第10話:「笑顔の写真を“燃やした”カメラマン」
俺が燃やしたのは、フィルムだけじゃない。
その“笑顔”が生まれるはずだった一生も、だ。
——
俺は、結婚式専門のカメラマンだった。
幸せの瞬間を撮る仕事。
笑顔と涙とキスと、拍手。
誰もが“その日が人生で一番だ”と信じている場面を、ファインダー越しに切り取ってきた。
でも、あるときから――
俺には、シャッターを押すことが、苦痛になった。
理由は、ある“事故”だった。
——
あれは二年前。
郊外の式場での撮影だった。
快晴。親族も友人も笑っていた。
新郎新婦は、大学時代から付き合っていたらしい。
特別な指示もなく、俺はいつも通りに構え、押した。
そして、ある瞬間。
新郎が、新婦の頬にキスをした。
そのときの新婦の顔が――
笑ってなかった。
瞬きひとつせず、口元だけが動いていた。
目が、どこか遠くを見ていた。
次の瞬間、新婦の父親が、スピーチ中に倒れた。
搬送されたが、意識が戻らぬまま――死んだ。
式は中断され、騒然としたまま終わった。
後日、現像されたフィルムを整理していると、
その“キスの写真”が、妙に気になった。
拡大して見ると、
新婦の左手の指が、小さく震えていた。
笑顔ではなかった。
あれは、演技だった。
それを見た瞬間、
俺の中で、シャッター音が止まった。
「俺は、偽りを撮っていたのか?」
——
そこから、すべてがおかしくなった。
どの笑顔も、嘘に見えた。
どの涙も、計算された演出に思えた。
俺が撮っているのは、“記録”ではなく、“幻想”だと気づいた。
そしてある夜、
過去に撮りためたデータの中から、何枚かの写真を印刷した。
あの式、新婦の笑ってない顔。
崩れたウェディングケーキ。
号泣する母親。
新郎の虚ろな目。
そのすべてを、封筒に入れて――
燃やした。
「こんなもの、残すべきじゃない」
誰の記憶にも残らない方が、いい。
俺は、真実を撮ってしまった。
そして、それを“証拠”として渡す気にもなれなかった。
——
以来、俺はもう、シャッターを押せなくなった。
レンズを構えると、あの時の顔がよみがえる。
撮るたびに、“嘘に加担してる”気がした。
それでも仕事はあった。
式場は俺を重宝してくれた。
「自然な表情を撮るのがうまい」と言われた。
でも、俺が見ていたのは、
**自然な“作り笑い”**だけだった。
そして今日も、俺は一組の夫婦を撮った。
その写真は、美しかった。
ただし――本物の笑顔かは、俺にはわからない。
だから俺は、現像した写真を、そっと削除した。
「幸せは、嘘でいい」と、誰かが言った。
けど俺は、その“嘘”を、もう見届けられない。
——
あなたなら、
誰かの“幸せのフリ”を、見抜いてしまったとき、
それを壊してまで、真実を伝えますか?
それとも、黙って、笑顔を焼き尽くしますか?
どちらを選んでも――
その先に、本当の幸福はない。
そして俺は今日も、レンズを拭きながら、
“誰の記憶も残らないシャッター”を夢に見る。
——
【懺悔投稿番号:#010】
【罪の種類:記録破棄、虚偽記録への黙認、職業倫理違反、感情的消去】
【実話度:72%(推定)】