福-③
僕たち二人とサクラの距離は、学校より塾でいるときの方が圧倒的に近かった。それはやはり三島さんの存在が大きかった。
塾でテキストを解いていて分からない箇所があった場合は、塾の先生か三島さんに聞きに行くのだが、三島さんはなかなか答えを教えてはくれなかった。どこまで分かっているのか、何が分からないのかを紐解くところからはじめ、その分かっていなかったハードルを越えたら、また自分で考えてこいとテキストを突き返した。
それを面倒臭がって「もう答え教えてよ」と、愚痴る生徒が多い中、サクラは毎回三島さんの方へ質問に行っていた。もしかしたら生徒からは敬遠されがちで暇そうに小説を読んでいる三島さん可哀想に思って聞きに行っていたのかも知れない。
ある日の帰り道、それを三島さんに話すと「有り得るな」と言ってヒッヒッヒッと笑った。
そして恐ろしいことに三島さんは次の塾の時、その質問をストレートにサクラにぶつけた。
サクラがテキストを三島さんに提出し、三島さんがマル付けをしてサクラを呼び寄せた時「サクラって、いつも俺が暇そうにしとるけん、ちょっとかわいそうに思って俺の方に持って来てくれるん?」と唐突に切り出した。
その質問は、僕と鬼松が全く関わっていないところで行われたが、「って、あいつらが言った」と、三島さんが僕たちを指さしたことで、サクラへのストレートな質問は、僕たちに、もの凄い剛速球になってぶっ飛んできた。僕たちが赤面したのは言うまでもないが、その時はサクラの顔もほんのりと赤くなった。
「違いますよ。そんなつもりじゃないです」
サクラは両手を振りながら恥ずかしそうにそう言って、少し考えた後「ゆっきょちゃんの方が席から近いから」とつけ加えた。
三島さんは眉間にしわを寄せ、肩を揺すって声を出さずに笑うと「ほなすぐそこ座っとけ」と三島さんから一番近い席を指さした。そして「鬼松と福家もこっち座れ。そしたら俺がいちいち聞きに行かんで済む」と言って手招きした。
その後ちょっとした席替えが行われたが、サクラに申し訳なくて僕と鬼松は俯いていた。肩に強めの刺激を感じ振り向くと、サクラが少しだけ頬を膨らまして、ペンの後ろで突いてきていた。
いくら人見知りな僕たちでも、その時のサクラが本当に怒っていたかどうかぐらいは判断できた。その時は特にサクラをよーく観察していた時期だから断言できる。サクラの表情は、今まで見たことのない、羞恥心の混じった最強に可愛いはにかみ笑顔だった。
僕と鬼松は骨抜きにされた最弱の笑みを見せていたと思う。三島さんはいつも通り小説に目を落としていたが、口元がニヤケていたのを僕は見逃さなかった。