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鬼-①

あれは一九九七年の夏、僕が小学校一年生の時だ。夏休みの間、新聞の一面には早明浦ダムの貯水率が毎日掲載されていた。貯水率の意味なんて分かっていなかった僕も、水の無駄使いをしたらオカンにしばかれると分かった年だった。


夏休み明けの始業式。朝からずっとナギ状態で、巨大な採暖室と化した体育館に集められた生徒たちは、立っているだけで制服に汗を滲ませていた。それでも久しぶりに顔を合わせた楽しさから、みんな暑さなどお構いなしに夏休みの思い出話に花を咲かせていた。


始業式が始まると館内は一転静かになり、セミの鳴き声だけが響いた。いつもは貧血で倒れる生徒が出るほど長い校長の話が、その日は暑さを考慮してか意外に早く終わり、僕は密かに胸を撫で下ろしていた。

校長の話に続き『夏休みに取り組んだこと』を各学年の代表者がステージに上がって発表する場が持たれたのだが、そこで僕の心に大きな傷を残す事件が起こった。一学期に委員長をしていた僕は担任から「前に出て」と唐突に背中を押されたのだ。


「えっ! 聞いてないよ~」という切り返しは、とてもじゃないが当時の僕にはできなかった。

他の学年の代表者が原稿用紙を手にステージに上がる中、僕だけは手ぶらでステージに上がらざるを得なかった。担任が事前連絡を忘れていたのは明白だった。


六歳の僕は強制的に全校生徒の前に立たされ、『夏休みに取り組んだこと』をアドリブで発表しなければならない状況に追い込まれた訳だ。しかも一年だった僕の発表順は一番で、考える時間もほとんどなかった。


ステージに上がり、全校生徒約六百人の眼差しが向けられる中で、僕の脳はフル回転どころか完全にショートしていた。その場にいた全員に言葉を求められ、担任にも頼られているということは幼いながらも分っていたが、僕は自分の名前さえ言えず硬直していた。


司会を務めていた教頭が何となく察して、僕を慰めながらステージから降ろしてくれた。


僕は誰とも視線を合わせられず俯いて自分の場所まで戻った。その間、全校生徒の視線が自分を貫いているのは十二分に感じられていた。


鮮明に覚えているのは、僕に「前に出て」と言った担任が隣の先生に耳打ちし、笑っている顔だ。「私が伝えるのを忘れていました」と言うところじゃないのか? せめて謝りに来いよ、と思ったが、僕の方を見ることはなく、しれっとステージに視線を向けていた。悔しくて歯痒くて、でもそれ以上に恥ずかしくて発狂しそうだった。


それ以来、僕は人前に出ることを嫌ったし、人の先頭に立つような優等生ではなくなった。


そしてそんな僕の事件から数カ月後の話だ。世間はクリスマスカラーに染まり、生徒たちも冬休み前で浮かれていた二学期の終業式に、福家にとっての事件が起こった。


校長が独りよがりの講演をはじめ、その流れでお年玉の使い道について話し始めた。そして「もし百万円あったら何に使いますか?」というお題を生徒に投げ掛け、その時クラス委員長をして最前列にいた福家が「君ならどうする?」と指名されたのだ。


福家も「聞いてないよ~」という切り返しはできず、「とりあえず貯金して、使い方はそれから考えます」と答えた。それに対し校長は食い気味に「つまらん!」と切り捨てたのだ。


「子供なんだからビルの屋上からばら撒くとか、ロボットを作るとか言え!」と、まさにガキ大将のような横暴さで福家の発言は全否定された。


福家の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。僕がステージ上で経験したのと同じ感覚だっただろう。それを思うと僕も辛くなり、館内のざわつき全てが福家への失笑に聞こえ、自分の顔も熱を帯びてくるのが分かった。


僕と福家にとって幸運だったことは、小学三年生に進学する時のクラス替えで、同じクラスになれたことだ。お互い一年生の時にあった事件を何となく覚えていた。その事件の話に直接触れることはなかったが、周りの生徒たちに扱われる境遇が似ていたし、お互いに意識しあっていたことから唯一無二の親友になっていった。


僕たちは授業中に先生から指名されて発言する際、間違った答えを言っている訳でもないのにいつも顔が赤くなった。それを周りの生徒に「顔あこぉなっとる~」とはやし立てられると、僕たちの顔は益々紅潮した。僕がそうなると福家の顔も赤くなったし、福家がそうなっても僕の顔は真っ赤に染まった。


休み時間や放課後になってまで僕たちにチャチャを入れてくる生徒はいなかったが、普通に友達付き合いができる生徒もまた少なかった。僕が会話に費やす時間の九割以上は福家だったし、福家の会話の相手もほとんどが僕だった。それをまた「ホモ」「おかま」などとからかわれると二人して赤面し、その赤面の意味の受け取られ方を考えると、更に顔が赤くなるという悪循環を繰り返した。

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