第11話:「母の遺体を“冷蔵庫に入れた”息子」
最後に笑ってくれたのは、
腐り始めた頬を、俺が撫でたときだった。
——
母が死んだのは、3ヶ月前だった。
けれど、誰にも言わなかった。
いや、言えなかった。
俺は、母とふたり暮らしだった。
ワンルーム。風呂トイレ別、家賃5.8万。
母は年金で暮らし、俺は在宅ワークと称して、ほぼ無職だった。
生活のほとんどを、母に依存していた。
昼間はテレビ、夜は一緒に冷凍餃子を焼いて食べる。
それが、俺たちの“日常”だった。
でも、ある日――
母が動かなくなった。
——
朝、呼んでも返事がない。
寝てると思った。でも、違った。
冷たくなっていた。
目は閉じていた。
口は、少し開いていた。
死んでる、って分かった。
最初に思ったのは、悲しみじゃなかった。
「これから、どうやって生きよう」だった。
通帳は母の名義。年金も止まる。
生活保護の申請? 無理だった。
役所にバレれば、“同居の死亡”で全支給停止になる。
俺は、母の遺体を冷蔵庫に入れた。
——
無理やりじゃなかった。
もともと小柄な母だったし、
冷蔵庫は、冷凍ストッカー付きの大きめのやつだった。
中を全部出して、
タオルと新聞紙を敷いて、
膝を曲げて、そっと横にした。
ごめん、と言った。
「もう少しだけ、一緒にいさせて」と。
それから、俺の生活は続いた。
年金は振り込まれた。
スーパーに行って、日用品を買った。
テレビを観て、母が好きだった番組に向かって話しかけた。
「お母さん、また芸人が滑ってるよ」
冷蔵庫から返事はなかった。
けれど、ある日、異変が起きた。
——
匂いだった。
タオルで包んだはずの体から、
腐臭が、わずかに漏れ始めていた。
俺は慌ててドアを閉じた。
脱臭剤を入れた。冷凍モードに切り替えた。
けれど、止まらなかった。
にじむ液体。変色。紙に染み込む体液。
俺は、それでも現実を直視できなかった。
母の年金が、あと2回入る。
それまでに、なんとか仕事を見つけて、生活を立て直して――
そしたらちゃんと、火葬してあげるつもりだった。
でも、俺は動けなかった。
求人ページを開いても、何も応募できなかった。
そして、ついに電気代の引き落としが止まり、
冷蔵庫の中の時間が、完全に動き出した。
——
腐敗した母を前に、俺は初めて、泣いた。
「ごめん、お母さん……ごめん」
息も詰まるほどの悪臭の中、
俺は、腐った足に触れた。
もう母じゃなかった。
けれど、最後まで“俺のために死んでくれた人”だった。
その翌朝、俺は自首した。
すべてを話した。
「金のために、死体を遺棄した」と。
でも本当は、“生活”のためじゃなかった。
“孤独”を受け入れたくなかっただけだった。
——
あなたなら、
最も大切な人を失ったあと、
その遺体と一緒に暮らせますか?
誰かがそばに“いる気がする”ことと、
“いるふりをする”ことの境目は、どこにあるんでしょうか?
罪と知りながら、それでも“居てほしい”と思ったとき――
あなたなら、扉を開けられますか?
俺は、開けなかった。
その数十日が、俺の“永遠”だった。
——
【懺悔投稿番号:#011】
【罪の種類:死体遺棄、公的資金詐取、生活依存、倫理的破綻】
【実話度:81%(推定)】