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プロローグ

甘酸っぱくてホロ苦くて、胸が締め付けられるような痛みがありつつも、最後はハッピーに終わる青春群像劇。世代関係なく、子供の頃の記憶をこちょこちょと刺激できれば幸甚に存じます。

 プロローグ


もはや国人的イベントとなった年末の漫才コンクール。コンビ結成七年目、香川県の高校に通う素人コンビが優勝するなんてことは誰も予想していなかった。

決勝戦三組のネタが終わり、七人の審査員の後ろにある大型モニターに全員の視線が集中していた。静寂の中、司会者のコールで下手から投票結果が掲示される。


「ファイブカラーズ・・・・・・・・・ファイブカラーズ・・・・・・・ファイブカラーズ・・・・・・・・」


 優勝が決まる四票目の開示はたっぷりと時間が取られた。息を飲み、呼吸を止めてもまだ開かない。


「ファイブカラーズ‼」


 開示された瞬間、会場が弾けた。残りの票は間を置かず連続して開示され、司会者は声を張った。


「二〇XX年優勝は・・・ファイブカラーズ‼ なんと満場一致です!」


そうコールされた時には、既に二人は泣いていた。周りの芸人から拍手を受け、前に出るよう背中を押された時、二人は強く抱き合い、声を出して泣き崩れた。

「ネタする前はアガリ倒してましたからねぇ。こいつら大丈夫かなぁって思うてましたけど、漫才は完璧でしたねぇ。こう言ったら次はこのセリフ。ここではこういう顔をして、このタイミングで突っ込んで、今日のこの会場ではこのリアクションが一番オモロイ。今回のネタをあらゆるパターンで身体に叩き込んできたって感じでした。この泣き方見ても真面目そうですもん。何百回も何千回も同じ練習を繰り返してきたんだと思います。それだけ自分たちの時間を漫才に費やしてくれた、命を捧げてくれたってことですよ。その漫才に対する真摯な姿勢に感動しました。おめでとう!」

審査委員長がそう評を述べると、二人は益々しゃくり上げ、「あぢがとっうぎょざぃみゃっす」と、肩をしゃくり上げながら頭を下げた。一方が見事な鼻風船を作り、膨らんだり縮んだりさせている様子がアップが抜かれ、会場の笑いと涙をまた誘った。

とても話せそうにない二人に配慮し、別の審査員が「おまえら泣き過ぎや」と笑いながらフェードインしてきた。そして「これあげるから、床の鼻水は綺麗に拭いてから帰ってな」と、軽く冗談を言って『1000万円』と書かれたボードを二人に差し出した。

二人は遠慮がちにそれを受け取り、審査員や他の出場者、会場の観客に対して何度も頭を下げた。

テレビ上ではその間エンドロールが流れ、放送終了となった。


番組中、全く喋れなかった二人に、次の日改めて記者会見の場が用意された。そこで二人はコンビの解散を表明し、芸能の道には進まないと話した。

「僕たちにお笑いのセンスなんてないんです。ただお笑いしかなかったんです。僕たちを救ってくれるものが」

ボケ担当の鬼松が先日と同じグレーのスーツに身を包み、背筋をピンと伸ばしてそう話した。漫才の時はやや猫背で髪の毛を振り乱していたのだが、今日はサラリとした黒髪を軽く横に流し綺麗に揃えていた。姿勢の良さと色白も相まって一つ間違えれば美男子に分類されてもおかしくはない。

突っ込み担当で鬼松より十センチは背の低い福家も、先日と同じグレーのスーツをまとっていた。大きな黒ぶちメガネを所定の位置より一センチ下にずらして掛けるのが福家スタイルらしい。メガネ越しの上目遣いで鬼松の顔を覗き込み、言葉を続けた。

「二人とも病的な人見知りで、知らない人の前で話すなんてできなかったんです。すぐに顔は赤くなるし、膝は震えるし、思考回路は完全停止」

「今も大したこと言えてないでしょ」

 鬼松がチャチャを入れると、福家は即座に「おい!」と突っ込み、会場はいくらかの笑いに包まれた。

鬼松は口元に手を運び照れ臭そうにして「ホントに真面目なだけが僕たちの取り柄だったんです」と言った。

「昨日の『命を捧げてくれた』って言葉は、まさにそのつもりでやってきました」

鬼松は指折り数えて「六年十一カ月」と言って更に続けた。

「それで『ああ、この人、分かってくれとる~』と思うと、涙が止まらんようになってしもうたんです。多分こいつも同じです」

福家は頷いて「千回の練習より一回のステージ。でもその一回のステージのために千回の練習です」と、ずり落ちそうなメガネにそぐわない言葉を口にした。

 一瞬の間を縫って「でもその約七年間もお笑いを続けるというモチベーションはどこから湧いてきたんですか? 他にもたくさん誘惑があったと思いますが」とインタビュアーが質問した。

鬼松が高校生らしからぬイヤらしい笑みを浮かべ「これ以外にないじゃないですか」と小指を立てた。すかさず福家が「やめんかい!」とその小指を叩き落とすと、会場はまた穏やかな笑いに包まれた。

「でも」福家が即座に続けた。「でも命を捧げたのは、お笑いに対してじゃないんです。結果としてお笑いに捧げているように見えているだけで」

「では何に命を捧げたんですか?」

福家は鬼松の顔を一瞥し、一呼吸おいて「これですね」と小指を立てた。

「おまえもかい!」

間髪入れず鬼松が福家の額を張り上げると、「ペチン!」と小気味良い音が会場に響いた。


木村サクラは二人掛けの白いソファーの前に両膝を抱えて座り、その様子をテレビで見ていた。八畳一間のフローリングスペースは綺麗に片付けられている。ソファーも棚も机も淡い色を基調にしている中、大きなテレビだけは黒く、その色彩のコントラストがテレビの重厚感を強調していた。

サクラは画面に映る二人を見ていると逞しくもあり、見ていられない恥ずかしい気持ちにもなり、体育座りのまま身体を前後に揺らした。ただ嬉しいのは確かで、膝の前で組んだ両手を小さく叩いて、喜びと祝福を慎ましやかに表現した。


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