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鬼-⑧

お漏らし事件があった次の日からまーくんは学校に来なくなり、僕たちの前に二度と現れることなく転校してしまった。


サクラは事件があった日は早退し、次の日休んだだけで、その後は普通に僕たちのクラスへ戻ってきた。でも周りがそれを普通には受け入れられなかった。


事件があった日に担任から「今回のことでまーくんやサクラちゃんをからかったら許しません」という話があり、僕たちの間では事件に触れることさえタブーになった。しかしそんなものは表面的な決まりごとであって、みんな先生がいなくなった昼休みや放課後になると、汚かっただの臭かっただの、生意気だったサクラに罰が当たっただのと好き放題話していた。


サクラが休んだ日に塾があり、そこでも話題になった。

塾の先生は眉間に深いしわを寄せ「かわいそうに~」と言って、担任と同じように絶対サクラにその話をしたら駄目だと釘を刺した。三島さんはうんともすんとも言わず、いつも通り小説に目を落としたままだったが、誰かが言った「やっぱり隣には座りとうないわ」という言葉にだけ反応し、誰が言ったか確認するように一瞬目線を上げた。


そんな状態の僕たちの中にサクラが戻ってきて、何もなかったかのように振舞えと言われても、どだい無理な話だ。「大丈夫だった?」と心配することも出来ないし、「悲惨やったな」と同情することもできない。なんだったら「ちょっとトイレに行ってくる」という言葉さえ言っていいのか分からなくなっていた。


僕と福家はサクラのことが好きで好きでしょうがなかったから、余計に気を使って考え過ぎていたのかも知れない。嫌われたらどうしよう、傷つけたらどうしようと思うと、もう普通に喋ることすらできなくなっていた。


でも他の生徒たちもサクラを腫れ物扱いするしかないようだった。何をどう話しかけたら言いか分からず、かろうじて勉強で分からないところの質問や、連絡事項なら近寄っていけるぐらいで、とても雑談できる空気ではなく、サクラの周りで笑い声や笑顔などは一切生まれなくなった。その空気は時間が経過するごとに、また日を増すごとに濃く重くなり、サクラをいっそう孤立させていった。


僕たちはサクラの遠くを眺める眼差しが好きだった。サクラが板書する文字の美しさが好きだった。僕と福家がくだらないことで競っている姿を密かに見ていて、時々微笑みかけてくれるサクラが好きだった。でもその仕草や表情の全てにおいて純粋さが失われ、怯えや恐れを含んだ悲しい気配が滲み出るようになっていた。


それを三島さんはもっと繊細に感じ取っていたんだと思った。三島さんに今の心情を話したかったが、僕も福家もサクラの行為を傍観者として見ていたことに失望されて以来、三島さんからは話し掛けられなくなっていた。テキストもヒントと解説だけで、帰る時も一緒になることはなく、完全に一線引かれた状態だった。


お漏らし事件後、サクラが初めて塾に来た時、他の生徒たちはすでに出揃っている状態だった。三島さんの近くに僕と福家が座り、サクラの席も変わらず三島さんのすぐ隣に用意され、先生がしつこく「あの話はしたらいかんで」と念を押していたところだった。


そこにサクラが現れ、部屋が一瞬静かになった。先生が「あら、サクラちゃん遅かったわね」と、いちいち言うところがわざとらしかった。生徒たちはテキストに目を落としてサクラの登場をスルーした。僕と福家は挨拶だけでもしようとサクラの方を見たが、サクラもまた視線を落とし、誰とも目を合わせようとはしていなかった。


そんな中、サクラが席に座るや否や、「おお、サクラ。大変だったな。うんこぶつけられたんやって」と三島さんは言った。


部屋は静かになったところではなかった。全員が石像のように固まった。


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