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7:愚者の正義 上

静寂に静まった城内は、突如振り出した大雨の影響で、音が反響し、不気味さを醸し出す。

ドルチンは、異常とも言える状況に、なんとか対応しようと画策するがうまくいかず。

非情にも時間は1歩、また1歩とすすむ。




しばらく静寂を保った後、廊下をバタバタと走る音が部屋から聞こえてきた。



「何が危険かは判断もできませんが…。もしかしたら槍の者かもしれませんね…。陛下、ベッドから出ないでください…。」



「ふっ、産後の女を舐めるんじゃない。これでも反射魔法を継承して国のトップやってるんだ。

どんな攻撃でも弾いてやるさ。何が来るかわかったもんじゃない、出し惜しみしてる場合じゃないからね。私も魔法を打つ準備はできている。」



「…!心強いです。」



女王陛下のアシストが見込めると、陛下の姿を見なくても急な戦闘に備えて構えてくれているのがわかる。

ドルチンはそのまま額に汗を浮かべつつ、腰に携えた短剣を構えた。ゆっくりと女王陛下の部屋のドア前に立つ。



扉は勢いよく開き、開いた衝撃で風圧が襲う。

ドルチンは直ぐに立て直し、開けた者の姿を見る。そこには、汗だくになった男の姿が目に入った。



「女王様!大変だァ!人が、魔力が…。お?ドルチンさん、無事だったか!女王様もよくぞご無事で!」



姿を現したのは討伐隊のメンバーの一人であるカーチャーだった。




「なんだ、カーチャーか…。頼むからもう少しゆっくり入ってきてくれ…。心臓に悪い…。」




「うぅえ、えっっ」



ドルチンはため息をついた。

と、同時に急な音とドアで送られた風により、王女は今にも泣きそうだった。

改めてドルチンは、蔑んだ眼でカーチャーを見返す。



「カーチャー…わが子が泣き出しそうじゃないか。もう少し配慮ある部屋の入室の仕方を勉強しな。

…よしよし、いい子だ。怖いね…ごめんね…。」



女王がすぐさまベッドから起き上がり、王女へ駆け寄った。抱きかかえると、直ぐにあやす。

続けて、何かできることはないかと、ドルチンも駆け寄る。




「カーチャー、まずは無事で何よりだ。この状況、1人でも姿が見えただけで安心ができる。

して、人がいなくなっているのは理解している。…が、魔力といったな?…魔力がどうした?何かあったか?」




女王陛下は我が子をあやしつつ、部屋に入ってきたカーチャーに質問した。

反対にドルチンは安堵して表情の強張りが緩み、額の汗を拭う。そのまま、廊下の様子を確認しつつ、扉を閉める。




「そいつがよ…」



カーチャーはこれまでの経緯を、一切端折ることなく説明した。

ドンテスの兄弟が行方不明だということ。

身体魔力と外気魔力が"存在しない状態"にあることまで全て。

ドルチンは、カーチャーの話を聞いて自身の考え…つまり、槍を持った勇者に疑惑の目を向けるのが正しいのか…疑問に思えてきた。



("勇者"が反旗を起こしたとして…、得することなんてあるだろうか…?そもそも"勇者"が敵だと断言するには…。

いやしかし、槍が一致している以上、どうしても名前が挙がってしまう…。比嘉里美は、今どこにいるんだ?)



ドルチンは懐に忍ばせているメモ帳に現在の状況を記すと、メモ帳を女王陛下に渡す。

女王陛下は寝かしつけた我が子をベッドに戻すと、ドルチンのメモ帳を神妙な面持ちで受け取る。



紙には以下の内容が走り書きされていた。


・国境付近は、壁に囲まれ国外の逃亡は不可能。

・槍を持った何者かが容疑者として挙がるが、"勇者"かどうかは不明

・国民はごく限られた人間のみ確認済み

・ドンテス、アンザ、レイヴァン、比嘉里美の消息は不明




「改めて紙で書かれると、今この状況がいかに危険かってことがわかるね…。

反射が使えないなら私はただの女だ。この子を守るすべすらない。」



部屋は無慈悲にも静寂を保っていた。

保っていたからこそ、女王陛下の発言が響き、3人に絶望の文字が脳を掠める。

絶望が木霊した結果か、部屋の温度が1℃下がったように感じ、体が冷える。



「もはや国として機能しているか?と問われたら、間違いなく停止しているだろうね。

この状況を作り上げた奴は、相当な切れモノだ。

…そういえば、侍女の二人は大丈夫かね…。恐らく今日は部屋の前で待機してくれているはずなんだが…カーチャーは見なかったか?」



カーチャーはそれを聞くと、無言で首を横に振った。



「うぅむ…心配だね。悪いがドルチン、面識があるのはこの三人で私とお前だけだ。すまないが侍女を呼んできてもらえないか?

あの二人もこの部屋で待機してもらいたい。ドアの前にいなかったとなると…各々が休める待機部屋にいるようだね。

部屋を出て、左隣りに進んだ2部屋目にいるはずだ。」



女王陛下は、おつきの侍女2人の安否を探るため、ドルチンを指名した。

ドルチンは内心恐怖でどうにかなってしまいそうではあったので、思わず息を吞む。



「なに、部屋は近いから廊下に出て声をかければ、2人ともすぐ気づいてこちらに来てくれるだろう。

声かけにも応答がなかった場合は…部屋のドアを叩いて読んでみてくれるかい?」



女王陛下の命令には抗えない…ドルチンは恐怖に負けそうになりながらも自身を鼓舞し、


「はっ、承知いたしました。い、行ってまいります。」



顔が引きつりながら、おぼつかない足取りで部屋を出た。



「大丈夫かあいつ…。この手の怖いやつは大丈夫って言ってたのに、完全にビビっちまってるじゃねぇか。」



カーチャーは、どこで手に入れたかわからない情報を口からこぼす。



「なんだい、ドルチンめ、そんな意地を張ってたのかい?

まぁでも、少々見栄っ張りだが、頭の回転の速度や腕っぷしはこの国でも随一だ。少しぐらい目を瞑ってやりな。」




「女王様がいうなら、そういうことにしておくかな!がっは…おっとあぶねぇ。王女様が起きちまうところだった。」



笑いかけるカーチャーが、勢いよく両手で口を塞ぐ。女王陛下はその姿に思わず笑みが零れた。




・・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


部屋を出て数秒。この数秒がやけに長い時のように感じる。

恐怖故の寒気が、体に容赦なく襲ってくる。



「おーい、アンジェ、ポロニー!二人とも女王陛下がお呼びだ。」





…ドルチンの呼びかけに返事はない。

夜になってから、更に時間が過ぎている。

二人とも就寝しているかもしれない。



(確か部屋を左に出て2つ隣の部屋だったな…。眠っていたら申し訳ないが、女王陛下の命でもあるし…寝ていたら謝ろう。)



廊下の壁を手で触れながら、1歩ずつ着実に前に進んでいく。

いつもの城内であれば、兵士たちの足音や従者たちの作業音などが聞こえるはずの廊下だが、その音は一切聞こえない。

普段を知っているからこそ、更にこの状況が異常事態だと思わせる。



(何をどうしたらこんなことになるんだ…。何か悪いことでもしたのでしょうか…。)



自分の過去の行いを思い出しつつも、侍女2人が待機しているであろう、部屋の前に着く。

念には念をと、ドルチンは自前の短剣を引き抜き構えつつ、ドアを叩いた。



「アンジェ、ポロニー…?女王陛下がお呼びだ…。」



…無情にもドアの音のみが返ってきた。寝ているからこその静寂…と思いたい。

女性二人が待機する部屋にお邪魔するのは少々忍びないが、状況が状況だ…。



「ええい、二人とも申し訳ない。失礼する…!



こ、これは…。」



部屋の扉を開けると、中は暗く、唯一見える扉側の床に侍女2人…アンジェとポロニーが着ていたであろう服が乱雑に置かれていた。

綺麗好きなアンジェがこんなに雑な置き方をするだろうか…?


(最悪な状況を予測はしていたが…まさか現実になるとは…。ん?)



部屋の奥から何やら視線を感じる。

いや、この視線は…!



(…っ!!!)



高速で頭をめがけて飛んできた"水色の槍"を避ける。

殺意のこもった視線…だがこの視線には見覚えがある。間違いない。



「ははは…まさか、正気ですか?」



「これを避けるか。ドルチンはやはり強いな。」



音もなく飛んできて、音もなく壁に刺さった水色の槍は、刺さった壁から消えて、勇者の手の中に戻る。

すると、部屋の暗闇からゆっくりと声の主が現れた。



「久しいな、ドルチン。息災だったか?」



「相変わらず、意味が分からない言葉で話しかけてきますね…。でも、なんとなく意味は分かりますよ。

この状況で、あなたに応えることは出来ないですがね。」



全身血まみれの"勇者"、比嘉里美が姿を現した。



「ほう、そうか。つまらないやつだな。

おっと、そうだ。察しの良いドルチンならこの状況、わかると思うが…。私はドルチンを殺さないといけないんだ。再会して早々、すまない…。ドルチンには死んでもらう。」



"勇者"は無表情のまま、"水色の槍"を構える。

ドルチンが懸念していた事項が、まさに正となった瞬間だった。



「死んでもらう…?どういうことです!?」


目の前の"勇者"は呆れた表情でドルチンを見つめる。

ドルチンはその視線に怖気づきそうになるところを、グッと堪える。


「…"姉上"がそう決めたからだよ。実際は神様がお決めになったことだ。まぁ…これから死ぬドルチンに話すのはこんなもんでいいだろう。死人に口なし。」


音もなく忍び寄る槍の刺突は、人間の技とは思えない速度で襲ってきた。

ドルチンは自前の短剣で何とか躱し続ける。

刃と槍のぶつかる音は不思議と聞こえてこない。静寂の中で動きだけ戦っているような状態にある。


「"姉上"とはいったいなんだ…?あなたは"勇者"で比嘉里美という名前なんじゃ…。」



(どうにかカーチャーに連絡を…。一人では捌ききれない…!)



「私は同じ姓だが、"姉上"ではない。最も、身長から姿かたちまで一緒ではあるがな。」



何を言っているんだ…?と困惑する暇もなく、ドルチンは周囲の環境を急ぎ確認する。

…!燭台がある。こいつを短剣で叩ければ…!


ドルチンは槍の猛攻に耐えつつ、目を動かし、音が鳴りそうな燭台に意識を逸らす。



「む、どうせ元に戻るから、今しゃべりすぎるのは良くないか。

それに…私という相手に対して余所見とは、ずいぶんな余裕だな。なら、これはどうだ?」



彼女が持つ水色の槍が1本増えて、2本になった。

右手と左手で交互に持ち替えて、素早い刺突を巧みに繰り返す。

…流石にこれは躱し続けるのは不可能だ。



ドルチンはとっさの判断で、女王陛下の部屋から遠ざかる。

この者を女王陛下の部屋に連れて行ってはいけない。少しでも時間を稼ぐ必用がある。



「逃げろ、カーチャー!陛下!勇者が攻めてきました!!!」



ドルチンは勇者の猛攻の隙をついて、可能な限りの大声を上げる。

これでなんとか伝わってくれ…と願いながら。



「なにをしている?ドルチンほどの男が、私の能力を忘れたのか?

私の能力は”絶対静穏”だぞ。自然の音から、生き物が発する音まで…音という概念を私は処断できる。

貴様の声など無音に等しい。

…おっと、ドルチン。どうやら楽しい時間はこれで終わりのようだ。"世界"が戻ったら戦おう。」



目の前の"勇者"…彼女が持つ"水色の槍"を持ち直し、戦闘態勢を解いた。

…なんだ?


"世界"が戻ったら…?何を言っている…?



「何を言っているかわかりませんね…。"世界が戻ったら"とはどういう…」



次の瞬間、ドルチンは自身の胸に熱い何かを感じた。

…徐々に何が起きたかを脳が痛みと共に理解し始める。



「ゴホォ…グフぁっ…こ…こ…れは…赤い…槍?」



背中から胸にかけて赤い槍が貫通している…。

槍から伝わる熱と共にに痛みが全神経を刺激する。

自身の血液に負けないぐらいの深紅の槍は、間違いなく自身を貫いている。


「"姉上"…。南の遠征からよくぞ無事で…。おかえりなさい。」



「うん、ただいま。ありがとうね。北にいたのに直ぐに動いてくれて。

それにドルチンさんは戦闘面において非常に厄介だったから、注意をひいてくれてありがとう。

あ、でも今は魔法使えないんだよね…。そこまで脅威ではなかったかのかも。」




槍は直ぐにドルチンから引き抜かれ、吐血とともに膝から倒れる。

今やっと、胸に大穴が開いたのを完全に理解した。

出血量は、未だかつてない。なにより息が…できない…。




「ゴフォ…ごふ……ゆ、勇者が…ふ、二人…?」



あり得ない…。勇者は2人いた…?でも間違いない…。

目の前に比嘉里美が2人いる…・



「ほう、ドルチン。まだ生きているとは…とんでもない生命力だ。」



「うん…すごいね。直ぐに死ぬと思ったけど…流石です。」




薄れていく視界の中、2人の勇者は、横たわるドルチンを上から見下ろす。



「これも"世界"を修復するため。ドルチンさんには申し訳ないですが…また会いましょう。」



「ま…ま…て…」



声もむなしく。赤い槍を持った勇者は、躊躇いなく倒れたドルチンの頭を踏み潰す。

彼女の足回りには、ドルチンの頭部だったものが散開した。



「人間を踏みつけるのは、どうも気が引けるなぁ…。しかも知っている人だとなおさら…。」


"深紅の槍"を持った比嘉里美は、"水色の槍"を持った"勇者"に対して、疲弊した表情で話す。

まるで、人間以外は踏み潰したかのような言い様に、"水色の槍"を持つ勇者は身震いする。



「姉上…仕方ないです。コールダイル神様から連絡があった通り、バグをすべて消去すれば元に戻してくれます。

…今回はそのための犠牲です…。この調子でいきましょう。」



「うん、ありがとう、元美。あとは女王陛下とカーチャー、王女…だね。早く片付けよう。」



かつての仲間の最期を見届けると、2人の勇者は尚も歩みを進める。

この世界を"修復"させるために。己ができることを2人は尚も続ける。



「"姉上"、アンザさんはどうしたんです?」



「アンザさんは、国に戻る最中に気配を感じてね。殺しておいたよ。走ってたから、そのまますりつぶしておいた。」



「はぁ…"姉上"にはつらい決断をさせてしまいましたね…。」



「ううん、コールダイル神様がバグだというのであれば、やるしかないよ。

それにアンザさんは私の姿を見えていなかったと思う。理解が及ぶ前に消し飛ばしたから。」



残酷な会話を挟みつつ。歩みは女王陛下の部屋に続く。

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