鬼-④
塾でサクラとの席が奇跡的に近くなったのは小学三年生の冬休み前だった。それから僕と福家がしゃかりきに頑張りだしたのは言うまでもない。
僕と福家は、どっちがテキストのノルマを早く終わらせるかを競うようになった。ほぼ同時に問題を解き終わり、小競り合って三島さんにテキストを提出する僕たちを、サクラは微笑ましく見てくれていた。
他にもお互いに問題を考えてきて、暇な時間に問題を出し合い、勝った負けたで一喜一憂するさまをサクラに見せていた。
それで僕と福家の成績は伸びていったのだが、冬休み、三学期、春休みを越えて四年生に進学する頃には、僕たちより更にサクラの成績が飛躍的に上がっていた。
サクラのテストの平均点は八十点ぐらいだったが、それがコンスタントに九十点以上とるようになっていた。塾でテキストを終わらせるスピードも格段に早くなり、三年終わりの春休み辺りから、僕たちよりも早く三島さんに提出することもあった。僕と福家は真剣に焦っていたが、三島さんに「おっ、今日は一番やな」と褒められて喜んでいるサクラを見ると、それはそれで嬉しかった。
本当に偶にだが、僕も福家もサクラも分からない算数の問題に出くわした。それまでは僕たちの手が止まっていることに気付くと、何となくヒントを与えてくれていた三島さんだったが、四年生に上がってからは「おまえらで話し合ったら分かるわ」とか「えっ、そんなんも分かんの?」と言って、自分たちの力で解くようあえて挑発的な言葉を浴びせてきた。
僕たちは三人とも温厚だったが、そう言われると意地を張って、決して三島さんには聞きにいかない性格だった。そしてその一問を一時間でも二時間でも考えていられる粘り強さも兼ね備えていた。
三人で話し合ったり、教科書や参考書を見たりしていると、ふと閃いて解けることはしばしばあり、その時は三人で目を丸くしてペンを走らせた。逆に他の生徒がみんな帰る時間になっても全く進展せず、三人だけ居残るような状態になることもあった。
その日もぼくたち三人と三島さんだけになり、塾の先生も「キリのええところで終わらすんよ」と隣の自宅に帰っていた。
三島さんが時計を見て「んじゃ教えようか」と腰をあげる体勢になった時、「いや、自分で考える」とサクラが言ったのには、僕も福家も驚いた。
三島さんは「そっか。じゃあ家で考えてくる?」と、あっけらかんと返答し、特に意外そうな素振りも見せなかった。
その日から僕と福家と三島さんの集団下校に毎回サクラも加わるようになり、その時には僕も福家も信じられないぐらいサクラと自然に話せるようになっていた。
そしてその時のサクラは、普段学校や塾で僕たちに見せていた顔とは全然違っていた。
「ゆっきょちゃん彼女おらんの?」
例えば唐突にそんな質問をした。その質問に僕と福家が瞬時に赤面した。理由は驚き一割、嫉妬一割、傷心八割。しかしとうの三島さんは平然と「おらんよ」と答えた。
「ホンマにおらんの?」
サクラがそう問い詰めると、三島さんは「俺のことモテると思うとん、塾の先生と自分らぐらいやで」とニヤリと笑った。
それを聞くとサクラは満足したように「ふーん」と口を尖らせ、二、三回スキップして、僕たちの前に出た。
「ゆっきょちゃんて、どうやったら怒ったり驚いたり焦ったりしてくれるん?」
サクラが手を後ろに組んだまま、僕たちの方へ振り返ってそう言うと、三島さんは首を捻って「自分のことではまずないなぁ。自分以外の大切な人のためなら」と頷き、「こいつらとか、おまえとか」と言った。
サクラは後ろ向きに歩きながら「ふーん」と、また満足げに笑った。
僕や福家がいくら人見知りだったと言ってもそのぐらいは分かる。サクラは確かに三島さんに好意を抱いていた。恋愛感情は無かったとしても三島さんとの会話を心から楽しんでいた。
それは僕にとっても福家にとっても切ないことだった。でもそれを口にすることは出来なかったし、三島さんもそういった話にはノータッチだった。
僕も福家も核心に触れることはなかった。いらぬ詮索をして、四人の関係が崩れてしまうことが何より怖かった。




