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「好きな食べ物は何?反対に食べられないものはある?味が嫌いと身体が受け付けないは別だから、そこはちゃんと区別して答えてよ」


「食べさせろって言ったのはあんたでしょ。私を嫌うのはいいけど、食べ物を粗末にするのはやめなさい」


「普段はどういう本を読むの?暇でしょ。持ってくるから。何冊かまとめて持ってくるけど、まぁ1冊ごと動いてほしいならそれでもいいけど」


「手紙を書くならできるわね。家族に近況報告でもしたら?私の愚痴も書きたいなら書けばいいし。便箋にこだわりがあれば手配するわ」


「嫌いな人間に介助されるのが苦痛なのは分かるけど、命令したのは他でもないあんたなんだからいい加減腹をくくりなさい。駄々をこねたところで苦痛な時間が長引くだけよ」


「インテリアに好みはある?多少の模様替えならできると思うけど。まぁ、大きな家具はすぐにどうこうはできないけど、花とか花瓶とか…絵なら変えられるかしら」


「寝間着ばっかりじゃ気持ちもだれるでしょ。日中は客人が来てもすぐに会える格好にするわよ。侯爵邸から持ってきた服があるでしょ。ああ、新しいのを作るのもありか」


「動けないからこそ脚のマッサージが必要だと医者が言ってたからやるわよ。私じゃなくて使用人にやってほしかったら言いなさい」


 侯爵令息夫人は嫌がる素振りを見せることなく、侯爵令息の世話を行った。分からないことは使用人に教わりながら、介護に近い世話も夫人が行った。

 貴族令嬢として生きてきた人間には耐えられないだろうことも、夫人はいつも感情の見えない表情のまま全てを丁寧にやり遂げた。

 最低1人の使用人を監視役として必ず侯爵令息夫妻の側につかせていた。これは令息ではなく夫人の命令だった。主に害を成した人間と2人きりにするなと指示したのだ。

 そのため3ヶ月も経てば、令息を甲斐甲斐しく世話する夫人の姿を屋敷の者全員が目の当たりにするようになる。

 夫人のその姿に令息はもちろん屋敷の者達全員が驚いた。貴族令嬢らしからぬ態度以上に、ナイフで刺して襲うまでに至った相手に、憎悪の瞳を向けて怒鳴り上げてくる相手に、穏やかな日常を与えようという言動をとれることが理解できなかったのである。


「何故、君はそこまで僕の世話をしてくれるんだ?」

「何故って、するって言ったでしょ」

「それは、そうだが……」


 令息が困惑しながら問いかけても、夫人は何でもないように答えるのみ。

 夫人に怒りや憎しみをぶつけ続ける日々を送るはずだった令息の日常は、徐々に戸惑いや混乱に色を塗り替えられた。

 令息は次第に疑問が浮かぶ度に夫人に尋ねるようになった。


「君はこの屋敷にドレスを持ってこなかったのか?」

「いくつか渡されたから持ってるけど」

「何故着ないんだ?」

「着てもあんたの世話をするには相応しくない格好でしょ。別に着たいわけでもないし」


 毎日使用人の手を借りて美しく着飾っていた侯爵令嬢は、侯爵令息夫人になり保養地に移った後はシンプルなデザインのダークブラウンのワンピースしか着なくなっていた。アクセサリーを身に着けることも、艶やかな髪を華やかに結い上げることも、化粧で顔を魅惑的に彩ることもなかった。

 夫人を着飾る役割を与えられていた使用人達には別の仕事を与えている。

 もはや夫人は本当に貴族令嬢だったのかと疑い始める者さえいた。それほどまでに夫人の姿は質素なものになっていた。


 夫人を知るために質問を重ねても、令息はますます夫人のことが分からなくなっていた。

 正しくは、分からなくなったのではなく、初めから分かっていなかったのだが、令息がそれを認めるには少し時間がかかった。

 自分のことが好きなのか、という質問に夫人から怪訝な顔を返されてようやく、自分は思い上がっていたのかもしれないと令息は考え始めることができたのだった。


 そこからまた2ヶ月の月日が経っていた。


「君は僕のことが憎かったのではないか?」

「……それを確認してどうするの?」

「い、いや……病人を、しかも憎しみを抱いている人間の世話ができることが理解できなくて……。君は侯爵令嬢としてずっと生きてきた。こんな……介護人の仕事をさせられるなど…普通貴族としてのプライドが許さないだろう?」

「…普通が何であろうと、やると決めたから。それだけよ。……それに、貴族の私はあの時死んだから。貴族のプライドとか気にする必要がないの」


 では今目の前にいる君は何者なのか?

 光の見えない瞳で語る夫人に、令息はそう問いかけたかったが、その疑問を声に出す勇気は湧いてこなかった。



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