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第4話:赤ちゃんポストに兄を捨てた女

私は、妹として生きるために、

兄を“赤ちゃん”に戻して捨てた。


——


兄は、十九歳で七歳になった。


脳の病気だった。

事故じゃない。病名は長くて忘れた。

要するに「記憶と認知が七歳の頃に戻る病気」だ。


最初は軽かった。

朝の食器を何度も洗い、昨日のことを忘れる程度だった。


でもある日、私の胸を触った。

突然、泣きながら言った。

「ねえ、ママ……ここ、もうちょっと見せてよ……」


兄は、私を母だと思っていた。


その日を境に、兄は完全に“七歳の男の子”に退行した。

風呂は嫌がる。夜はおねしょする。

私のことを「お母さん」と呼び、まとわりつき、抱きしめようとする。


父はすでに出て行った。

母は病気で寝たきり。

家には、兄と私の二人しかいなかった。


誰が彼を介護する?

誰が彼の下の世話をする?

誰が「妹」である私を、彼の“母親役”から守る?


——


ある日、私は赤ちゃんポストのことを調べた。

置かれるのは、新生児だけじゃなかった。

実際には、法のグレーゾーンで、数歳児まで預けられていた。


ある夜、私は兄を連れて行った。


彼は言った。「おかあさん、どこ行くの?」

私は笑って、「お出かけだよ」と言った。

兄は、私の手を握って、笑った。

七歳の身体で、七歳の言葉で、七歳の純粋さで。


——


ポストの前に立ったとき、私は震えていた。


こんなこと、していいはずがない。

でも、もう限界だった。


兄をポストとされる場所に押し込んだ瞬間、

私は“妹”に戻った。

やっと、肩の荷が下りた。

やっと、「性」を意識せずに眠れる夜が戻ってきた。


その後、兄は施設に保護された。

新聞に一行だけ載った。


「年齢不詳の男児、匿名で預けられる」


DNAも取られたが、私は偽名で動いていた。

身元は、割れなかった。

誰にも知られていない。

今も、誰にも。


——


罪か?

それはそうだろう。

でも、誰かに聞いてほしかった。


私は、十六歳の女として、

“七歳になってしまった兄に性を求められる恐怖”と闘っていた。


兄は罪人じゃない。

でも、“家族”という名前の檻に、私は殺されかけていた。


あなたは、想像できる?

毎晩、「お母さん、だっこして」と言う兄を、

拒否することの罪悪感を。


私はただ、生きるために、

兄を“子どもに戻した”。

それだけのことよ。


そして、子どもは、大人が救えばいい。


私は、もう救えなかった。


——


【懺悔投稿番号:#004】

【罪の種類:遺棄、育児放棄、責任転嫁、匿名的家族破壊】

【実話度:58%(推定)】

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