第8話:姉の婚約者を誘惑して奪った妹
奪いたかったのは、“彼”じゃなかった。
私が欲しかったのは、姉の“人生”だった。
——
姉は、すべてを持っていた。
見た目、学歴、人望、そして――愛される才能。
私は、姉の“余白”だった。
劣等感の影に潜みながら、ただ、似ているという理由だけで比較され続けた。
小学校では「お姉ちゃんみたいに賢いね」と言われ、
中学では「お姉さんは陸上部だったよね」と勧誘され、
高校では「君も将来は姉妹で医者かな」と笑われた。
全部、姉のコピー扱いだった。
私がどんな成績を出しても、誰も“私”を見てくれなかった。
だから、私は決めた。
姉の“本物”を、私が奪ってみせるって。
——
姉には、婚約者がいた。
大学時代から付き合っていたらしく、
彼は有名企業の経理部に勤め、真面目で優しく、知的だった。
初めて会ったとき、彼は私を“姉とは違う人”として見てくれた。
「妹さんって、ちょっと抜けてるとこあって、可愛いですね」
それだけだった。
けれど、私にはそれが“扉”だった。
「この人なら、私を“私”として好きになってくれるかもしれない」
そう思った瞬間、もう止まらなかった。
——
彼にLINEを送った。
「姉の誕生日に何か手伝えることありますか?」
最初は、ただの協力者を演じた。
次は「姉の好きな食べ物はああ見えてコロッケですよ」って、内緒話を仕掛けた。
それがいつしか、夜中のやり取りになった。
「最近、眠れなくて」「家族とうまくいかないんです」
そんな愚痴に、彼はきちんと返してくれた。
私は、“恋人の妹”ではなく、“ひとりの女”になった気がした。
——
そして、雨の夜。
傘を忘れて会社の前で立ち尽くしていた彼に、私は声をかけた。
「もし良かったら、うちで乾かしていきませんか?」
誘いではなかった。
でも、彼は来た。
私の部屋のソファで、彼は黙ってタオルを握っていた。
「……姉のこと、好きですか?」
私の問いに、彼は目を伏せた。
「……好きだよ。あの人は、正しいから」
私は、笑った。
「正しい人って、つまらなくないですか?」
次の瞬間、私は彼の唇を奪っていた。
——
翌朝、彼は「これは間違いだった」とだけ言って、出ていった。
でも、その翌週。
姉は、婚約を破棄された。
理由を聞かれても、姉は何も言わなかった。
ただ一度だけ、私にこう言った。
「……あなたが欲しいのは、“誰か”じゃなくて、“私”だったんだね」
そして、出ていった。
——
私は、姉の代わりにはなれなかった。
彼は、二度と私に会ってくれなかったし、姉も音信不通になった。
ただ、鏡の中にいる自分が、少しだけ“姉に似てきた”ように見えた。
それだけが、私の救いだった。
でも、本当は知っていた。
私は、誰のものにもなれなかった。
姉のようにも、恋人のようにも、誰かの“愛される人”には、なれなかった。
——
今も私は、生きている。
姉の抜け殻みたいな人生を着て、
誰にも気づかれずに呼吸している。
もう誰も奪うことはない。
なぜなら、私は最初から、誰にも“選ばれて”なんていなかったのだから。
——
あなたなら、
誰かの“影”として生きる人生に、耐えられる?
“奪った”とき、あなたの中に残るのは勝利? それとも――空虚?
その答えは、たぶん、私の中にはもうない。
——
【懺悔投稿番号:#007】
【罪の種類:婚約破棄誘導、精神的裏切り、家族関係破壊、自己愛的依存】
【実話度:72%(推定)】