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8:改変された回帰 上

目をあけて意識がはっきりしてくると、木材でできた建物と煉瓦でできた四角い建物の間にある路地にいた。

周囲を見渡すと、時間帯は夜…。風が時折入り込み、体を冷やす。


周囲を確認するために、耳に神経を集中させる。活気ある街の様子が食器の音や、人同士が喋る声で伺える。

それに…目の前にある木材でできた建物では、酒盛りをしているような陽気な歌が鳴り響いていた。

ほのかにだが、酒の香りが微かに漂っている。




「ここは…。オミングさんが言っていた『アクアパレッサ王国』なのか…?でも…なぜか来たことがあるような…。」



話し声は、どう考えても日本で散々聞いた母国語。

地面の感触は、少しぬかるんだ砂利道といったところだ。

日本にいるかのような感覚のせいか、ある種の懐かしさを覚えるほどである。

もしや、この懐かしさが既視感の正体か?と考えつつ、鳴上は立ち上がった。



「何はともあれ、まずは状況確認だ…。誰かに話をしてみる必要がある…。」




判断材料が少ない今、現地の人間に話を聞く他ない。ちょうど木材でできた建物には、酒の匂いも相まって居酒屋の雰囲気がある。

よそ者が突然入ったとて、お酒の力で何とかなる…と思いたい。


意を決して路地から抜け出す。

夜であるかを無視するような明るい賑やかな雰囲気と共に、客引きや酒を飲む武装した兵士まで幅広い人種が賑わいを見せていた。

路地にいた為か、この場所のことをよくわからなかったが、かなりの繁盛店のようだ。

周囲の建物は…昔大学の講習で習ったことがある”ロマネスク様式”の建物をアレンジしたかのような建物が多く、室内からは光が漏れている。

逆を言えば、自身の目の前にある木材でできた建物は逆に珍しいようで、軽く街を見渡してもここにしかないようだ。




「おうおう!兄ちゃん!!辛気臭い顔してねぇでこっちこいよ。飲もうぜ」




運がいいことに、髭が生えた大柄の男が店内からこちらに声をかけてきた。お酒で相当出来上がっているようで、笑顔で話しかけてきたあたり、かなり上機嫌な様子。

絡み酒といったところか。

だが、話しかける手間が省けた分、こちらとしては都合がいい。



「お、おう…すまない。考え事しててな。付き合わせてくれ。」



呼ばれるまま店内に入ると、中は思ったよりも広く様々なコミュニティが各々で酒を楽しんでいた。

その中には獣耳を持った人間や、剣や杖を持った冒険をしてそうなグループ、それに…ん?なんだあの異様に白い…いや黒か?…なんだあの女の人…



ドンテスは、笑顔で鳴上を店の中に連れてくると、空いているカウンターに座り、2人で座った。



(ん?あれ?俺今、なんでこの人がドンテスだって…?)



「改めて…俺様の名は、東の山を仕切ってるドンテスだ!突然ですまねぇな。一人で飲むのに退屈してたところだったんだ!

今日はとことん飲もうぜナガミの旦那!」



ドンテスであってた…。これは偶然じゃないな…。

見た目は見たことない風貌をしており、動物の皮のようなものを着ているが、清潔感のある筋骨隆々な男たちといったところだ。

どちらかというと山賊の様に動きやすさを重視した格好というべきか。



「ん…?ちょっとまて、今俺の名前を言わなかったか…?」



「んぁ???確かに知らねぇ名前を言っちまったな。なんでだ?」



ドンテスは困惑しながらも、カウンターの下から空の樽ジョッキを一つ持ち、鳴上が座った席の目の前に置く。

すると、猫耳を付けたウェイトレスらしき女性がカウンターの反対側から手を伸ばし、赤色の液体をジョッキに注いでくれた。




「まぁでも名前があってるなら、問題ねぇだろ!がっはっはっは!

知ってるかもしれねぇが、この店の酒はこれ一本だ!味はもちろんのど越しも最高だぜ!

空のジョッキを置いておくと、今みたいに注いでくれるからよ。

絡んだ詫びだ、ここは俺様がおごる!好きなだけ飲んでくれや!がっはっはっはっは!」




ドンテスの笑いは店内に響く。

すると、筋骨隆々な身長の高い女性がドンテスの横に座った。



「おいおい、ドンテス。飲みすぎではないか?まぁ、その笑いがここの名物でもあるが。どれ、私も一緒させてくれ。」



「おうともよ!ナガミの旦那!このお方は、ハスティ王女だ。この国の王女様なんだぜ?」



さりげなく紹介しているが…。この女性がお、王女…!?


(王女って…アクアパレッサ王国の王女様ってことか…?つまり、ここは国…王国の中と仮定してもいいのか…?って、それよりも先に!!!)



「こ、これは、失礼しました…!」



鳴上は席を立ち、ハスティ王女に向くと、深々と頭を下げた。

とんでもない地位の人があり得ない速度で近くにいる。礼節をわきまえておけば、アンノーマル探しの助けに…。



(ん?まただ、この考え…前にもどこかでしたか…?)



「なぁに、気にするな。私は国民とともにある。距離など気にするでない!

さあさあ、ナガミとやら、ここの酒は本当に美味いから飲んでみろ!」



ハスティ王女が笑顔で鳴上のお辞儀に応える。

国民と共に…上に立つ立場の人間として、非常に出来た人間のようだった。


勧められるがまま、お酒を飲んでみると、とんでもないうま味の暴力が鳴上を襲う。


お世辞抜きで飲みやすくて香りが強く、様々なベリー系の果物を使った芳醇なアルコール飲料といったところ。

アルコール特有ののど越しや飲み心地というより、ジュースの様にサクサクといける感覚…気を付けないとすぐに酔ってしまいそうだ。



「う、うま…!なんだこの酒、マジでうまいな…!」



「そうだろう、そうだろうよ!…そういやぁナガミの旦那は見た感じ、王国の民のようだが…?

その様子じゃアクアインガ亭は初めてみてぇだな?なにかわからねぇことがあれば、このドンテスにドーンっと聞いてくれや。」




「ありがとう、ドンテスさん。まさにその通りで、この店には初めて来たんだ。…そうだな、例えば何かお勧めな料理とかあるか?」




「俺に”さん”はいらねぇぜ旦那!…それより、お勧めの料理か…?なんだって美味いからなぁ…」




「こら、ドンテス!ちゃんと答えてやれ!全く…。ナガミよ、代わりに私が答えよう。ここは…」




その後、ハスティ王女からのおすすめの品である、ピタリーナという料理を教えてもらい注文すると、5分もしない内にピザに近い料理がカウンターに運び込まれた。

ピタリーナ…トマトのような酸味とバジルのような色どりと香り…。この伸びる食べ物はチーズだろうか?



「マジでうまい…!」



「そうだろうそうだろう!ドンテス、今度からお勧めを聞かれたちゃんと応えてやれよ!」



「がっはっはっは!そりゃそうだ!」



「そりゃそうだとはなんだ!お前は酒を飲むととんで馬鹿になるな!仕上がりすぎだぞ?

まったく、お前は本当に豪快な奴だ!はっはっはっは」



会話の途中で”アクアインガ亭”…場所の名前が出た…しかし、鳴上には聞き馴染みがあり、聞いたことがある店名としてスルーしてしまった。

何度も何度も…この既視感はなんだ?

このような場所は、自分自身が生まれた地元…生前の日本には無かったはず。それなのになぜこんなにも見覚えがある…?



「酒はうまいし飯も美味い。終いには人も良いときた。ドンテス、ハスティ王女、ありがとう。」




「いいってもんよ。大したことはしてねぇしよ。ナガミの旦那は、今日、この瞬間!この雰囲気を楽しいんでくれや!」




ハスティ王女が笑顔でジョッキを持って、鳴上に向ける。

改めて乾杯しようといわんばかりに、今か今かと鳴上を見つめた。

その姿に察したのか、ドンテスも同じようにジョッキを右手で持つ。ここの人らは本当に愉快な人たちが多い…。


まぁでも正直ありがたい…。この世界に来たばかりで、突然放り込まれた。

よくよく考えれば、ドンテスとハスティ王女の人柄が良く無ければ、見知らぬ土地でどうなっていたかわからない。



「仕方ないな…!今日この日を祝って…飲むぞ!!!」




「「おう!」」




一人の王女と、一人の大男、そして無関係な男が出会った瞬間だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



鳴上含めた3人は、その後も多くの酒を飲み、始めてあったとは思えないほど仲良くなっていた。

即席ではあったが、色々な話を聞くことができた。

要約すると以下の内容が、聞けた話だ。


・旧王国にいた勇者は過去の戦争において、多大な犠牲と共に深遠なる闇を消滅

・現在は隣国である、マイカス帝国との勇者制度について条約を結ぶかの瀬戸際にある

・ハスティ王女は、防衛魔法でアクアパレッサ王国を守るすごい人



ドンテスが酔いつぶれてしまったため、2階の宿泊予定の部屋にドンテスをハスティ王女と運ぶ羽目になった。

その後、ハスティ王女と飲んでいたが、ハスティ王女は王務のため城に戻った。

ものすごい量の酒を飲んでいたはずなのに、平気な顔してお店を後にしたのを今でも鮮明に覚えている。



(ハスティ王女はかなりの酒豪っぽいな…。それを言うなら自分もかもしれないが…。)



鳴上は、元々酒をたくさん飲む人間ではなかった。生前の自分が生まれ育った日本でも、缶のお酒を1本飲めればいい…その程度のお酒の強さだった。

自分は本格的に人間を辞めてしまっているのか…と、酒の強さだけで判断してしまいそうになる。


「オミングさんも言っていたけど、人間を辞めてるってどういうことなんだ…?はぁ~…。よくわからねぇ…。」



気づけば、周囲にいたお客さんは徐々に捌け始めており、店内には少数の客がいるぐらいだった。

客が少なければ、店も広くなるというもの。改めて見回すと、その規模の広さを感じる。


…すると、数少ない客の中で、少し目立つ3人組が立ち上がって勘定を済ませた。



「お、ごちそうさん!美味かったぜ。」



「もう、レイボットはいつも食べすぎだって!この後、夜の巡回あるのに…!!」



「はっは、大丈夫だ!酒や飯が入っていないと動けねぇしよ」



「はぁ…昔から変わらねぇな…。腕失ったくせに前よりも頼もしくなりやがって…!」



30、40手前ぐらいだろうか?

片腕が無いことにも気づかないぐらい、熟練した剣士。杖を持った女性、拳で戦いそうな武道家の男。

如何にもなファンタジーの衣装で一瞬コスプレかと思ったが、鍛え上げられた肉体や立ち振る舞いをみて、考えを改めた。


「なるほど…本当にここは俺がいた世界ではないんだなぁ…。」



「ふひひ、なんだか面白そうな発言をしていますねぇ…!でも、そのような発言は危ないんじゃないです?ひひひ」



3人が店から出ていく所を見ていたら、不意に後ろから囁くような音量で声がかかった。

後ろだと、カウンター越し…。となると、店の人間から声をかけられた…?



鳴上は恐る恐る振り返る。

そこには、先ほどお酒を注いでくれた猫耳が付いた女性が、頬杖をつきながら見つめていた。


「…面白い話かはどうかはおいておいて…。危ないってどういうことだ?」



「ふふふ、そうですねぇ…。"俺がいた世界ではないんだなぁ…"とかですかね?ひひひ。

どういうことだか一発で分かりますし、今のご時世的に話すのは危ないですよ。」



「それが何故、危ないんだ?」



「先ほど、ハスティ王女もお話しされていたじゃないですかぁ、マイカス帝国との勇者制度についての条約的にですよぉ。

別の世界からきた人間は、マイカス帝国で管理しているのですよ?先ほどの酒の席でご存じですよねぇ?」



そういえば…そんな話もしていた気がする。

ちょいちょいドンテスの笑い声が入っていたせいで、そこまで聞き取れていなかった。

ここは話の腰を折らないようにしなければ。



「そうだな。ハスティ王女も悩んでいた様子だった。」



「ふひひ…。国としては非常に大事な条約を結ぶか結ばないかの状況ですからねぇ…。

ご存じの通り、勇者はマイカス帝国で育成されて、個々の強さを最大限に引き出す訓練をします。

そして、育成が済んだら他国へ派遣するんです。

勇者を派遣する代わりに、食料の流通や名産品の交易などを求められる…これが条約の内容ですよぉ。ふひひひひ」



猫耳のウェイトレスは、不敵な笑みを浮かべつつ、

小声でハスティ王女が説明を渋っていた"条約の内容"を簡単に説明してくれた。



「一見、お互いの国に利がある話に見えますけどねぇ…食料の流通や名産品の量が想定の20倍になっているんですよぉ。ひひひ…

そりゃあ、直ぐに決断なんてできないですよねぇ。国の食料減が枯渇するのは間違いないですし、他国との取引もあるので、無茶苦茶な内容なんですよぉ。

しかし、それでも勇者を欲しがる理由は、国の防衛機能に関わるからなんですよねぇ…。」



(想定の20倍!?なんとなくだが、条約を結んだ国の自由を奪うような裏を感じる。帝国というぐらいだから、条件をのませることができる強い権力を持った国なのだろうか…?)




「ってか、その条約とさっきの俺の発言に何か関連するところってあるのか?」



ウェイトレスは鳴上に向かって指を差し出す。


「当たり前ですよぉ。あなたが本当に別の世界から来たのであれば、マイカス帝国にいなきゃおかしいですし!

それに、勇者が派遣されていない"この国"にいるのが変なんですよ!

条約を結ぶ前なのに、実は別の世界から来た人間が既にいます!ってのをマイカス帝国に知られたら…下手したら戦争に繋がるかもしれないですよ?」



「戦争とは大げさな…。俺がこの国にいるだけで戦争になるってことか…?え?そんな簡単に戦争に?」



「もちろんですよぉ。もう一度言いますが、条約結ぶ前に既に別の世界からの人間がいるんです。

マイカス帝国のみが別の世界から勇者を呼び出して…っていうことができる以上、帝国の専売特許が崩れたとみなされかねないですし、何より帝国のメンツが丸つぶれです。

帝国は特にメンツを大事にしますからねぇ。

最近は帝国民はアクアパレッサ王国に出入りしているので、別の世界から来たなんて発言を聞いたらどうなるか分かったもんじゃない…。ひひひ…。

ここまで話せば事の重大さぐらい、お酒が入っていてもわかるでしょう?」



「ははは、わかりました…。今後は発言にも気を付ける。」



「まぁ、あなたが本当に別の世界から来ていたらの話ですけどねぇ…。ふひひ」



この世界でも条約やら、メンツやら…聞き馴染みのある単語が出てくる。

わかりやすくて助かるが、わかる分、今この状態が危険だということを知る結果になってしまった。


俺の正体がバレたら、戦争につながる…。"別世界から来た"ことを、不用意に口にしないようにしたほうがよさそうだ。



「アクアパレッサの南の居住区からきたのですねぇ。ご予約されていた部屋の番号です。カギをどうぞ。」


猫耳ウェイトレスは店内に響くような音量で、鳴上に言葉をかけ、部屋の鍵を渡してきた。

まるで、店中に聞こえるように。鳴上は流れるように鍵を受け取った。


すると、その動きや発言を耳にした途端、動き出す者たちが若干名いた。

まさかとは思うが、帝国の人間なのだろうか?



「カマかけてみましたが、本当に店内にいたとは…。ふひひ…貸しですよ?

思ったよりも外堀が埋められてますねぇ…。一先ず2階に上がってお休みください。」



そのまさかだった。こんなにも身近に帝国の人間がいるとは…。

より一層気をつける必要がありそうだ。




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