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会計を済ませ、ヒロが名残惜しそうに切り出した。
「さて、と。やる気でてきたぞー! ……んじゃ、おれ、こっちだから」
それも束の間で、ヒロはにかっと笑った。あくまで偶々出会っただけなのだ。爽やかな別れが一番良い、そう思ったからだ。
しかし。
「……ボクもこっちだけど」
「ん?」
どうやら少年も同じ方向に用事があるらしかった。もう少しだけ縁があるらしい。
「こっち? こっちは血生臭いハンター関連の建物しかないはずだけども……まさか」
「そうだよ。ボク、ハンターだから」
「まじかよ。その歳で?」
「キミに言われたくないかな!?」
商人系か技術系の旅人かと思ったら、どうやら同業者らしい。ヒロは思わず笑顔を浮かべた。
「……あははっ、お互い苦労してんなぁ!」
「あはっ、そうみたい……だね?」
くつくつと二人して笑い合う。
「とっくに気付いてると思ってた」
「とっくに……って、おれがハンターなのは知ってたの?」
「その見てくれでハンターじゃない方がおかしいと思うけど?」
「……むぅ」
思わず自分の姿に目を落とした。
薄汚れたレザーマントに革手袋、皮の胸当て。腰とマントの間におさまるナイフが3本。多機能ズボンのポケットにはポーションが数本収まっている。たしかにどうみても戦闘系の職業だ。
「……あはは、まいったね」
苦笑いを浮かべながらヒロはぽりぽりと頰をかいた。流石に気を抜きすぎた。ヒロが能天気にお喋りをしている間、この少年はしっかりと情報収集に勤しんでいたらしかったのだから。
「最初は警戒したんだよ? でも、話してるうちにたいじょぶかなって」
くすくすと笑う表情はフードに隠れていて見えないが、とても楽しそうだ。ヒロは頬に熱が籠るのを感じた。
不覚だ。ちょっと恥ずかしい。
「きみ、もしボクが悪いやつだったらどうしてたのさ」
「どうって?」
「隙だらけだったじゃない。お財布のしまう場所ももっと深い方が良いかな、スられちゃうよ?」
「めんぼくない……」
「能天気さんなのか、はたまた大物なのか最後までわかんなかったよ」
「で、でもきみは良いやつだし大丈夫だろ?」
「……本当に、そう思う?」
ぴりり、と空気が引き締まる。だがヒロはそれを感じながらも破顔した。
「おう。分かるんだ」
「理由は?」
「勘」
「勘って……」
「当たるんだぞ? おれの勘。それもとびっきり、ね」
「はあ、もー。そんな純粋な瞳で見ないでよ……。ほんと、心配しちゃうよ」
すぐに張り詰めた空気は霧散して、和やかな雰囲気を取り戻した。困ったなあ、と小さく漏らす少年はやはり善人のような気がしてならなかった。
「ね。ところでさ、キミ、この後はもう一仕事やるつもりなんだよね」
「うん。まだ真昼間だし、軽い採取系でも受注しようかなって考えてた」
「いいね。それさ、もしよかったらボクと行かない?」
「へ?」
「キミ、その装備を見るに前衛だよね。ボクも前衛なんだ。後衛じゃないから特に連携も必要ないよ。一人じゃ受けられないモノも受注できるし、単純にお得だと思うけど」
「まじ? い、いいの?」
「ボクから切り出したんだ、もちろん。それに、もう少しキミと話したいなって思ったんだ」
「おお! 勿論、良━━」
い、と返答しようとし口籠る。なぜかこの少年と話すのが無性に楽しかったからだ。だが、ふと首にぶら下がるペンダントの事を思い出した。
おれは一人じゃない、レナがいる。勝手に決めるのはあまり良くないのではないだろうか。
そう考えてのことだったが、
『いいよ! おにぃが認めたならだいじょぶそうだし』
レナが小さな声でささやいた。なんだか見透かされてるような気がして再び頬がほんのり熱を持つのを感じた。
(そ、そうか? ありがとう)
「え? 今何か言った?」
「なんでもない! 乗った、組もう!」
「決まりかな。さあ、ギルドに向けてしゅっぱーつ!」
「おー!」
願ってもない誘いだった。元々ソロのつもりだったが、デュオなら少し危険度の高い場所のクエストも受けられる。報酬は山分けになるが、それでもソロと同じか少し高額になるだろう。それならば二人の方が安全だ。
裏目は裏切りだが、ヒロには少年がそんな事をする輩ではない確信があった。言葉で説明することはできないが、小さい頃からの特技だった。外れた事は一度だってない直感がそう言っている。
この子は大丈夫だ。それがおれの勘だ。
「そういや自己紹介がまだたったな。ヒロ。ヒロ=ストレイフだ」
「えっと……ボクは……」
少年が口籠る。それを見て、ヒロは少年の代わりに口を開いた。
「フレンって呼んでいいか?」
「へっ?」
「名前。訳ありだろ? だからフレンドのフレン。呼べさえすればなんだっていいさ、だろ?」
にかっと笑う。名乗らなくていい、でも信用してる。そう思いを込めながら手を差し出した。
「あ……」
おず、と少年のマントの下から手が伸びた。
これまでと違い、どこか不安気な動きだった。だからヒロは強引に手を伸ばす。
「ひゃわっ!?」
「今日はよろしく! 一緒に稼ごうぜ、フレン!」
契約の握手を交わし、ヒロは笑みを浮かべた。それを見てか、フレンは観念したように笑った。
「……まったく、もー。よろしく、ヒロくん」
暫く握手をしたあと、手を離す。そしてヒロは今更ながらこう言うのであった。
「……ところでフレン、キミ、本当に戦えるの?」
「はぁ!? も、もちろん!」
……こいつの手、手のひら以外がやわらかすぎだろっ!?
本当にやれんのか…?
面白くなさそうなフレンとじゃれ合いながら、ヒロは思う。
念のため……クエスト、簡単なやつにしよう、と。
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