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さらに月日が経ち、令息はなお夫人のことを知ろうと心がけた。
好きなものは何か。苦手なものは何か。まずは些細なことからと色々と尋ねてみたが、夫人は何一つ答えてくれなかった。令息は、自分は本当に嫌われているのだろうと心が折れそうになった。
見兼ねた使用人達が令息に報告をした。
夫人は何事にも関心がないようで、令息の質問に対する答えを持ち得ていないのだ、と。
そんなことが本当にあるのだろうかと令息は信じ難い気持ちだった。
そんな疑念が表情に表れていた令息に、必死に使用人達は言葉を続けた。
「奥様は心優しいお方です。我々は皆、そのことを身をもって知っているのです」
「あんなにもお優しい方ですのに、奥様にはまるで生きる希望がないように見えるのです」
「若様の世話だけが奥様の命をおつなぎくださっているのではないかと思われます」
「奥様にお幸せになっていただきたいと、皆心から願っております」
「それなのに、誰も奥様の笑顔を思い描くことができないのです」
令息は、使用人達が夫人に想像以上に絆されていることを思い知らされた。まるで恐ろしい光景でも見ているかのような心地になり、気色悪ささえ感じた。
生きる希望なら自分にだってないと叫びたかった。けれど、それは許されないような気がして、令息は口をつぐんだ。令息よりも夫人の方が使用人達に慕われている。そう思わざるを得なかったのだ。
夫人は加害者で、令息は被害者。夫人の加害によって令息は不自由な身体になった。それなのに、保養地に引っ越したばかりの頃に感じていた同情の念さえも、屋敷の中から消えてしまったように令息は感じた。
この屋敷に、自分の味方は誰一人いないのではないか。そんな不安に駆られた。
生家のストリクト侯爵家も、自分が招いた結果を受け入れろと手紙で言うばかりで、令息に会いに保養地を訪れる気配がない。。
令息は生まれて初めて、孤独という意味を知った気がした。
それから令息は少しでも自力で動けるようになるために、できる範囲の運動を始めた。
有事の際に、誰も自分を助けようとはしてくれないのではないか。そのような恐怖に襲われたからだ。
しかしながらその運動も、夫人の力を借りなければまともに行うことができなかった。令息は改めて自分を惨めに思った。
運動を試みる夫婦の姿を見て、使用人達は夫人を心配する自分達の想いが令息に届いたのだと喜んだ。