7:愚者の正義 下
ドルチンが出て暫く経った。
依然として、ドルチンは部屋に戻ってきていない。
(単純に呼びに行くだけで、ここまで時間がかかるか…?)
女王陛下の心配を見たのか、カーチャーは真剣な眼差しでドアのほうを見る。
カーチャーの横顔は覚悟に満ちており、何かを察したような雰囲気だった。
「女王様…できる限り逃げてくだせぇ…。この雰囲気…"勇者"が着た。」
「な、なんだい…"勇者"が来たなら迎え入れるまでよ。どうして逃げる必要があるんだい?」
女王陛下には、カーチャーが真剣な顔で逃げる選択肢を与えてきたのか…
理由が一切頭の中に浮かばなかった。
この状況で打破できそうなのは、"勇者"しかいないと。
"勇者"の影響力に希望を持っていたからこそ、精神をまともに保つことができたというのに。
「駄目だ、直ぐに行動しないと間に合わない…。子供を連れて逃げろ!」
カーチャーは王女を抱え、女王陛下に渡すと、雨が降る外に追い出そうとする。
「無礼者!カーチャー!なっ…何をする…!!!」
「頼むぜ、女王様…。勇者の気配が現れたと同時に、ドルチンの気配が消えたんだ…。今回の首謀者は間違いなく勇者だ…!
協力者がいるみてぇだが…関係ねぇ!女王様は国のトップ、そして王女は未来に必要だ。俺様がここで足止めする…!」
カーチャーの言葉は非常に重く、いつものおどけた感じが一切ない真剣な眼差しだった。
女王陛下ですら見たことない表情に、男の決意と覚悟を見た。
「わかった…死ぬなよ、カーチャー…。」
我が子を持ち、外に追いやられた女王陛下は、無慈悲に降り続ける雨をかき分け、城下町へとひた走った。
その瞬間、カーチャーの後ろでドアがけ破られる音が鳴る。
カーチャーが恐る恐る後ろを振り返ると、"勇者"が…比嘉里美がいた。
しかも2人。血を浴びた姿で。
「探したぞ、カーチャー。数日ぶりだが、息災だったか?」
"水色の槍"を持った勇者が、カーチャーに向かって槍を構える。
その表情に笑顔はなく、無表情でこちらに対して殺意を向けている。
「何が息災だったか?だ!いつも会う度に難しい言葉を言いやがって…。」
「そうだよ、元美。この世界の人は息災なんて言葉はないんだから、元気?でいいんじゃないかな。」
"深紅の槍"を持った勇者は、槍を持ち、構えすらしていない。
しかし、彼女もまた明確な殺意をカーチャーに向けている。
「けっ…"勇者"が増えるなんて聞いたことないぜ。なんだっておんなじ顔が2人もいるんだ?」
カーチャーが巨大な剣を構えつつ、2人の勇者に対峙する。
比嘉里美はため息をつくと、カーチャーの問いに返す。
「カーチャーさん、私たち時間がなくてですね…無駄口はほどほどにしてほしい、です。
うん、女王陛下と王女も殺さないといけないから、あんまり時間使っていられないんです。ごめんなさい。」
カーチャーが把握していた"勇者"は、比嘉里美であったが、認識がずれにずれていた。
"水色の槍"を持ったほうを元美という女が"勇者"だと捉えていたカーチャーの頭は、混迷を極める。
「その通り、姉上の言うとおりだ。申し訳ないな、カーチャー。我々には時間がない。
現状魔力の使えないお前に勝ち目はない。降伏して命を差し出してくれ。なに、大丈夫だ、"世界"が修復されたら生き返れる。」
何をいっているんだ…?降伏しろだ?"世界"が修復されたら生き返れるだ…?
"勇者"が2人いることにも驚きだが、それよりも戦わずしてあきらめろとは滑稽だ。
それに死んだらその時点で終わりだ。
「死んでも生き返れるだぁ?意味わからねぇぜ!!
魔力がなくなったぐらいでな、お前らごときに負けるほどヤワじゃねぇ!実際に俺様を倒してから言え!!!!」
巨大な剣を片手で振り回し、両手で構える。
あえて片手持ちから両手持ちに切り替えることは、カーチャーの中で戦いに全力を出すサインでもあった。
「うぅん…抵抗はやはりしてきますね…。仕方ないことか。
元美、カーチャーさんを殺すよ。多分さっきまでここに女王陛下もいただろうから、さっさと済ませよう。」
"勇者"らしからぬ発言を吐き、"深紅の槍"を持った比嘉里美は、槍の数を3本に増やし、右手に2本、左手に1本持つ。
「はい、姉上。…カーチャー、すまない。世界のために死んでくれ。」
"水色の槍"を持った"勇者"ですらも、らしい発言を一切しない。
カーチャーの前にいる二人は、もはや"勇者"ではなく、殺戮の限りを平然とやってのける賊のようだった。
「死んでくれ、と言われて簡単に従う馬鹿がどこにいる!!くるならこい…!相手になってやる!」
カーチャーは2人の勇者を警戒する。
不利な状況ではあるが、2人の動きを見れば足止めの時間にはなる…!
「はぁ…やっぱりコールダイル神様が言った通りになったなぁ…。そりゃ死ぬんだもん、抵抗あるよね。
でもごめん、"世界"を修復すれば問題な…」
「さっきから、なんだてめぇら!"世界"を修復ってよ!おかしいだろお前らの考え方はよ!」
カーチャーは、彼女たちの目的が直感で変だと考えた。
コールダイル神は、この国が信仰している女神様と呼ばれているからこそである。
慈愛に満ち、命を大切にする女神様が、”いった通りになった”と言ったと考えると…。
「お前ら、コールダイル神から変な事吹き込まれていねぇか…!?俺らの命を狙う理由はなんだ!」
「めんどくさい。」
カーチャーが反旗の理由を詰めようとしたとき、冷たい視線と、なにかがカーチャーの右頬を掠った。
顔を横に向けて、視線だけ後ろを見ると、壁に"深紅の槍"が1本刺さっている。
(な、何も見えなかった…。これが勇者の力だってのか…?)
全身から汗が噴き出し、額から流れた汗が掠った右頬につたり、ピリッと痛む。
明らかに戦力差が開きすぎている…。
「変なことは吹き込まれていないですし、カーチャーさんが気にすることはないんです。
ごめんなさい、時間がないんで死んでください。」
間髪入れずに2本目の"深紅の槍"が飛んでくる、
カーチャーは槍の軌道が見えていなかったが、何とか武器で弾く。
弾かれた槍は液体になって、カーペットに赤い水たまりを作った。
「なるほど…。感覚だけで槍を弾くか…。やっぱり、カーチャーは魔力なしでも純粋な強さがあるな。」
"水色の槍"を持った勇者は、すごい速さで突っ込んできた。
見事なまでの槍捌きに、カーチャーは防戦一方。
右、左、中央…槍で薙ぎ払おうとしたり、突いたりと多彩な攻撃が止まらない。
「へっ、褒められてもうれしくないな。こんな細腕で自分と同じぐらいの槍をふるってる女に言われてもうれしくねぇ!」
「ははは!やはり強者との戦いは、こうでなくては…!!」
"水色の槍"を持った"勇者"は、目の輝きをカーチャーに見せつつも、的確に急所を狙って突き攻撃を繰り返す。当たれば死ぬ…。
それなのに、攻撃を躱すための要素…音が聞こえなくなってきている。
事実、槍をふるう音がどんどん聞こえなくなってきた。
「くそ、耳がおかしい…。槍の音が聞こえねぇ…。」
(これが"勇者"が持つ力…。彼女と隣接して戦っているだけで、音がこうも聞こえなくなっていくのか…!
噂には聞いていたが、とんでもねぇ力だ…。)
「ははは!ドルチンといい、私の力を忘れすぎだろう!」
"水色の槍"をもった勇者は、表情を柔らかくしつつも、攻撃の手を一切緩めない。
体力も無人層にあるようで、休む暇すら与えてくれない。
「うーん…元美…楽しくなってるのはいいんだけど、ちょっとだけだよ?早く殺さないと、次が面倒なことになるからね。
…それにしてもドンテスさんはどこに行ったのだろう…?コールダイル神様が殺す対象に入れなかったのって…すでに死んでるから…かな?」
"深紅の槍"を持った勇者が、何か言って息を吐いている様子が目に入る。
しかしカーチャーには、目の前の嬉々として迫る女に苦戦していて、何も聞こえずにいた。
(がはははは…。笑えねぇが笑えちまう。女王様が逃げられる時間…少しは稼げたか…?)
カーチャーの表情には疲弊の色が見える。
攻撃を間髪入れずに行っている目の前の勇者は、呆気にとられつつも攻撃の手を緩めない。
突き攻撃が段々と早くなっていく。
(まずい…このままでは…)
カーチャーの様子を察してか、目の前の勇者…元美がため息をつく。
もう終わりなのか?…と言わんばかりに。
玩具に飽きた子供のように嬉しそうだった表情が、真顔へと変化していく。。
「この程度とは…。
カーチャー…非常に、ひじょーに残念だ。
魔力が無いお前でも、ある程度は戦えるとは思ったのだが…。期待した私が馬鹿だったよ。」
音もなく穿った水色の槍は、疲弊したカーチャーの腹部から背中にかけて貫通した。
「はい、もう駄目だよ?遊びは終わりだからね、元美。」
続けて、地面にあった赤い水たまりから"深紅の槍"が飛び出し、ダメ押しと言わんばかりにカーチャーの体を貫く。
「うごぉ…ぐっ…」
彼の体には上下左右に槍が貫かれた。
「ふーっ…ふーっ…。」
痛みによって薄れゆく意識の中、カーチャーは酒を飲む男が頭をよぎった。
肩を叩くと、その男は振り返った。
(兄弟…酒を飲むのは、また今度な。なぁに直ぐさ。そのうち飲める。へっへっへ…ま、これから先の未来では無いかもしれねぇけどな)
心の中で誰かに呟いた男の目からは、生命という"光"諸共、消え去った。
・・・・
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「はっはっ…。カーチャーの奴…無理しおって…。」
雨にずぶ濡れになりながらも、走る足を緩めない女王陛下は、城下町の成れの果てをみつつひた走る。
本当に人が一人としていない…。報告通りの静けさだった。
「ビええええええ!!!!」
城下町に鳴り響く、モノペディ王女の声。
鳴り止むことはなく、絶えず雨粒とともに響き渡る。
分厚い布で覆っているとはいえ、顔は雨のせいで濡れている。
だが、命あっての物種。泣き声は女王陛下に聞こえていなかった。
「なんだってこんなことに…。カーチャーのあの目は、覚悟の目だった。
くそっ!仲間が犠牲にして何が女王陛下だ…!」
人には限界がある。
雨に打たれ、我が子を抱えている都合上、歩みは遅く。
先ほど出た場所から城までの距離は、然程離れていない。
「くっ…ごめんね…モノペディ…。」
そして立ち止まった瞬間。今になって気づく。
我が子が泣き叫んでいる姿を。その耳に、その心に…やっと届く。
あやそうとしても、うまくいかず、女王陛下の焦りが徐々に高まっていく。
ドサッ…。
疲労と、我が子への申し訳なさ…様々な出来事が感情を滅茶苦茶になった女王陛下の後ろで
何かが落ちた音が鳴った。雨音にも負けない鈍い音。
(何かが落ちた…?)
最悪な結末を想像しつつも、女王陛下は恐る恐る振り返る…。
「ひっ…!!!!」
先ほどまで話していた。
本当に先ほどまで…直前まで話した…。
「か、カーチャー…。」
白目をむき全身…いや上半身だけを残して絶命したカーチャーだった。
女王陛下は絶望の文字を抑えきれず、膝から崩れ落ちる。
「我が王国は…我が子は…我が国民は…。このことは…後世に残さねばならぬ…。
たとえ我が王国が滅びたとしても、これから先、この惨劇を忘れないためにも…。」
女王陛下は周囲を見渡し、近くにあった雑貨屋に入る。
何かを察し、売り物の紙とペンを分捕り、走り書きを始めた。
『この書状を読んだものに告げる。これから先、ここに来たものに告げる。
絶対に"壁"に近づくな。勇者…比嘉里美は敵だ…。頼む、逃げてくれ。勇者にあったとしても遠くに。
これを読んでいる頃には、フレア・イントマスという国がなくなっているかもしれない。
悔しいが、国を救えなかった私が言えることではない…。この子を…この子をどうか…。幸せにしてほしい。』
書き留めた紙を畳んで、赤子のおくるみの間に挟むと、雑貨屋の…カウンターの…見えない位置に隠す。
「さようなら…愛しき我が子よ…。」
女王陛下は雑貨屋にあった雑多な布で、売り物のぬいぐるみを纏い、再度外に出る。
下唇を噛み、目から流れる涙を抑えきれない様子を一切隠さず、外に出る。
外の雨は何故か赤く、血のような水が体にまとわりつく。
「…こんな雨、普段であれば降らないだろう。これは勇者の仕業とみて間違いない…。」
体の大半を濡らした赤い雨を見て、改めて先ほど察したことが、現実となった瞬間だった。
もう…この先、我が子を見ることなんてできないだろう。ただし、あの子だけでも生きてほしい。
「ははははは!我が名は、フレア・イントマス女王!フレア・モンパディ!この国を最期まで思いぬき、守り抜いた女だ!!!!」
力強い叫びとともに、城とは別の方向へと駆け出す。
赤い雨は重みを伴って降ってくる。
次の瞬間、女王の体から無数の"深紅の槍"が飛び去り、肉片の一つも残さず砕け散った。
・・・・
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「ほうほう…姉上、なかなか惨いことをする。これはどういった魔法で?」
「あぁ、赤い雨のこと?これは私が持っている槍の性能なんだ。液体に擬態することができるの。
外気魔力で操作して雨と合わせることで、触れただけで疑似時限爆弾になるって感じかな?」
「なんと恐ろしい…。王女ともども仕留められたのも、この雨を利用した爆弾によるもの…ということですね…!
ん?まてよ…?えっと、姉上…。我々もこの赤い雨に当たっているのですが…大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、私が爆弾のスイッチを押さなければ爆発することなんてないし…。
いやね、何かあった時のために私たちも当たっておこうかなって。何も言わずに実行してごめんね」
「ま、まぁ…それならよいのですが…。そういえばコールダイル神様と先ほどから通話を試みているようですが…どうです?つながりました?」
「それがね…つながらないどころか、ほら…指輪の色も変わらない…。」
「ど、どうしましょう、姉上…?コールダイル神様の言うことは絶対のはず…女王含め王女も仕留めた今…生きているのは我々だけですよ?
ん?となると…そうか…。私、わかりました。」
「あぁ~なるほど…私もわかっちゃったかな。生きてるの私たちだけだしね…。元美、覚悟はいい?」
「はい、姉上。私も同意見です。」
「ふふふ、私はいい妹を持ったなぁ…。」
「そうだ姉上!世界が修復された後に、あそこに行きましょう!おいしいスイーツ屋さんがあるんです!」
「え?スイーツ???初耳なんだけど!?」
「最近できたばかりで…!」
「じゃあ、すべて直ったら行こっか。久々に元美とスイーツ巡り…楽しみだなぁ…。
うん、元美、手を握って。」
「はい、姉上。」




