第3話:窒息死させた介護士
「もう、息をしなくていいよ」
そう囁いたとき、私の手は、彼の喉にあった。
——
私は、特別養護老人ホームで働く介護士だった。
いや、正確には今もそうだ。
誰にも気づかれていないから。
あの日、私がひとりの老人を“窒息死”させたことは。
介護の現場は、思っている以上に残酷だ。
臭い、声、排泄物、怒号、被害妄想、徘徊。
毎日が、人の尊厳の断末魔のような場所。
それでも、世間は「やりがいある仕事ですね」と言ってくる。
やりがいなんて、とっくに腐っていた。
私が殺したのは、要介護5の認知症男性、Sさん(仮名)。
80代後半。自分の名前も、家族の顔も忘れていた。
問題は、暴力的なところだった。
女性職員の胸を触る、噛みつく、夜中に部屋から裸で徘徊する。
それでも、施設側は家族の手前、“対応”に追われるだけ。
ある夜、夜勤明けの私が仮眠室でうたた寝していたとき、
Sさんがまた私の胸を掴んできた。
「いいじゃないかよ、若いんだしよぉ……」
歯の抜けた口で、舐めるように笑った。
私は、その手を払いのけ、押し倒した。
ベッドに倒れた彼の喉を、思わず手のひらで塞いだ。
「……いい加減にしてください」
その言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。
最初は、抵抗していた。
でも、数秒もすれば、彼の動きは止まった。
目を開いたまま、息をしなくなった。
私は手を離し、呼吸を確認し――
「ご利用者、急変です!」と叫んだ。
医療スタッフが駆けつけ、CPR(心肺蘇生)を行ったが、
「老衰による心不全」とされた。
誰も私を疑わなかった。
むしろ、「夜勤明けで対応してくれてありがとう」と言われた。
“殺して、感謝された”
その感覚は、脳に焼き付いた。
それ以降、私は一切、罪悪感を持っていない。
彼は、生きているべき人間だったのか?
家族にも忘れられ、誰からも必要とされていなかった彼に、
「生きる理由」は、あったのか?
いや――
それより、あのときの私には「生かす理由」がなかった。
——
あなたは、これを“殺人”だと思うだろう。
でも、私は“看取り”の一種だと思ってる。
私の中では、「生殺与奪」のスイッチは明確だった。
あのとき、私は“スイッチ”を切っただけ。
ねえ、あなたならどうした?
毎晩、誰かに胸を触られ、
罵声を浴びながら、糞尿を掃除する日々を。
手取り18万。夜勤あり。
一晩で8人を一人で見る。
休憩ゼロ。
それでも「人の命は重い」と、言えるの?
私は、自分の人生のために、
ひとつの命を“処分”した。
その程度のことだと思ってる。
世間が何と言おうと、
あの夜の私にとって、
それは、一種の介護だったのよ。
——
【懺悔投稿番号:#003】
【罪の種類:故意の殺人、偽装看取り、業務上過失隠蔽】
【実話度:90%(推定)】