヒロは吐き捨てた。ただ、レナを奪われなかったのだけは幸運だった。一応ただの石ころがくっついているネックレスにしか見えないはずだが、見境ない野盗などに襲われていたら危なかっただろう。



「フレンを信じきれなかったバチが当たったか。……くそっ、おれのばかやろう」



 全く身動きが取れない身体を忌々しく思いながらヒロは言葉を吐き捨てた。いつもなら絶対にこんなヘマはしなかった。何もかもが甘すぎた。

 しかしまあ、とにかく、だ。状況を整理しよう。

 ヒロは生きている。そして武器は没収され、動けない状態だ。

殺されないまでも、明確な悪意と判断するには十分すぎる材料だ。

 はたまた、これから殺されるのかもしれない

 ……いや、考えるのはよそう。



「とにかく脱出しないと」

『う、うん。でも……どうやって?』

「むう……」



 とにかくできることからやってみる必要がある。

 まずは視界を確保したい。そのためには目隠しを外さなければならない。



「ぐぎぎ……!」

『がんばれっ!おにぃっ」



 ふれふれふぁいと、と応援するレナの声をバックに目を覆う布と地面を必死に擦り合わせ、徐々にずらしていく。

 数分の格闘を経て、ヒロはついに視界の確保に成功した。



「はぁっ、はぁ……っ。よ、よし!」

『すごいすごい!やったー!』

「ここは……?」

『おにぃが気絶させられちゃった場所のすぐそばにあった部屋だよ。何か物置っぽい、かな?』

「ずいぶん豪華な客間だな、ちくしょう」



 とんでもなく埃っぽい。うつ伏せになりながら、首を精一杯動かして周囲を見渡す。

 暗い。

 明かりがない。

 真っ暗だ。

 何も見えない。

 この調子だと窓があるかも危うい。広いのか狭いのか、それすら分からない。

 怖い。純粋な恐怖がヒロを襲った。



 おれはどうなるんだろう。

 レナはどうなる。

 怖い。



 身動きが取れず、何もわからない事がこれほどまでに怖い事だとは思わなかった。



『……おにぃ、だいじょうぶ?』



 レナが心配そうに言った。その声はかすかに震えているような気がした。

だめだ。おれが弱気でどうする、しっかりしなきゃ。



「ああ、大丈夫。よし! 目の次は手だ、なんとかするぞ!」



 わざと明るく言い、作業に取り掛かる。

 おーけい、クールになれ。状況を整理しよう。

 今、ヒロはうつ伏せになっている。そして、背中に回された手が紐か何かで縛られている状態だ。

 膝は折り曲げられ、足首と手首と一緒にして縛り上げられている。そのせいで身動きが取れない。



「くっそ、動けねえ……っ」



 自分の柔らかな関節を恨んだ。少々固ければこんなに見事に捕縛はされていなかったんじゃないかとすら思わされる。

 足首だけでなく膝の部分でも縛られているため、膝を使ってどうにかする事もできない。



「ふぬっ!」



 それでもなんとか身体を捻り、仰向けの状態にすることには成功した。



 よし! あとは地面に擦り付けてなんとかすれば……!



「ふぎぎぎ!」



 しかし、そこからが鬼門だった。

 はっきり言って、てんで動かない。微かな摩擦であれば行えたが、この程度の力では寿命が先に尽きる。圧倒的にパワーが足りなかった。



「はぁ……はぁ……っ。くそぉっ!」



 それでも懸命に動かす。絶対無理だ。でも、動かなければもっと無理だ。動き続ける事しかヒロに許された行動は存在しなかったのだ。

 ヒロが格闘し始めてから10分ほどが経過した、その時だ。



『誰かくるよ!』

「げっ!?」



レナが警告した。ヒロには全く分からなかったが、卓越したレナの感覚は何かを感じ取ったらしい。



『もどして!』

「はぁっ!? できるかよそんなことっ」

『バレちゃう!はやく!』

「そもそも目隠し外れちゃってるし、うつ伏せにすら戻れねーよ!ふぎぎぎ!」



慌てて隠蔽工作を図ろうとするも、全くうまくいかない。

結局、ヒロの健闘虚しく来訪者が訪れてしまった。



「……起きたか。やはり身体は丈夫なようだな」

「その声は、ザクインさん!?」

「ご機嫌よう。調子はいかがかな」



ザクインの声はヒロのよく知る柔和なものではなかった。

冷たく凍りつき、無機質な声。表情を見ることは叶わなかったが、恐らくいつもの笑みは浮かべてないのであろう。



「目隠しがはずれたか。無駄なことを」

「説明してくださ……いや、説明しろ!」

「ふん、そろそろ潮時か。どこで嗅ぎつけた?」

「じゃあやっぱり……!」

「流石に現状までピタリと言い当てられちゃあシラを切れまいて。もう少し騙されていれば良かったものを」

「いつから……!」

「これまでのよしみだ、教えてやろう。最初から半年後だよ。近くで戦争が起きてな、次に行った時にはもう誰もいなかったよ」



 半年。じゃあ一年半は騙され続けていたことになる。

 だが騙されていた事はどうでもよかった。そんなことより、気になる単語があった。

 戦争。それに巻き込まれたのだろうか。

 ならば、皆は。みんなはどうなったんだ。



「誰もって……!みんなは!?」

「さあ。殺されたか、徴兵されたか、はたまた引っ越しただけなのか。それはウチの管轄外だ、知らないし興味もない」

「お前……っ!」

「なのにお前はせっせと金を運んで来る。しかもそこそこの額をな。もう少し長く付き合いたかったが……残念だよ」

「騙したな……!」

「人聞きの悪いことを言う。ウチは何も言っていない、ただ勝手に勘違いしただけだろう」

「お前ぇっ!」



 怒りに吠え、飛びつこうとするも身体は全く動かない。その様を嘲笑うように見下しながらザクインは言う。



「さて、ヒロさま。ところで海か山、どちらがお好きかな?」

「は……?」

「せめてもの情けだ。選ばせてやろう」

「まさか……」

「君は売り飛ばす。向こうでもせっせと働きな」

「なっ」

「幸い君は可愛い顔をしている。運動神経も良い。良質な奴隷になるだろう、光栄に思いたまえ」

「待て! くそっ、ちくしょおおお!」



 下卑た笑い声を上げながら去って行くザクインに対し、ヒロは喚くことしかできなかった。

 だが、そんな些細な抵抗すら許されない。



「少し大人しくしていろ。──起動、《沈黙/サイレンス》」

「っ!?」



 ヒロに見えない位置でザクインがヒロを指さした。そして自らの親指にはめた指輪を空いた手で撫でながら小さくつぶやいた。

 するとどうだろう、指輪が光りだした。ヒロがフレンに故郷を見せてもらったときと同種の光だ。

 光は意識をもって収束し、ヒロの口元へと流れ込む。



「んむー!んんー!」

「ふふふ、よくお似合あうじゃないか。それでは、後ほど……」



 声が出ない。というか、口が開かない。どう力を込めても閉じた唇はうんともすんとも言わなかった。

 必死に言葉にしようともがくヒロを嘲笑うかのように見下したあと、ザクインは部屋を後にした。

がちゃり。扉の鍵が外側からかけられる音がした。



 終わった。



 ヒロは絶望の淵に叩き落された。


 悔しかった。

 悔しい。

 悔しい。

 おれはこんな所でおわりなのか。


 モンスターにやられるでもなく、野党に襲われるでもなく、信用していた人物の裏切りで。しかものこのこついて行った結果がこれだ。なんて情けないのだろう。それがたまらなく悔しかった。

 初対面の時は変な感じはしなかった。善人の『勘』は働かなかったが、悪人とも言えなかった。だから油断した。

 彼は変わってしまったのだ。そこに気づくべきだった。



『おにぃ……』



 心配そうなレナの声がする。視界がうっすら滲むのを感じた。まずい、泣きそうだ。だがここで泣いては本当に笑いものだ。気合で涙を堪えようとする。

 ヒロの気合が勝った。一滴の涙だけを取り逃がし、あとは己の支配下に強引にねじ伏せる。きっとレナにはばれていないはずだ。そう信じるほかなかった。



「んんーっ……」



 レナに軽口でも叩こうとし、声が出ないことを思いだす。レナはテレパシーじみた真似事ができるが、それは一方通行だった。ヒロが己の意思をレナに伝える手段は口頭以外ありえなかった。それが断たれてしまった。それが分かったのか、レナは極めて明るく言った。



『大丈夫だよ。私がついてるから』

「んぅ……」



 だめだ。レナに、妹に気遣われている。それすらも悔しかった。

 


(おれが守らないとだめなのに)



 守られる側じゃだめなのに。どうすることもできない。



(おれは、無力だ)



『いっそのこと、一か八か私が叫んで……!』

「んぅ!?んーっ!」



そんなとき、セナが覚悟を決めたようにこんなことを言った。

 待て、何を言っているんだ?

 そんなことしても何にもならない。レナの存在がバレれば最後、こんなしゃべる石などという特殊な存在は間違いなく高値で売り飛ばされるだろう。

 何かの研究機関の手に渡ってしまうかもしれない。そうなれば妙な実験に使われてもおかしくない。最悪、解体されてしまうことだってあり得る。



「んんー!んんーっ!」



 精一杯首を振る。

 駄目だ、それだけは絶対に駄目だ。

 ヒロと、ヒロ自身が心から信用した世界でたった一握りの人間以外がレナの存在を知ってはならない。

 それに叫んだ所でなんになるというのだろう。本当に意味がない。勝算がこれっぽっちも無い。



『でもこのままじゃおにぃ、売られちゃうよ!? だったら無意味に思えることだってやってみなくちゃ何も変わらないよ!』

「んーっ!」

『ふふん、実はやったことないんだよね。私が本気で叫んだらどんな声量になるんだろ。今までの人生、いや、石生?を賭けて本気だしちゃおっかなっ!』



 だめだ。ヒロの言葉は届かなかった。セナはやる気満々だ。こうなったセナは止まらない。それをヒロはよく知っていた。

 もう後は祈るのみだ。ひとつは、セナの最大声量が砂粒ぐらいしかないこと。

 そしてもうひとつは奇跡が起きること。

 ああ、どっちも厳しそうだ。



『じゃあいくよっ!すぅー……っ』



終わりだ。おれは間違えたんだ。これからどうなってしまうのか分からない。

もう知らない。なるようになるのだろう。それはおれの知った事ではない。

ヒロは観念し、希望的観測にすがりつく。

お願いします女神様。おれたちはまっとうに生きてきました。人助けだってそこそこやってきました。そのツケを今ここで払っていただくことはできませんか。

おれに、おれたちに、一粒の幸運を。

ぎゅっと目をつぶり、祈った。1%あるかすら分からない、奇跡の逆転劇が起きることを願って。



『誰かあああああ!!たーーすけてーーー!!!』



どがぁん! という炸裂音が鳴り響く。

扉が粉々になって吹き飛んだ音だった。

レナの声量は凄まじかった。ヒロが想像していた数倍、いや、数十倍は大きな声だった。というかもはや騒音に近い。村で一番元気だった大きな鶏の鳴き声すら上回っていたかもしれない。

だから最初は、レナの声で扉が吹き飛んだのかと錯覚した。もちろんそんな事はなく、第三者によって破られていた。

そして、鈴の鳴るような声が鳴り響く。



「──ヒロくん、無事!?」



 光を背に、金木犀が瞬いたような気がした。

 長い金髪がゆらりと揺れ、光を吸収し眩く煌めいている。

 雪のように白い肌は幻想的で、金髪と共に輝きを放っていた。

 細長い手足はすらりと伸び、どこか造形細工を彷彿とさせた。

 そして大きくくりくりとした双眸は翠色に透き通っており、見るもの全てを魅了した。



 その日、ヒロは思い知らさられる。

 女神様は、伝承通りの天界ではなく━━



━━下界にいる、という事を。

毎日、昼頃と夕方に更新します。今日だけ3本投稿です。これは3本目です。よろしくお願いします。

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