6:蟲毒 上
勇者を交えた討伐隊編成会議から数日後。
討伐隊を組む上で迅速に対応にあたったレイヴァン指揮の基、兵糧の確認や、戦力の数値化、
そして、戦闘時の役割分担など詳細な部分まで”国”は準備を行っていた。
アンザは、作戦決行日まで"壁"の調査に戻り、ドンテス、カーチャーは付近の宿で待機。
"勇者"は、魔物の出現を確認した巡回兵とともに、魔物討伐へと向かった。
("勇者"の称号はお飾りではないか。相変わらず豪傑なお嬢さんだ。)
現状、戦闘準備はほぼ完了しているため、直ぐにでも作戦決行に至ることも可能。
しかし、フレア・モンパディ女王陛下は判断を曇らせていた。
「なにか、引っかかるね…。」
天蓋付きベッドの中で、上半身だけ体を起こし、先ほどレイヴァンが持ってきた報告書を見る。
手元にある、無数の報告書。どの報告書にも、赤いヒュージの目撃証言、被害報告が入っていた。
一つ一つの些細な情報まで見逃さないように、眉間に皺が寄る。
「赤いヒュージの報告書は数だけあって信ぴょう性が無い…。"壁"についての報告が無いのも気になるな。」
"壁"出現時は、報告書が飛ぶように届いていたのに、今となっては赤いヒュージの話題で持ち切りだ。
…持ち切りなのはわかるが、"壁"の情報が突然無くなるなんてことがあるだろうか…?
最後の1枚になった報告書を見て、手に力が入る。事の重大さに気づけていないのでは…?そんな不安さえも頭をよぎる。
(定期的に届いていたアンザからの"壁"についての報告書が届いていない…。まさか、アンザの身に何かあったか…?)
たった一つ。アンザからの報告書が無いだけで、不気味な感覚が女王陛下を襲う。
最近の城下町の動きですら報告書でしか見えていない位置にいる関係上、何か起きていてもすぐに対応できない。
(ドルチンに最近の様子を伺う必要があるな。奴なら何か知っているだろう。)
「レイヴァン。急ぎ、城内にいる近衛兵を連れて、"壁"の駐屯地にいるアンザの安否を確認せよ。
それと、ドルチンをここに呼べ、話したいことがある。」
アンザはこの国で信頼できる人間の一人…。信頼できるからこそ、不安定要素の"壁"を調査の指揮を持たせている。
アンザの報告は昨日までは毎日届いていた。しかし、今日は何もない。
"勇者"がすぐそばにいれば、レイヴァンのお供につけたいが、時間が惜しい。
「はっ!承知いたしました。ただいま手配します。」
「頼むね。」
レイヴァンは、女王陛下の発言と同時に、直ぐに懐から"連絡の石"を取り出し、擦って連絡を取ろうとした。
しかし、誰も"連絡の石"に反応が無いようで、慌てた様子が女王陛下の目に映った。
「どうした?誰も出ないのか。」
「え、えぇ…おかしいですね…。昨日まででしたら反応が通っていたのですが、今はどの石にも効力が無いようです…。
"連絡の石"では呼び出すことができないので、ドルチン様については、直接行って呼んでまいります。」
「あぁ、わかった。すまないね。」
いえいえ、と礼をしたレイヴァンは、早急に部屋を後にした。
額には汗が滲んでいた。単なる偶然が重なっただけであれば問題ないが…。
「嫌な予感がするね。一体全体何が起きているんだい…?」
レイヴァンを見送った女王陛下は、ベッドに上半身を寝かせ、目を瞑ることなく天蓋を見る。
ベッドの横では穏やかに眠るわが子の姿もある。
一見、何も普段と変わらないように見えるが、念には念を入れなければならない。
女王は一人、静寂の部屋で孤立した。
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その後しばらく連絡はなく、気づけば日が沈み、夜特有の静けさが窓から見える景色を一瞬で変えた。
城下町に光る町並みが目に入る。
いつも通りに見える景色が、大きな窓のおかげでベッド越しでも見える…。何も変わらない故郷の風景。
「陛下、ドルチンが参りました。」
ドアを叩く音ともに、レイヴァンに頼んでおいたフレアのギルド長、ドルチンの声が部屋の外から聞こえた。
「きたか、入れ。待っておった。」
ドルチンは静かに扉を開けて入る。王女に気を遣って静かに入ってくれたようだ。
「ドルチン、呼び出ししてすまないな。」
「いえ、問題ないです。どうしました?」
ドルチンの髪は結ばれてなく、歩くたびに美しく靡いていた。
(相変わらず綺麗な髪だ。手入れが行き届いている。)
気持ちを入れるために咳ばらいをすると、女王は静かに口を開く。
「此度呼び出したのは、国の現状を把握しておきたいからだ。…早速だが、赤いヒュージの様子はどうだ?何か進展はあったか。」
「いえ、特に何も…。こちらとしても目撃した!という報告こそ来るのですが、どれも信用に欠ける内容でして…。」
城に届く報告書と同じような状態にある…ということか。
女王陛下は期待していた内容を聞けずに落胆する。
「た、ただ、何も進展がないわけではないです。これをご覧ください。」
女王陛下の落胆ぶりに、ドルチンは慌てた様子で駆け寄り、懐から現状をまとめた紙を取り出し広げる。
「"国境付近の壁"、"女王陛下の出産"、"青、赤いヒュージの出現"…これらには共通点があることがわかりました。」
共通点…。ここにきて少し進展したようだ。
「この…槍のマークはなんだ?」
ドルチンが共有した紙には、今回の問題になっている3つの情報が書いてあり、直ぐ近くには槍を模したマークが描いてある。
槍のマークが、矢印でそれぞれの問題を指している。
「槍のマークは、様々な情報網を基に、普段と違う部分をまとめた結果です。
それぞれの出来事が発生する前兆に、顔を仮面で隠し、頭を隠した服を着た何者かがその場にいたと。
薄い水色と青い装飾が付いた槍を携帯していたようで…。
偶然が重なりすぎているので、何か関係がある首謀者ではないかと我々ギルドは考えております。」
槍を持った何者か…。槍は、この国では扱っていない武器である。
この国は主に、人の半分ぐらいが隠れる盾と、刀身が長い剣が主流で、他は基本杖などを持った魔法使いのみ。
槍を持ったとなると、別の国の者か、別の国から来た冒険者と搾れる。
「ふむ、首謀者かどうかはわからんな…。だが、あまりにも偶然が重なりすぎている。」
女王陛下の発言とともに、ドルチンは髪を束ねる。
そして、冷や汗をかきながら周囲を確認し始めた。
「どうした?ドルチン。」
「陛下、確認をしたいのですが、レイヴァンはまだ戻っていないのでしょうか?」
「…なに?城内にいなかったか?」
ドルチンの結ばれた髪の毛が左右に揺れる。
レイヴァンが戻ってきていない…?ここから駐屯地までの往復であれば、すでに戻ってきていてもおかしくないが…。
あまりにも時間がかかりすぎている。
「えぇ…。それに城に入った後に見たのは、陛下のもとにいた侍女の2人のみでした…。
何か作戦の最中で人がいないのかと思っていたのですが…陛下の様子だと知らなかったみたいですね…。」
ドルチンの予想外の言葉に体が震えた。女王陛下たるもの、いかなる状況でも堂々としていなければならない。
しかし、この状況はなんだ?
城には常に20名ほどの使用人、30名の近衛兵が在中しているはず。アンザを中心とした"壁"の調査に5名。
レイヴァンのことだ、多くても2、3名だけ連れ出しているだろうと考えると、数十人はいるはず。
それが侍女2人を除いて誰もいない…。
「ドルチン。確認だが、ギルドから来た時に城下町には人がいたか?」
「いえ、時間も時間だったので、各々家にいるのかと…。ん?
いやちょっと待ってください…。」
深く考え込むドルチン。その姿は緊急事態だということを感じさせる焦りようだった。
「どうした、何か見たのか!?」
「いえ、違うんです。道中城下町で見たものではなく…別のことです…。
なんで気づかなかったのでしょうか…。我々、一つ見落としています…。
陛下、これからいうことを落ち着いて聞いてください…。」
言葉が言葉なので、思わず女王は息をのむ。
「あぁ、何かわかったのだな。申せ。」
「"勇者"の武器は水色の槍です…。」
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