福-⑥
それは僕と鬼松にとってはある意味チャンスだった。みんなの批判が自分に向けられるのが怖くて、見て見ぬふりをしてきた弱い自分と決別するんだ。
そう考えていた時間はホンの数秒だったと思う。でもそのホンの数秒迷っている間に、悪魔たちは次の手を打ってきた。
悪魔たちは気付かれないようまーくんの背後から忍び寄った。
その行動に気付いた見物人たちはいくらか静かになり、その時から僕の見える世界はスローモーションになった。
悪魔たちは低い姿勢を保ったまま、まーくんの真後ろに到着すると、少し下がっていたまーくんの短パンとパンツをまとめて鷲づかみ、一気に下へ引き降ろした。
まーくんの下半身があらわになり、見物人のボルテージは一気に跳ね上がった。
更に悪魔たちはまーくんを後方から突き飛ばし、排泄物がしっかり乗っかった短パンとパンツを剥ぎ取った。そしてそれを、誰を狙ったというわけでもなく高く遠くに放り投げた。
宙を舞う短パンが恐ろしくスローモーションで見える景色の後ろには、目玉をひんむいて大口を開けて笑っている悪魔たちが見えた。宙を舞って飛んでくる短パンから必死の形相で逃げようと混乱し、お互いを押し合う見物人の動きも、全てがスローモーションに見えた。
一方では逃げ惑い、一方ではそれを指さして笑い、また一方ではまーくんに哀れんだ眼差しを向け、そうかと思えばうっすらと笑みを浮かべ耳打ちしている生徒もいた。
泣き叫んでいたまーくんを主軸に見れば地獄のような光景だった。その異常さが膨れ上がった空間の中、僕たちに芽生えかけていた勇気などというモノは、木っ端微塵に砕け散っていた。
「なんしょん!?」
その声に僕の世界は正常に戻った。
グランドから戻ってきたサクラが廊下に群がる野次馬たちを押しのけて教室に現れた。走った直後でまだ息を弾ませ、火照った顔で教室内に入って来たサクラは、何をさておき大声で泣いていたまーくんの方へ「大丈夫?」と駆け寄った。
僕と鬼松は一瞬だけサクラと視線があったが、サクラは何もできない僕たちをやり過ごした。僕と鬼松は罪悪感に狩られ、そんなサクラをただ遠くから見ているだけだった。




