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2:アクアパレッサ王国 下

不思議なことに、人が目の前で殺されたのにも関わらず何も感じなかった。

他人だからなのか、何も感じない。よくドラマなどで死体を見た際に嗚咽を訴える描写があったが、それすらもない。自分は本当に生前の自分なのかと、不安になってくる。


…スパイが目の前で殺害された後、カーチャーとドンテスとの飲み会は朝方まで続き、俺は今、アクアインガ亭が運営する宿の一室にいた。

太陽の高さを見るに、昼頃だろうか。外からは鳥の鳴く声と、住人達の生活音が聞こえる。


「3日間分も宿泊費用を立て替えてくれるとは…あの二人には感謝しないとな…」


ハスティ王女が死体を持って店内から出ていった後、店内では戦争のことについて色々な話が酒のつまみとなっていた。

もちろんカーチャーやドンテスも、話の一角となっており、自分たちが知りうる限りの情報を笑い話のように話してくれた。

要約すると、


・アクアパレッサ王国は、ハスティ王女の防衛魔法のおかげで流れ弾にあっていないこと、

・”エルル派”…エルルの民の戦争の主張は、全ての領地は”神聖なるもの”へ返すべきとして、アクアパレッサ王国、マイカス帝国の領地の返還

・”マイカス帝国”の主張は、エルルの民が信仰する”神聖なるもの”の排除、アクアパレッサ王国の王族権の排除


といったところだ。

カーチャーが言うには、どちらの主張も認められるわけがないとして、非人道的行為には変わらないとしている。この状況になってしまったのも、どうやら国のトップが変化したことが原因だということだった。


「まさか世代交代で即戦争につながるとはね…。それで国民は納得しているのも狂気じみてる。」


世代交代が”エルルの民”、”マイカス帝国”のそれぞれで同時期に行われ、そしてその翌日に戦争…妙に裏を感じる戦争の気がする。


「といっても、俺の目標はアンノーマルだ。戦争に関わることもない。」


明後日までであれば、宿に泊まれるので問題ないが、少し長丁場になりそうなので滞在するためにも金がいる。

不思議と眠気が一切なかったり、お腹が空いたりしないが、だからと言ってやらないという選択肢はない。

だが、お金を稼ぐためにはどうしたらいいのだろうか。カーチャーとドンテスに話を聞いておけばよかった。



「…とりあえず外に出「たのもぉぉぉぉぉう!!!!」」


ベッドから立ち上がろうとした瞬間に、鍵をかけていたはずのドアから聞き覚えのある声と共にその人物が現れた。


「これはこれはハスティ王女…。こんなところにどういった用件で…。」



「ふむ。かしこまるな。…今日はな、ナガミ。貴様に用があってきた。」


ハスティ王女が自分に用事…?あまりいい予感はしないが、王族の用事だ。蔑ろにするわけにもいかない。


「一先ずついてきてくれ。話はそれからだ。」



―――――――――――――――――――

ハスティ王女に連れられること体感10分ほど。街中を歩くたびに声をかけられるほどハスティ王女は人望にも溢れる人のようで、感謝の言葉が時折聞こえてきた。


「ここだナガミ。我が城、アクアパレスだ。」


ハスティ王女が指をさす方向を見ると、様々な噴水で囲まれた中心に大きな四角い建物があった。

イメージしていた豪華な城というよりも、無駄を省き、より機能性を意識した建造物だった。


「ここまでご苦労であった。徒歩でついてきてくれて助かったぞ。さ、中に入ってくれ。」


四角い建物に入ると、人が100人いても余裕で通れそうな広い廊下と、廊下を覆う紫の絨毯、ところどころにある部屋へ続くドアなどが目に見える。



「驚いた。あの四角い建物の中がこんなにも広いとは…。」



「あぁ、空間魔法の応用だ。実際広さの50倍の広さになっている。万が一、侵入者が入っても目的をすぐに遂行できないようにするための防衛策だ。実はアクアパレッサ王国の約9割が空間魔法を用いた建物でできた国で、建物のみならずアクアパレッサ王国に対しても空間魔法を使って領土を広げている。国の外観は小さい土地に存在する国にしか見えていない。しかし…たった少しの土地でしかないこの国でも”エルルの民”にとっては。”神聖なるもの”へ返還すべき場所として捉われるようだ。」



「一つ疑問なんだが、両国の主張にアクアパレッサ王国が入っているのであれば、アクアパレッサ王国にも戦争の火種が来ていると思うんだが。」


先日酒の席で聞いた話を持ち出してみる、防衛魔法おかげで隣国の流れ弾が当たってないということだが、本当だろうか。


「戦争などさせぬ。火種が飛び火しないように私が常に防衛魔法で攻撃を跳ね返している…。魔力は常時減っているが、私には通常よりも多くの魔力を保持している故、簡単にはくたばらん。

それに少し前までは頻繁に攻撃されていてきつい状況が続いていたが、跳ね返し続けた結果、今では標的を変え、わが国を挟んでエルルの民とマイカス帝国で争っているというわけだ。

それでも流れ弾やどさくさに紛れて攻撃を今でもしてくる…が、以前よりは減っている。」


なるほど…今のアクアパレッサ王国に戦争の動きや被害がないのは、ハスティ王女の魔法で攻撃を打ち返していたからなのか…。昨日の話が現実味を増してきた。

それにしても相当な苦労人だ。国民のために尽力する姿勢は素晴らしい。


「すまない。ナガミには何故か話しやすい雰囲気があるので、つい話すぎてしまった…。ついたぞ。そこに座ると良い。」


謁見の間などに連れていかれると思ったが、そうではなく。

暫く城内を歩いてたどり着いた場所は、豪華だがシンプルな椅子とテーブルだけが存在している部屋だった。

言われた通りに座ると、テーブルをはさんで反対側にハスティ王女が座った。

歩いて街中を巡回したり、城まで護衛為しで自ら赴いて案内したり…本当に王族なのかと疑うぐらいには、距離感が近い人だ。



「どうも。それで用事とはどういったものでしょう?」



「あぁ、実はな。用事というのは3つある。その内の1つは大したことないのだが、後の2つは必ず確認しないといけない。少し時間がかかると思うが、大丈夫か?」


時間に余裕はあるし、ハスティ王女直々に聞きたいこととなると、こちら側も質問したら答えてくれる可能性が高い。上手い事、情報収集につなげたいところだ。


「わかった。問題ない。」



「助かる。一つ目。

昨夜のスパイが擬態していた格好だが…。ナガミはあれを知っているな?防衛魔法がナガミの感情の揺らぎに反応したのだ。他の者とは違う感覚だったので、確認しておきたい。」


防衛魔法は人の感情の揺らぎまで読み取ることができるのか…。オミングさんの波長を読むことと似ているが…考え自体を読み取ることはできないみたいだ。感情の揺らぎが読み取られる以上、下手に嘘をつかない方がいい。


「あれは同郷の学び屋で着る服で、若い女性が着用している装備みたいな服なんだ。久々に見たので驚いてしまった。多分それが防衛魔法に引っかかったかもしれない。」


「ふむ…。となると、ナガミは彼女たちと同じように異邦人というわけか?」



「異邦人?」



「我々が住む世界とは別の世界からやってきた者の事だ。ナガミが異邦人だとすれば、あの奇怪な格好を知っているのも納得ができる。ただ…ナガミに関しては、本当に異邦人なのか確証が持てない。

異邦人の場合は、魔力が全く無かったり、極端に大きかったりで分かりやすくてな。防衛魔法を通して見るだけで判断ができる。

…だが、ナガミ。そなたは生命反応以外見ることができない。防衛魔法の索敵ですら、感情の揺らぎをなんとか見ることしか情報が得られない…。」


ハスティ王女は難しい顔をしながら、話を続ける。


「それに”男”という部分でも、異邦人なのかの判断を鈍らせている部分ではある。

…勇者召還を行っているのは、マイカス帝国のみ。別の世界から呼ぶ対象は、全員が”奇抜な格好”をした女性だ。男性を呼ばないのは帝国を率いる”アグル・マイカス帝王”の意向でな。私はあの者の考え方には賛同できん。何故女性だけなのか。」



自分の特異性がにじみ出てきた。まさか女性だけを狙って別の世界から転移…?しているとは。

だとすると、俺自身が異邦人としてここにいるのは確かに不自然だ。どう説明すべきか…。



「今の話を聞くに俺の回答は話がややこしくなるので、簡潔に話す。俺は別の世界ではなく、”ここ”から来た。」


非常に抽象的だが、俺は何もない方向に対して指をさした。

仕方ない。俺ですらオミングさんから話されてもよくわかっていないのだから。


「ん?北の方角か?北の方角は大海原になっていて、隣接した国はないはずだ。」


「すまない。俺もイマイチよくわかってないんだ…。”ここ”としか言いようがない…。」



「ふむ…。嘘をついているわけでは…なさそうだ。となると、コールダイル神からの招集…女神経由か…?」



「女神経由?」


女神となると、コールダイル神っていうのは、この世界の管理者的な立ち位置の神だろうか?


「女神経由を知らないとなると…ふむ…。

因みに説明しておくと、コールダイル神は各地で信仰されている女神のことだ。

…過去に”深淵なるもの”という破壊の限りを尽くした暴君がいてな。その者に対抗すべく、コールダイル神は別の世界から転生という形で異邦人を二人呼び寄せたことがあった。

女神の目論見通り、無事”深淵なるもの”を打倒した両名は、勇者と称され、それはもう多大な褒章を得た。現在一人はエルルの民で、もう一人はマイカス帝国に所属している。双方の勢力が動いていないのを見るに、戦争に反対しているか、待機命令でも受けているのだろう。」



「なるほど、勇者召還ではなくて女神経由でも別の世界から人が移ったりするんだな…。そういえばハスティ王女は隣国の情報なども網羅している様子。ただ、疑問なのが、何故その二人は女神経由だってわかったんだ?」



「各国に優秀な人材を派遣しているからな。情報源はその者たちから随時送られてくる。

女神経由と確信した判断材料としては、帝国による”隷属の腿枷”が無かったということと、両方とも異次元の強さを誇り、力の源について尋ねると”女神から恩恵を受けた”と。

また、出で立ちについては”自分はもともと違う世界にいた”と話していたとの情報がある。実際に勇者のお二方に私は会って話したことがない。これ以上は情報がない。許せ。」



ハスティ王女がやけに情報に強いのは、各国に人材を派遣しているからなのか…。これが本当だとすると、見た目と同じぐらいアクアパレッサ王国にとって大きな存在といえる。



「では、2個目の確認につなげよう。ナガミの目的はなんだ?それを確認しておきたい。内容によっては協力を厭わない。」


確かに気になるよな…。勇者召還、女神経由以外の方法で”この世界”にいる俺自身を。

ここで内容を話しておけば、ハスティ王女との協力関係を結べる可能性がある。国のトップとのつながりは間違いなく”アンノーマル”探しに役立つだろう。


「正直な話をすると、ここに来た経緯は俺自身もわからない。ただ、目的はある。

この世界にいるとされる”アンノーマル”を俺は追い出さないといけないらしい。」



「うぅむ…。経緯はないが目的はあるのか…。それに”アンノーマル”という言葉は初耳だ。それは人なのか分類なのか…特徴はないのか?」


特徴…オミングさんは見ればわかるとしか言っていなかったな。本当にそんな曖昧さで見つかるのだろうか。


「ナガミの表情から察するに、特徴はないか。ふむ、これはまた厄介そうだ…。だが、未知の異邦人であるナガミを我が国で囲っておきたいのだ。なので、協力しよう。その代わりに、お願いがあるのだが…いいか?」


囲っておくって…また大層な…。いや、エルルの民とマイカス帝国には勇者が所属しているという話を考えれば、強力な存在の可能性がある異邦人の1人を抱え込んでおきたい…という考えなのかもしれない。口ぶりからすると、勇者と呼ばれる人間はこの国にはいないのだろう。


「囲っておく…とは直球だけど、今は行くところもないし、それで問題ない。お願いとは?」



「手合わせを願いたい。なに、簡単な力試しだ。私が”アンノーマル”について探す交換条件として、ちょっとしたお遣いを頼みたい。だが、ある程度の力を持っていなければ国の外に行ったら危険だ。試させてくれ。」



交換条件か…。タダより条件があるだけマシではある。

ただ、どうだろう。今まで喧嘩しかしてこなかった自分が、魔法も武器も使いこなす王女に対して通用するのだろうか?


「いやいや、王女相手にそれは…。俺なんかじゃ勝ち目が無いと思うんだが。」


「王女など、ただの身分に過ぎん。それにナガミは、私が会ってきた中で間違いなく一番強い。寧ろ私が学びを得よう。」


2mあって腹筋バキバキで、身長と同じぐらいの武器と国全体を守るほどの防衛魔法を使えるのに、この王女様は何を言っているのだろうか。俺が一番強い?冗談じゃない。


「それに、ナガミは拒否できぬ状況だ。この国は本来、通行証や滞在記録書の2種類の書類で審査が通らない限り入国を許可されていない。だが、ナガミの入国は私が特別扱いで許可している。この意味が分かるか?」


昨夜、王女は躊躇いなくスパイを粛清した。この世界の命の軽さといい、不法入国という形で処罰を受けるのは目に見えていた。

改めて考えてみれば、自分の置かれている状況は、まさに不法入国者…。やばい、最初から拒否権なかった。



「はい、謹んでお受けいたします。」


冷や汗をかきつつ、自身の置かれている状態を再認識した鳴上は、立ち上がったうえで深々とお辞儀をする。とりあえず誠意は伝えようという魂胆が丸見えである。


「敬意を表すときは私の国と一緒のようだ。脅すような形になってしまって申し訳ない。部屋を出た先に裏庭がある。そこで手合わせといこう。ついてこい。」


その姿に王女は微笑みながら立ち上がり、歩みを進める。

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