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侯爵令嬢が侯爵令息との約束を果たすと言って用意した場所は、侯爵令嬢の屋敷の客室だった。
侯爵令嬢は、侯爵令息と男爵令嬢をお茶に招待した。
使用人達はお茶やお菓子を運び込むために、客室から出払っていた。
自分達が敬愛する侯爵令嬢の婚約者である侯爵令息が、得体の知れない少女と妙に仲睦まじいという気味の悪い光景を必死に呑み込んで、侯爵令嬢のためにお茶会の準備に勤しんだ。
「目でも楽しめるような豪華なものを用意しましたの。せっかくだから驚かせたいので、扉の反対側を向いて待っていてくれませんか?」
侯爵令嬢がちょっとしたサプライズを提案した。
侯爵令息と男爵令嬢は、機嫌よく侯爵令嬢の指示に従った。自分達の望みが叶うのだと疑っていなかった。
そして侯爵令嬢は、背後から侯爵令息の腰をナイフで刺した。
侯爵令息は呻いて倒れ、男爵令嬢は悲鳴を上げる。
侯爵令嬢の表情は、恐ろしいほどに冷めていた。憎しみも怒りも感じられなかった。
「マグノリア侯爵令嬢、何でこんな酷いことをするのですか!?」
「婚約破棄をするためよ」
「はぁ!?」
「喜びなさい。これで私とこの男は婚約破棄になる。そうすれば、あなた達の愛とやらに私という邪魔者はいなくなってめでたくハッピーエンドよ」
侯爵令嬢は淡々と説明をした。男爵令嬢は悍ましいものを見るように顔を歪めた。
男爵令嬢は本日のお茶会について侯爵令息からは、侯爵令息と侯爵令嬢が婚約破棄をするとしか聞いていなかった。まさか、血が流れるような展開が起こるとは微塵も想像していなかった。
「政略結婚を前提とした私達の婚約に、現状婚約を破棄するための十分な理由は存在しないから、私が理由を作ったの」
「だからってこんなのおかしいです!!」
「別に何がどうなろうと特に問題ないじゃない。あなたは何があってもこの人の側に居続けると誓ったと聞いたわ。理由は愛し合っているからとね」
「何を言ってるの……」
「今の私のひと刺しで、恐らくこの男は下半身が不自由になって動けなくなる。でも大丈夫でしょう?あなたが支えていけばいいだけのことだもの。あなた達は無事結婚して末永く幸せに生きるだけよ」
「ふざけないでよ!!動けない男の看病を押し付けないで!!」
「……この男を愛していて側に居続けられるなら、身体が動くかどうかは問題ないでしょ?」
「愛していたわよ?婿入りして侯爵家の当主座を受け継ぐ予定の男をね!!私は愛人として幸せに生きる予定だったの!!」
「愛人という立場が望みだったの?」
「だって、白い結婚の侯爵夫人を見下しながら過ごす日々は絶対に気持ちいいでしょう?なのに…これじゃ全部叶わないじゃない!!」
男爵令嬢の怒鳴り声が聞こえ、使用人達が急いで客室に入った。
目の前の惨劇に愕然とする使用人達に、侯爵令嬢は淡々と手当の指示を出していた。
その慌ただしさに紛れて、男爵令嬢は侯爵邸から姿を消した。