6:蟲毒 中
おかしい。
…非常におかしい。
「おかしい…。昼間に武器を買いに行ったドンテスの兄弟が戻ってこねぇ。」
討伐隊会議後、数日間城下町で人気の宿に滞在するカーチャーは、自前の巨大な剣のメンテナンスを行っていた。
「それに…やけに静かだ。1階は確か酒飲みできる…飯屋だろ?なんだってこんな静かなんだ?」
メンテナンスに夢中になっていたカーチャーの目には、いつも通りに映る漆黒の風景。
すっかり日は暮れており、ここ数日過ごしていて目にする建物や道などが見える。
(さっきから外をみているが、人っ子一人通りやしねぇ…。音もなければ人の気配もねぇ…。)
「おっかねぇ、おっかねぇなぁ…。でもドンテスの兄弟が戻らないのは見過ごせねぇ。」
カーチャーは、念のため武器を持参すると、部屋のドアを静かに開けて、廊下の様子を見る。
(光は灯ってるが、人の気配がまるでねぇ…。何かあったのか?)
生唾を一回飲みつつ、冷や汗をかきながら廊下を出て階段を降りる。
1階は食事と酒を提供するスペースになっており、名物といっていいほどの美味さを誇る酒と豪快に焼いた肉を食べれる。
昨日も利用したので、その活気具合は理解している。今日の朝だって利用した。
(やっぱり変だ。光は灯っているのに、店の人がいねぇ…。宿泊客や飯屋の利用客の姿すらだ。)
1階にある店の中はもぬけの殻だった。不自然に食事の跡が残っているわけでもなく、火をくべて焼くための肉を準備している様子すらない。
店として、光だけが灯っている状態だ。
「こいつぁ…ただ事ではない。あんまり考えたくはねぇが、俺様だけ人がいない場所に移動させられた感じだ…。
しゃあねぇ、ドンテスの兄弟を探しに行くか。」
武器を持つ右手に汗が滲む。
いくら馬鹿だと自分で把握しているカーチャーでも、人がいないこの状況を呑気に笑って過ごすことはできない。
ドンテスを探すため、急いで外に出る。
外は昨日と何も変わらない夜の城下町。道も建物も特に変わった様子はない。
ただ違うのは、どこにも人の気配がしない…。
「ふんふん…。人のにおいがしねぇな…強いて言うなら城に数名って感じか。この広い国で一体何がおきやがった?」
左手で頭をボリボリと掻きながら、周囲を再度確認する。
夢でも見ているのかと思うぐらい、いつも通り過ぎてカーチャーは更に困惑する。
「そうだ、"連絡の石"…!こいつを使えば…!」
慌てた手つきで懐にある"連絡の石"で、ドンテスを呼ぶ。
ーーーーーーー返事がない。そもそも"連絡の石"の効力が完全に切れている…。
「魔力切れか?この俺様が…?いやちげぇ、こいつぁ…。」
魔力とは、体内で生成される身体魔力と、外気中に無尽蔵にある外気魔力の2種類が存在する。
身体魔力と外気魔力の2種類のうち、どちらかの魔力を操れさえすれば、魔法を使用することが可能である。
人それぞれに適正の魔法が存在するため、個々の鍛錬が必須ではあるが、"連絡の石"は適性を必要としない。
つまり、魔法を使えないという人間でさえも、魔力を操れれば使用することができる。
(少なくとも、魔力に反応して"連絡の石"は光るはずだ…。光らねぇとなると…)
身体魔力と外気魔力が周囲に存在しないことになる。
事実はカーチャーの体に悪寒という形で襲い掛かってくる。
「おいおい、人がいねぇだけじゃなくて、魔力まで無くなっちまってるのか?
マジもんの異常事態じゃあねぇか。どうなってやがる。」
いま期待できるのは、鍛え上げた己の肉体と武器による戦闘のみ。
魔力での身体強化ができない今、無茶すれば命を落としかねない。
「どっかで、やられちまったんじゃねぇだろうな。兄弟…。」
魔力が無いことに気づいてない状態で、いつも通りの戦闘をしていたら…と考えると、カーチャーの心に焦りが生まれた。
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「ドンテスの兄弟!相変わらずのタフさだな!」
「おうともよ兄弟!俺様の防御力は世界一よ!身体強化の魔法と身体硬化の魔法を組み合わせてるからな!雑魚の攻撃などはじいてやるぜ!」
「頼もしいなぁ!よっしゃ、俺様も負けてられねぇ!」
・・・・・
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ドンテスはいわば壁役。戦闘で連携をとる際の囮役を担っている。
以前、身体を強化する2種類の魔法を組み合わせ技術は見事ではあったが…魔力が無ければ自慢の防御力も無に近い。
(無事でいてくれよ…兄弟…!)
心なしかカーチャーの足の速さがいつもよりも早くなる。
まずは人の気配がある城に行くのが吉と考えたカーチャーは、巨大な刀を背負いなおし、額の汗を拭う。
少なくとも国のどこかにドンテスはいるはず…情報が少ないながらも、山の頭目は国を駆け出した。
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「く…くそ…まさかこんなことに…。早く女王陛下に伝えなければ…。」
時を同じくして、"壁"の駐屯地にいたアンザは、半目になりつつ目の前の現実を受け入れていた。
駐屯地はすでに壊滅状態であり、ほとんどの近衛兵が倒れている。
今は、死角となっている救護テントの中に身を潜めている。
「すみません…お役に立てず…。」
「いいんだ。倒れていった仲間たちのためにも、俺たちが生き延びて、女王陛下に報告をするんだ。」
腹部を雑多な布で巻かれたレイヴァンは、コクリと頷くと続けて口を開く。
レイヴァンが受けたダメージは重症ではないが、結構な痛手を負っており、辛うじて歩ける程度。
「現状、この場から抜け出すのは至難の業…かと。私を置いて行ってもらえれば…1」
「何を馬鹿な事を言っている!お前の代わりなどいないんだぞ!?弱気になるな!」
「…すみません。」
確かにレイヴァンをここに残せば、無事にこのピンチから抜け出すことができるかもしれない。
(当たり前だが、そんな無責任なことはしない。レイヴァンほどの男を失うとわかっていて、見捨てるほどできた男ではない。)
アンザはこの状況を打破する方法を常に考え続けた。
全身の汗が危険信号を寒さという形で伝えてくる。救護テントの外はどうなっているか?を想像するだけで、寒さは増していく。
「"連絡の石"が使えない今、この足で伝えるほかない…。しかしどうしたものか…。」
外で徘徊している"奴"は、手当たり次第に攻撃をしてくる。
ただ、視界に入らなければ攻撃されないとわかったので、身を潜めているが…。
「わ、私が囮になりますよ…。国の一大事、アンザ様だけでも女王陛下のもとへ…!」
「し、しかし…!おいていくなんてできない!!それに囮だなんて…!」
アンザは、険しい顔をしつつレイヴァンを見る。
その表情は本気そのもので、絶対に仲間を捨てない鋼の意志を感じる。
「この状況、他に方法が…ございますか…?私なら大丈夫です。
アンザ様がここから離れる時間ぐらい稼げますよ…!」
レイヴァンは、友人としても認めざるを得ない仲間意識に心から尊敬をする。
だが、今は事態が事態…。優先すべきものがある。
「こっちだ!」
「レイヴァン!!まて!」
いつもより機動力を失った体に鞭を打ち、救護テントから勢いよくレイヴァンは飛び出した。
"奴"はすぐ傍におり、ゆっくりと視線をレイヴァンに向ける。
「頼みましたよ、アンザ。あなただけがこの国を救うカギになるのです。」
「く、くそっ!お前ふざけやがって…!」
レイヴァンは、後から救護テントを出たアンザの文句を受け取りつつ、真剣な眼差しで右肩を勢いよく叩いた。
「いいから行ってください。アンザにしか頼めないんです…。任せましたよ…!
さぁ、こっちだ!」
アンザは、レイヴァンの強い意志を受け取ったのか、下唇を噛み一目散に走りだした。
(これでいい…これでいいのです。国に忠誠を誓う者同士、例え友であっても優先すべきは国。)
「女王陛下、お許しください。私は先にお暇をいただきます。」
2人の覚悟が己の旅路を光らせるものを願いつつ。
二つの魂は、決意とともに別れていくのであった。
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