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第9話:模倣犯を生んだ作家

彼がナイフを振り上げたとき、

それはまるで“自分の小説”を読んでいるようだった。


でも、そのページには、血が滲んでいた。


——


私が小説家になったのは、二十代後半だった。

専門学校を出てから、契約社員として働きながら、小説投稿サイトに連載を載せ続けていた。

アクセスは伸びず、コンテストも一次で落ちていた。


でもある日、「殺意の密室」という短編がバズった。


犯人視点で語られる倒叙形式。

綿密なトリック。

“殺した理由”が正当化されるロジック。

読者は熱狂した。

「犯人に共感してしまった」

「この人のためなら死んでもいい」

そんなコメントが溢れた。


出版社から声がかかり、書籍化された。

人生が変わった。


でも、変わったのは――私だけじゃなかった。


——


三冊目の刊行直後だった。

ある地方都市で起きた殺人事件。

報道を見た瞬間、私は息を呑んだ。


犯行の手口が、小説と“全く同じ”だった。

侵入経路、道具、消臭剤の使い方、トリック、犯人の“動機の記述”まで。

現場に残された遺書のようなものには、こう書かれていた。


「私がしていることは、作中の人物の続きだ」


私は震えた。

そしてすぐ、出版社に連絡した。

「この件について、絶対に私と結びつけないでください」と。


編集も動揺していたが、「今のところ報道には出てない」と答えた。

その後、SNSの全アカウントを削除し、メールも閉じた。

取材依頼は、すべて断った。


けれど、それはただの逃げだった。


——


犯人は捕まった。

二十歳の男子大学生。

警察での供述で、彼ははっきりとこう言った。


「作家・加賀山凛(※ペンネーム)の小説を読んで、やるべきだと確信した」


その名前は、ニュース番組にのった。


私の名前は、全国に晒された。

出版社も声明を出した。

「表現の自由と、責任についての再考を…」と。


それでも、私は何も語らなかった。

謝罪も、反論も、説明も――何も。


ただ、原稿用紙の前に座って、

言葉を削っていた。


——


ある編集者が、私にこう言った。


「責任を感じる必要はありません。人を殺したのは、犯人です」


でも、それが“正しい”なら、

なぜ私は、毎晩あのニュース映像を見ては、

吐き気を堪えているのか。


なぜ、次の原稿の1行目が、

半年経っても書けないのか。


なぜ――自分の作品を、

「読んでほしい」と思えないのか。


表現は自由だ。

だが、無害とは限らない。


私の小説は、誰かに「きっかけ」を与えた。

そして誰かの「命を奪う手」に、スイッチを入れた。


それを“たまたま”だと笑えるほど、私はもう、若くない。


——


あなたなら、

誰かが「あなたの言葉」で罪を犯したとき、

その罪を、自分のものだと認めますか?


「私は書いただけ。やったのはあいつ」

そう言い切れますか?


それとも、

誰かを動かしてしまった“自分”を、

一生、背負い続けますか?


私は、もう書けない。

けれど――書かなかったことも、また罪になるのだろうか。


——


【懺悔投稿番号:#009】

【罪の種類:作品模倣による間接的教唆、社会的責任逃避、倫理的沈黙】

【実話度:88%(推定)】

一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、再開します。

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