3/戦闘回想
「フレン様の勇姿に、かんぱーいっ!」
「ちょ、ちょっとやめてよ!?」
時は過ぎ、夕方。ヒロのフレンに対する評価は鰻登りになっていた。
「お前、ちっこいのに強いのな! 痺れたよ」
有り体に言うと、フレンは強かった。他人の戦闘能力に対する勘はてんでだめだと思い知らされたくらい、素晴らしい身のこなしだった。
最初は簡単なものを受けようとしたところ、半ば強引に押し切られる形で少々ハードな魔物が出る仕事を受注したのだ。
「ヒロくんこそすごいね。なんとなく動けそうだなーって思ってたけど、びっくりしちゃった」
「よせやい」
二人でじゃれ合いながらいつもより少しだけ多い報酬の入った皮袋で手遊びをする。
サラッと言ってのけたが、フレンは予めある程度はヒロが動ける事を分かっていたらしい。ただ、違和感はなかった。あれほどの動きが出来る武人なら、一目見て分かるに違いない。
ヒロには全くわからない感覚だが、フレンの動きにはそう思わせる程の説得力があった。
「特にあれ、細菌系のスライムに襲われた時。死角だったから助かったよ」
「アレに気付けないのはまだまだかな? しっかりしてよね」
「うっせー、頼れる相棒がいたからいいんだよ」
「あはっ、言うじゃない」
「にしても、おとぎ話に出てくるエクセリア様みたいだったよ」
「へぇっ!?」
「すっごい速さでしゅばばって魔物を切り捨ててさ。おれもあんな風に戦ってみたいよ」
「そ、そうかな? ……ヒロくんは、エクセリアの英雄譚がすきなの?」
「ああ、大好きだ。今でも憧れてるくらいだよ」
「へ、へぇ……。ふうん、そうなんだ」
そして仕事を経て、二人は完全に意気投合していた。今や軽口を叩き合える仲になっていた。
ヒロはこのこの、とフレンを小突きながら戦闘に思いを馳せる。そう、あの時のことだ━━
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「鳥はおれがやる!」
ヒロは小さく吠え、前方の小鳥系の魔物に疾走する。
鳥魔物も応戦するように鋭く鳴くと、ヒロに向かって突進した。
「ふっ!」
小さく息を吐き、ヒロはスライディングをした。頭を捉えていた魔物の攻撃は空を切る。
そしてすれ違いざまに戦闘用の愛刀、グラディウスを振り上げた。
「らァ!」
直撃し、魔物の腹を割く。悲痛な断末魔を上げ、魔物は力を失い墜落した。腹は完全に裂けていたが出血はなく、代わりに黒いもやのような霧が噴出していた。
「やあっ!」
ヒロが1体を仕留める頃、フレンは狼系の魔物2体を相手取っていた。
フレンを囲むように立ち回る魔狼に死角を見せないよう、器用に動く姿に迷いはなかった。
ヒロのものよりは長いが刃渡りはそれ程長くないショートソードが閃く。
一閃。そしてまた、一閃。
一撃ごとに確実なダメージを与える、地味でいて精巧な斬撃が魔狼を襲う。だが特筆すべきは攻撃の間隔であろう。
(速ぇ……っ!)
初撃から次手までの間隔が異様なまでに短い。刀身が閃いたと思えば次が飛んでいる。
ヒロが一撃を与える間に3、4回は切り結んでいるように見えた。もしかすると防御の太刀を含めるともっとかもしれない。
(カバーとか考えずに自由に動いていいよ! って言われた時は建前かと思ったけど……まさか文字通りとはね)
最初はヒロも援護しようとしたのだが、援護しようと距離を詰めた頃にはもう標的が撃破されてること数回。5回目から数えるのをやめ、観客に回ることにしたくらいだ。なんというか、適正レベルではない。これならもっと危険な狩場でも十分通用するであろう。
「上!!」
「っ!?」
なんてことをぼんやり考えていたのがいけなかった。頭上の木の枝から忍び寄る影に気付けなかった。
「せやぁ!」
「がっ!?」
状況を把握する前に、フレンがヒロに向かってショルダータックルを打ち込んだ。凄まじいまでの加速に目がついて行かず、ほぼノーガードの形でヒロは吹き飛んだ。
「くぁあっ!」
根性でなんとか姿勢を制御し、最低限の受け身だけは取ることに成功した。背中から接地し、ヒロは5mほど大地を滑走する。
(な、なんだ!?……ああっ!?)
痛む背中を庇いながら起き上がり、数秒前まで自分がいた場所に目をやる。そして全てを理解した。
濁った深緑状の粘液がヒロのいた大地を焦がしていた。
(ス、スライム!?なんでこんな所に)
スライムはこの森のもう少し深部に行かないと出てこないはずだった。獣系の魔物と違い、不定形系の魔物は危険度がワンランク高くなる。その要因は防御の難しさととどめの刺しにくさだ。適切な知識と攻撃手段がなければ決して倒すことの出来ない恐ろしい魔物だが、だからこそより人里から離れた魔素の濃い場所に発生する。
「やっ!」
フレンが素早く懐に手を伸ばし、小さな小瓶をスライムに向けて投擲した。
瓶がスライムに触れ、じゅ、と蒸発した。そして中の粉末が露出し、スライムの身体へと流れ込んだ。
するとたちまちスライムが変色した。濁った深緑色から濃い灰色に変わり、透明性が失われる。ヒロはスライムの生態に詳しくはないが、直感で固体化したのであろうことを悟った。
ヒロの身体が反応した。考えるより先に跳ね起きると、グラディウスを構えて疾走する。勢いそのままにスライムに向かって刀身を突き立てた。
「うあああっ!」
手応えがあった。スライムはびくりと痙攣し、収縮と拡大を小刻みに繰り返したあと魔素となって蒸発した。
「はぁ…はぁ…っ」
「やるじゃん! ないすだよ、ヒロくん!」
「は、はは…助かったよ」
明るく言いながら歩み寄ってきたフレンと力なくハイタッチを交わしながら、ヒロは戦闘の終わりと命が助かった事を悟ったのであった。
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「じゃ、おれはこっちに用があるから」
打ち上げが終わり店を出たあと、ヒロが切り出した。
「こっち、って……」
こっち、と指さされた方にフレンは目をやった。
「……ねえヒロくん、もしかしてキミ……」
「んなっ、違うぞ? おれを犯罪者を見るような目で見るな」
フレンと過ごしわかったことがある。この少年はとにかく、『雰囲気に感情がもろに出る』タイプらしい。
表情は相も変わらず深くかぶられたフードに覆われて見えないが、声色と特有の雰囲気だけでもコミュニケーションに害はなかった。だからヒロは特にフードには触れず、そっとしている。隠したがっているなら隠していればいいのだ。それでいい。
ヒロが指さした先は今までの街の通りとは少し違い、露骨に人通りが少ない方向だった。そう、露骨に、だ。
何を隠そう、ここから先は少々治安が悪い場所なのだ。スラム街とまでは行かないが、近しい雰囲気を内包している。犯罪行為も日常茶飯事だ。だから真っ当に生きている人間は死ぬまで近寄ることはない。それを疑われた、そう感じた。
じとーっとした視線を感じ、ヒロは『ちゃうちゃう』と手を軽く振る。
「こっちの金融屋に用があるんだ」
「金融屋って……。もしかして借金とか──あっ」
はっとしたようにフレンが手で口を覆った。それを笑いながら見て、ヒロが言う。
「いいよ、気を遣わなくて。借金じゃないから」
「違うの? ならなんでまたそんな所に?」
「……ちょっと訳アリでさ。わかるだろ?」
「あう。……ごめんね」
「いいんだって。気にするなよ」
あえて茶化すように言いながら新愛をこめてフレンのわき腹をつつく。フレンが笑うとともに、気まずい雰囲気も霧散する。
「あはは、もー」
そんなフレンを見ていると、気が変わった。一度は濁したが、別にやましい事をしているわけでもないのだ。この少年に身の潔白を示すのも面白いかもしれない。
「うし!」
そう考えると、ヒロはフレンの方をぽんと叩いた。フレンは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「なあ、これから暇か? おれの無実も証明できるし、ついてくる?」
「暇だけど……えっ。いいの?」
「おう。疑われたままじゃ気持ち悪いし、よく考えたら隠すようなもんでもないしな」
「疑ってるわけじゃ、」
「なら決まりだ。すぐ終わる、つきあってくれ。ほらっ」
「わわっ、ちょっと!?」
ヒロは明るくそう言うとフレンの手を取り、駆け出した。金融屋に行く道中だというのに、生まれて初めてちょっぴり楽しかった。これもフレンのおかげだ、そう思うと元気が湧いてくる。
ただ、相変わらずやわっこい手だな。そんなことをふんわりと思いながら目的地を目指すのだった。
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