第14話:誤報で人を死なせた週刊誌記者
名前は聞いたことがあるはずだ。いや、あの当時の世代なら、知らない者はいなかっただろう。アイドルグループ「ST☆RZ」のセンター、三神 瑠奈。
彼女は17歳でデビューし、瞬く間に時代の寵児となった。笑顔は太陽のようで、ダンスはキレのある光だった。そんな彼女が自宅マンションの屋上から転落死したのは、わずか19歳の時。
当時、「恋人との妊娠・中絶」「薬物使用」「事務所とのトラブル」など、ありとあらゆる“可能性”が週刊誌に踊った。私は、そのうちの一本を書いた記者だ。そう、彼女の死に火を注いだ者の一人として、今ここに懺悔しに来た。
名前は出さない。だが、記事を書いた者の良心だけは、今もまだこの胸の奥で軋んでいる。
最初に持ち込まれたネタは「瑠奈が深夜に男の家へ通っている」というタレコミだった。今思えば、ただの尾行写真だ。だが、アイドルにとって恋愛は“禁忌”だ。
編集長は言った。「もっと尾ひれをつけろ。読者が欲しいのは真実じゃない、衝撃だ」と。
私は従った。過去のバラエティ番組で瑠奈が「恋愛には興味がない」と語っていた映像を引っ張り出し、「裏切りの純潔」という見出しを作った。
次にやったのは、彼女の“異変”の掘り起こしだ。ファンのSNSを漁り、「最近、目が死んでる」「痩せすぎじゃない?」といった投稿を集めて、“急激な体調の変化”という筋書きを捏造した。
そして、決定打は「彼女の妊娠疑惑」だった。
これは、全くの嘘だった。いや、正確には“妄想”の延長だった。彼女が薬局で葉酸サプリを買っていたという証言を拾い、それを“妊娠の準備”と勝手に結びつけた。
記事が出た翌日、彼女は亡くなった。
公式発表は「不慮の事故」だったが、業界では“自殺”だという噂が渦巻いた。
そして、それは私たちの“報道”が引き金だったと、誰もが心の中で知っていた。
その後、私は昇進した。あの記事は数百万PVを記録し、部数も跳ね上がった。広告主は喜び、編集長は私に焼肉を奢ってくれた。
だが、あの夜、家でひとりきりになったとき。
私は初めて自分の手が“血で濡れている”と感じた。
爪の間にこびりついた“インク”のような、落ちない罪の跡が、今もこの指に残っている。
遺族からの訴えはなかった。事務所も沈黙を貫いた。だが、ネットでは「報道リンチ」「殺したのはメディアだ」という声が次々と上がった。
私は数か月後に退職した。
だが、書くことはやめられなかった。匿名で、静かに。だが、かつてのような“見出し”は、もう書けなかった。
この懺悔の部屋に入るのは、今日が初めてだ。
どこかの地下室だと噂されている。懺悔すれば、どんな罪も許される。ただし、録音も記録もされない。名前も要らない。ただ「語る」だけだ。
それでも、私はここで話したかった。
生きていたのなら、彼女は今年で25歳になる。きっと、ソロデビューして、女優としても活躍していただろう。恋人もできて、スキャンダルではなく祝福で週刊誌の一面を飾っていたかもしれない。
それを奪ったのは、私たち報道だ。
いや、私だ。
あの日、書かなければよかった。いや、書くにしても、もっと慎重に、もっと真実に寄り添うべきだった。
でも、遅い。彼女はもう、いない。
私は、彼女の笑顔を記事の“素材”にして金を稼いだ。その報いは、どれだけ懺悔しても、消えることはないのだろう。
それでも、ここで語らせてほしかった。せめてもの、供養として。
ごめんなさい、三神瑠奈さん。あなたの未来を、私が奪いました。