鬼-②
サクラは覚えていないかも知れない。小学三年に進学して、クラス替えをした直後の話だ。
教室内はこれまでとは違った面々との交友に会話を弾ませていた。一学年百人ちょっとで三クラスしかないから、初めて同じクラスになった奴でも顔ぐらいは見たことがあった。
普通なら人見知りなんてする必要などないのだろうけど、僕は誰とも話せず完全に孤立していた。福家も僕とは離れた教室の隅っこで、僕と同じような孤立状態にあった。その時はまだ福家と話したことはなかった。
「私の机と取り替えようか?」
その唐突な言葉が、俯いて机の一点を見つめていた自分へ向けたものとは思えず、一回その言葉をスルーした。
「鬼松くん机小さいやろ。私のと交換する?」
今度ははっきり名前を呼ばれ、僕はドキッとした。隣に座っていた木村サクラからの提案だった。確かに僕は年齢のわりに身長が高く、座っていた机と椅子は身体にマッチしていなかった。逆にサクラの方は机と椅子のサイズが大きく、足が床に着いていない状態だった。
でも僕はどうしていいのか分らなかった。勝手に机を取り替えていいのか? 先生に聞けばいいのか? 聞くのは恥ずかしいから聞かずに替えてもいいかな? とりあえず早く答えないと無視していると思われる・・・頭の中で言葉ばかりが回り、時間を追うごとに顔がみるみる熱を帯びていくのが分かった。
サクラもそれが目に見えて分かったのだろう。
「シャイなんやね」
僕の赤くなった顔をどういう意味で受け取ってそう言ったのかは分からない。ただそう笑って、担任に「先生すいません。鬼松君の机と私の机、交換してもいいですか?」と大きな声で質問してくれた。
たったそれだけのことで僕たちの仲をはやし立てるガヤ好きな奴はいたし、勿論僕の顔もそのガヤによって更に赤く染まった。
人生史上最も赤くなった顔で、僕は「ありがとう」という一言を絞り出した。