4:白い女 下
「も、もうだめだ…これ以上は…。」
ブラックヒュージの見た目をした青いヒュージは、レイボットに突進しようとしていた。
まるで、攻撃を与える隙を探るように。
獲物を確実にとらえようとする視線を向けつつ。
「み、見た目はブラックヒュージだが…色が違う。異常個体で間違いない…。でも…」
レイボットは右足の激痛に耐えながらも、倒れた仲間を背に剣を構えた。
痛みで機動力が低下し、出血で意識が少し朦朧とする中、容赦なく目の前の生き物は助走をつけた。
(くる…!)
剣を構えたレイボットは、突進を受け流す姿勢をとる。幸い、両腕はまだ活力を持っている。
ただ、身体的に一度しのげれば良いぐらい…最悪、攻撃を凌ぐことすらできない可能性もある。
(なにか方法は…。そうだ、攻撃を上手く…。)
近くにある大木に、ヒュージの突進の状態を維持して受け流すことができれば、まだ勝機はある。
緊急用に持ってきた治療薬を用いれば、一時的に痛みを抑えられる。つまり、どうせ死ぬなら、一か八か…やってみる価値はある。
レイボットは、なけなしの治療薬が入った小瓶を手に取り、一気に飲み干す。
「こ、こい…!化け物…!」
青いヒュージは、剣を構えたレイボットに対し、敵意を察知したのか、容赦なく突っ込んできた。
勢いはすさまじく、風切り音が聞こえるほど。
…ただ、負けない。ここで負ければ全滅だ。レイボットの意思は、自身が持つ剣に圧を与える。
「ブモォォォ!!!」
「うおおおおお!!!!」
男とヒュージの一世一代の大勝負…。
大木に軌道がそれる様に、レイボットの全身と剣でヒュージの突進を受け流す。
「ぐあぁぁぁ!!」
「ブモォ!?」
剣を構え、突進を受け流した腕は吹き飛び、周囲を赤く染める。
犠牲にした腕の甲斐あってか、ヒュージの突進の軌道が狂い、大木に勢いとともに突っ込んだ。
その勢いはすさまじく、大木にぶつかった青いヒュージの頭部は消し飛び、絶命。
突進の勢いが強烈だったのか、大木は大きな音を立てて地面に倒れた。
「や、やった…。やってやったぞ…。くそ…。」
利き腕をなくした代償はでかいが…。それよりも仲間を救えたことが非常に大きい…。
「ピーッ、ピーッ」
レイボットの懐から、音が鳴る。ギルドから支給されている、魔石だ。
所有者の生命維持が著しく低下している場合、救援要請がギルドに送られる。
救助隊がすぐに駆け付けてくれるので、今頃、関係者がこちらに向かってくれているだろう。
(出血がひどい…、俺は助からないなぁ…。でも、二人が助かるなら…。)
レイボットは、改めて頭部が無くなった青いヒュージを見て、死亡しているのを確認した。
安堵とともに、体から強張りがとれ、力なく地面に座り込む。
地面はひんやりしていて、自分の血で赤く染まっている。
我ながら、あの状況でよく大木に受け流す方法を思いつき、即行動にとれたものだ…。
ガサガサ…ガサガサ…。
「ブモォォォォォォォ!!!!!」
「な、なんだ…!?」
安堵し、座り込んだレイボットに絶望の2文字が頭にこだまする。
その声は明らかにヒュージのもの。そして眼前に広がる光景は…。
「異常個体が5匹…。もうおなかいっぱいだ…。」
先ほど、腕を犠牲にして倒した青いヒュージが4匹、角が異常に発達した赤いヒュージが1匹…。
ここにきて新種ときたものだ。
「うん、無理だ。あの時無理を言ってヒュージ狩りなんて誘わなければなぁ…。すまん、サイン、コレット…。お前らを守れなかった…。」
「ブモ・・・・ブモォ!?」
諦めざるを得ない、避けられぬ死を控えたレイボットは、自分を殺そうとする5匹を目に焼き付ける。
「ブ、ブモォ…」
(ん?何か様子が変だ…。俺を見ていない…?)
瀕死の状態にあるレイボットを視界にいれておらず、レイボットの後ろを見ていた。
何かに畏怖しているようにも見える。
(生存本能に訴えかけるような、異質の存在でもいるのだろうか…?サインか?コレット…?いや、ありえない。二人とも意識を失っている。)
だとしたらなんだ?と思い、レイボットは後ろを振り返る。同時に、見たことない服を着た男が丸腰で近づいてくる。
「…」
ヒュージ達が近づいてくる男の歩みと共に後ずさりしている…。
な、なんだこの人は…!? 武器も持たずに危険だ…!
「き、危険で、す…!丸腰で近づいて言い相手では…ない…!」
「レイボットっていったか?遅れてすまない。ちょっと下がっててくれ。俺が何とかする。」
その男は、自分の名前を告げると、手を握り、両手で拳を作った。
ヒュージ達は、男の姿を見てさらに後ずさりしている…。
「ブ、ブモォォォォ!」
恐怖とは時として、大胆な選択をもたらす。
5匹いるうちの1匹が恐怖によって、攻撃をするという選択肢を選んでしまった。
風切り音とともに、恐怖しながらも男に対して高速で突っ込んできた。
男はなおも動きを見せない。このままでは攻撃を受けてしまう…!
(まずい…!せめて自分がぶつかって軌道をずらせれば…!)
自分を犠牲にすれば、肉壁になるだろうと踏んで、レイボットはボロボロな体に鞭を打って、目の前の彼を救おうと地面を這いずる。
レイボットが己を守ろうとする姿を見た目の前にいた男は、こちらに振り返り、一言だけ告げた。
「そこで待っててくれ」
その一言はやけに重く、絶大な信頼を置ける一言のように聞こえた。
なぜだろう、変な希望を抱き始めた。助かるのではないかと。
「し、しかし…こ、の…まま…で…は…」
彼の意識はここで切れた。レイボットは血を流しすぎた結果、出血多量による失神を起こしてしまった。
最悪このまま目が覚めない可能性もある。
「れ、レイボット…し、死なないで…」
その様子と只ならぬ雰囲気によって、ようやく意識を取り戻したサインが、レイボットに最小限の回復の魔法を唱える。
今の体力では、これが限界。ただ、やらないよりは全然いい。
雀の涙だろうが、生に執着しない理由がない。生きてなんぼの世界でやれることは何でもやる。
サインの親の教えが、今この極限の状態にメスを入れた。
「ブモォォォォォ!!!!」
鳴上に向けて突進をした1体が、まもなくぶつかろうとしていた。
勢いはレイボットに攻撃した時よりも、少し強い。仲間をやられた復讐心と恐怖心が合わさった一撃。
「正直、勝算は五分だな…。”あの時”の力を信じるしかない。」
鳴上は両脇をしめると、素早くジャブを前方に放つ。
青いヒュージの突進攻撃の速さでは、素早く出せるジャブが一番効率がいいと考えた結果だった。
常人では見えない速度で繰り出す鳴上の攻撃は、ヒュージにしっかり当たる。
轟音が鳴り響いたかと思うと、先ほどまで感じなかった風をヒュージ達が浴びた。
「ブ…ブモォ…?」
後ろで戦闘態勢をとっていた赤いヒュージが周囲を見る。
先ほどと変わらない場所。圧倒的有利な戦況…。
「ブ…ブモォ…。」
そして、脳がやっと見えている景色に追いつく。
自身の裏に先ほどまであった木々がなくなり、森ですら無くなっていることに。
まるで最初から森などなかったかのように、綺麗に消滅していた。
「ブ…ブモ…」
赤いヒュージは何が起きたのかまるで理解ができなかった。視界がクリアになったとしても、理解ができない。
仲間がすでにもういないのだ。血を出すこともなく、突進した青いヒュージの足だけが地面に立ったまま放置されている。
一瞬で戦況が一転した。赤いヒュージは"この世に存在"できていることに感謝さえした。巻き込まれなくてよかったと。
鳴上は拳を解き、額の汗を裾で拭った。
その姿をみた赤いヒュージは、一目散に逃げた。
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「まさか、これほどまでとは…。軽く拳を振り上げただけだぞ…。」
鳴上は己の起こした目の前の事象に、自分自身理解が追い付いていなかった。
生前、肉弾戦での喧嘩が多かった。
その際に、自宅でイメージトレーニングとしてジャブを打ったことはある。
(しかし、こんな…。森諸共抹消しちまうとはよ。)
「ふむふむ、なるほどなるほど。これはまた派手にやりましたわね!期待通りですわ!」
ぱちぱちと拍手を送りながら、白い女が草むらから出てくる。
先ほどのインパクトはそのままで、白と黒がはっきりとしたモノトーン柄の綺麗な女性だ。
白いまつ毛がしっかりと見える大きな白い瞳が、鳴上をしっかりと見つめている。
「期待通りってどういうことだ?」
「その名の通りですわ!しっかりと助けることができたではありませんか。救いを求めるものに、しっかりと"救い"を。これは誰しもができることではないですわ。」
「いやしかし…出るのが遅すぎて、レイボットは瀕死だ…。ほかの面々もどうなっているか…。」
鳴上は周囲を見る。白い女やレイボットはともかく、体術で戦っていた男は少し離れたところで伸びている。
サインという魔法を使っていたであろう女性は、何やら魔法を使って意識が失ってしまったようだ。
「優しいことは良いことです。ですが、時として"選択を迫られた時の足枷"にしかなりません。
時には情を捨てることもお忘れなく。」
「そういえば、アンタ…。さっき何か俺にしなかったか?背中を押された瞬間、助けることに躊躇いがなくなったんだが…。」
先ほどまで抱いていた、考えや体の強張りが無くなったことがどうにも気になる。
背中を押された瞬間に何かされたのではないかと、心配になる鳴上を尻目に、白い女は口を開く。
「さぁ…?わたくしは、"メシア"様の"想い"を許しただけですわ。変なことはしておりません。本当ですわよ!?
…それよりも、どうやら苦戦しているようです。あぁ、なんとも悲しきメシア様…!どうか、救いをメシア様に…!」
何故か天を仰ぎながら話す姿勢は、異質以上の何者でも無かった。
逆を言えば、こいつがアンノーマルなんじゃないかと思うぐらいには、見た目も話し方も、話す内容もおかしい。
でも違う…。直観だがこの女は、アンノーマルよりも関わってはいけない人種に感じる…。
「この無限なる時を境に、メシア様はどのような選択を…。おっと失礼、お時間ですわ。では、またの機会にお会いしましょう。わたくしが探しているのは…。ここにはいないようなので。」
結局白い女は、名前も名乗らずに森の暗闇の中に消えていった。
厳密には、鳴上が眼球の渇きを潤すために、瞼を一回閉じて開いたら既に白い女はいなかった。
(なんだったんだあいつは…。想いを許した?それがなぜ後押しになったんだ…。)
いずれにせよ、戦闘に参加でき、無事に救えたのは事実。
幸い、目の前でいかにもボスのような出で立ちだった赤い牛は、一目散に逃げてくれた。
「アンザさんよ、ホーンラビットって奴よりもドでかい魔物出ちゃってるぞ…。」
ひとまず一息つきつつ、アドバイスをくれたアンザに対して愚痴を零す。
まぁ、そもそもホーンラビットって、どのような姿をしているか理解できていない。
「…放っておけないよな。3人を安全な場所に避難させよう。」
どれもぱっと見、ほぼ瀕死といったところか…。
特にレイボットの仲間を守ろうとする姿勢は、真似できない領域まで到達していた。
まさか自分の腕を犠牲にしてまで、仲間を守るとは。
倒れているレイボットの肩を持ち、心臓よりも高い位置に傷口がくるように倒れた大木に座らせる。
あれだけ盛大に噴出していた、切断面の出血は何故か止まっている。
先ほどサインという女性が何かつぶやいていたが、何かしたのだろうか…。
現に傷がふさがっている。常識もなにも俺の住む世界とは本当に違うのだと、改めて気づかされる。
「本当にここは俺が住んでいた場所とは違う世界なんだな…。」
彼がささやいた言葉は、木々や草花を軽く揺らした。




