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神楽の守り人  作者: 白石 楓
IV.もう一人の神楽編
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第十八話後編 「受け継がれる思い」

「フルバーストォ!ぜぁぁぁあ!!」


 敵に向かって走り出す神楽。創造の筆先が六又に分かれ、敵を突き刺そうと伸び進む。


「フル・バースト。」


 対してカグラは1ミリもその場から動くことなくフルバーストを発動。お互いの筆先が激しく打ち合う。


「くらぇぇえっ!」


 ならばと間合いに入った神楽は剣を振り回すが、カグラはその攻撃パターンを読んでいるかのようにひらりひらりと躱し…


「遅い!」


「ぐぁぁぁあっ!!」


 振り切った直後にがら空きになった腹部へ、カグラの拳が強く入り込み、体ごと垂直に突き飛ばされる。鈍い音と共に倉庫の壁へと強く打ち付け、その場にはクレーターが完成する。背中から打ち付けた神楽は痛みこそないものの、身体中が重くなる感覚を得る。


「くっそ…。」


「まだまだァ!!」


 その場から立ち上がろうとする神楽。しかし、その真横に移動したカグラが横っ腹を蹴り飛ばし、さらに追い打ちをかける。


「ぐはぁっ!!」


 次は肩から衝突し、その衝撃が電撃が走ったかのように体全体へと響きわたる。呻き声をあげた後、ずるずると壁際を沿って体が落ち、そのまま血を吐きながらうずくまる。


「ハハッ!どうだ見たか!お前は俺には勝てない!何も失うものがない俺と、守るべきものがあるお前じゃあ力の差がありすぎるんだよォ!!」


「ぐ…力…だって?」


 地面に倒れ込んだ体をぐらつく両手で支え、体を起こしながらも神楽は応えた。


「…違う!そんなのは力でもなんでもない!お前は仲間や家族…大切なものを捨てて逃げてるだけだ!」


「逃げてる…だと?ふざけるな!」


 カグラは声を荒らげて言い放った。


「俺がいつ逃げたって言うんだ!全てを全力で守ろうとしたさ!でも無理だったんだよ!俺が守ろうとしたものはこの手の隙間から次々に零れ落ちて…最後は俺だけになっちまった…。それで分かったんだ。大切な何かを守るためには大切な何かを犠牲にしなくてはならない。だから決めた、過去の俺が身を投げ打てるように全てを奪えばいいんだとよ!」


「なるほどね…。大切なものを無くせば自分の覚悟も出来ると思ったわけだ…。でも、それは過程が違うだけで結果は同じだ。今していることは、本当にお前がしたいことなのか!?」


「うるさい…うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさぁぁぁぁあいッ!!」


 カグラは頭を両手で抱えて言葉を繰り返す。それを好機とみた神楽はついに仕掛ける。


「螺旋弾!!」


「――ッ!?」


 地面からカグラを囲うように現れた螺旋弾が一斉に打ち上がり、カグラに向けて発射される。それと同時に、


「封印の書――フルバースト!!」


 封印の書から現れた式紙達をまとめ、光線のように敵へ放つ。


 下方向、横方向からの多方面攻撃。それに対しカグラは帷で防御壁をつくり対抗。しかし、防御壁も攻撃によって擦り切れていることを知ったカグラは、創造の筆をしならせてその場から宙に飛び上がった。


 その様子を見た神楽は、思わず口元をニヤリと歪ませる。なぜなら、


「五月雨!!」


 空中に霧散していた式紙が一斉に刃となり、宙に浮いたカグラへ刃先が向けられる。


 宙に浮いたものは対抗する手段が少ない。いかに弱点へ誘導し、絶望的状況へと陥らせるかが戦いの秘訣。これは祖父との戦いで学んだことだ。自分を投げ打つための覚悟を決めるために訪れた祖父の家。だが、覚悟を決めることを放棄したお前なら――


「――知っているはずがない!」


「クッソッ!」


 不利な状況に追い込まれたことはカグラにも分かっていた。だが、対抗手段が少ないとしてもあるにはある。それは周囲の刃を切り落としてしまえばいい。そう思っていた…


「ぜぁぁぁあ!!」


「…なにっ、」


 神楽が体ごと乗り出し、宙にいるカグラに対して斬撃を食らわせ、さらなる追い打ちをかけようとする。その斬撃を剣で咄嗟に受け止めるも、その時に自身のした過ちに気づいた。


「ぐぁぁぁあっ!!」


 受け止めたその刹那、二人の元へ一斉に式紙が銃弾のように打ち出される。真っ白な煙と真っ赤な血液が飛散する中、二人の姿が地に落ちた。


「くっそ…がぁぁあっ!!」


 カグラは地面に横たわった体を腕で支えて立ち上がり、体制を整える。その瞬間、


「はぁぁああっ!!」


 煙の中から現れた神楽が剣を構えて突撃してきたのだ。


 神楽の攻撃を捉え、避けようと動こうとするも――


「――なっ足がもつれっ…あの女の仕業か!」


 左足が地面に張り付いたかのように硬直して動かない。その原因が以前戦ったあの青髪女と戦った後遺症であることを悟る。そして、神楽はその隙を逃さず…


「…っ今だ!はぁぁあっ!」


 神楽は剣を敵に向けて振るう。その攻撃を見たカグラはその場から動かずに上半身を反り、斬撃を避ける。しかし、その斬撃による振りを活かした続け様の回転蹴り攻撃に対しては躱すことが出来ず、


「ぐぁぁあっ!!」


 神楽の回し蹴りが横腹にクリンヒット。鈍い音と共に、カグラは蹴り飛ばした勢いで数メートル吹き飛ばされる。


「よし、効いてる!」


 攻撃が初めて当たった。相手が強大な敵であろうともダメージは通る。もしかしたら相手を倒せるかもしれないという仄かな希望を抱く。


「たかがマグレで調子に乗るな!こっからが本番だクソやろォオッ!」


 カグラはそう言うと、無数の式紙を繰り出して足元にまとわせ宙に浮く。これならば足が動かなくとも関係は無い。


「それなら、応用術――五月雨!」


 宙に浮いた敵に対して、神楽は五月雨で応戦。小さな刃となった無数の式紙が、五月雨のようにカグラへと放たれる。


 式紙とて量は無限では無い。上限がある中で技を放ち、扱っている。敵が未来の自分というのなら、その上限は近しいはずだ。足元に式紙を纏わせている今なら撃ち合いにも勝てる。そう考えての攻撃であったが、


「おうらぁぁああ!!」


 向かう式紙を創造の筆で切り落とし、カグラは突撃。そして間合いに入った時、敵の一太刀が神楽を襲う。


「しねぇええっ!!」


「ぐっ、、!」


 その一振りを同じく創造の筆で受け止める。だが相手の勢いを止められず、地に足をつけたまま体ごと引き摺られる。


「うぐっ、」


 スニーカーが地面を擦り、刃同士が交えて赤き火花が散る。このままでは勢い負けすると悟った神楽は咄嗟に封印の書を剣の柄部分にかざすと唱えた。


「応用術!楔!」


 緑色の楔が封印の書から解き放たれる。それはツタを伸ばす草木が如く、相手ごと覆い尽くさんとカグラへ放たれる。


 一本取ったと思ったのも束の間、瞬きをしたその時には相手の姿は無かった。


「なッ、どこに消えた!?」


「――ここだマヌケ」


 一瞬にして姿を消したカグラ。声のする真上へ見上げると、空高く封印の書を掲げるカグラの姿があった。


「お遊びはここまでだ。螺旋弾!!」


 カグラがそう叫ぶと同時に、掲げた封印の書を中心に暴風が吹き荒れ、竜巻の中で巨大な螺旋弾が完成する。


 空間が揺れ、吹き上がる突風が地に着く足を持ち上げてくる。一人の人間が操る力の大きさに誰もが圧倒された。


「これで終いだァ!!」


 カグラが腕を振り下ろすと巨大な螺旋弾が地にいる神楽に向かって落ち出す。


 逃げ場のない攻撃――だが神楽は決して諦めてはいなかった。


「力を貸してくれ…マオ!」


 二本の筆先で地面を突き上げ、神楽は螺旋弾に向かって真上に飛び出す。六本の筆先が神楽の周囲を囲み急速に回転――自身を中心として風を切り裂く弾丸となる。


「うおおおおぉおッ!!」


 巨大な螺旋弾と神楽がぶつかるその瞬間、火花が宙に霧散し、神楽の腕には螺旋弾の勢いが重くのしかかった。


「…まずい、押し込まれるぞ!」


 神楽の勢いが消えたのを感じ取った扇浦は、見上げながらそう叫ぶ。だがその時、弾丸となった神楽から突如として大量の式紙が溢れ出し、それが突風を纏って神楽を覆い尽くすことで、さらに鋭く早い刃へと変貌する。


「つら…ぬけえっ!!」


 勢いを取り戻した神楽は螺旋弾を押し戻し、その刹那――強い圧力を受けた螺旋弾は大きく形を崩して瓦解する。


 崩れた螺旋弾の残骸を通り抜け、その先にいるカグラを捉えると勢いのまま突き進む。


「…帳。」


 弾丸と化した神楽の攻撃に対し、カグラは式紙によって壁を作り防ごうとする。しかし、一点のみに掛かる大きな圧力に耐えきれず、帳を易々と突破する。


「…絞首!!」


 カグラはそう叫ぶと封印の書から無数の腕が出現し、向かってくる神楽を無数の手がキャッチするが、それをも突破して封印の書へと刃が衝突する。


「…ぐッ!」


 その勢いを受け止めたカグラは思わず声を上げる。しかし――


「おうらぁあッ!!」


 封印の書で神楽の攻撃を弾き返し、そのまま神楽は地面へと音を立てながら突き落とされる。


「神楽!!」


 猿之助たちはその名前を呼ぶも、砂埃に包まれて安否は確認できず。その最中、これを好機とみたカグラは畳み掛けた。


「これで終わりだァッ!!」


 封印の書から繰り出さた式紙が鋭い刃となり、五月雨のように砂埃の中を叩きつけた。


「ははっ、はははは!!呆気なかったなぁ、過去の俺よ!」


 見下ろしながら高笑いをするカグラであったが、次の瞬間にその表情は一変した。


「――なッ、あれは!」


 砂埃が霧散すると、そこには式紙によって作られた人の模型が倒れ込んでいた。


「これはダミぃ…ということは…!」


 勘付いたカグラはすぐさま後方を振り向くと、視界の先には剣を振りかざした神楽の姿があった。


「ぜぁぁああッ!!」


「うぐっ!!」


 剣で受け止めたものの、不意をついた攻撃にカグラは対応しきれず、逆に地面へと強く叩きつけられる。


「一気にいくぞ!」


 神楽は靴を踏み鳴らして一気に距離を詰める。それと同時に、手元へ式紙を一直線で集結させることで一瞬にして鋭い槍へと変貌し、まるで投げ槍かのようにそれを倒れ込んだカグラに向けて投げ飛ばした。


「まだ…まだだ!」


 カグラが放たれた槍に向かって封印の書を当てると、封印の書に槍は吸い込まれ、次の瞬間には巨大な槍として反対に神楽へと放たれる。神楽は放たれた槍の速度に反応しきれず、


「ぐあっ!」


 跳ね返された槍が左肩をかすめ取り、真っ赤な血が宙に飛散する。左肩をかすめたことで重荷がかかり体のバランスも崩れかける。だが、


「――八頭!!」


 ヤマタノオロチの力を解放した封印の書からは8つの頭が出現し、向かってくる大きな槍に対して噛み付く。それを軸に神楽は体ごと回転させて槍の上へと飛び乗り、走り出した。


「うおおおおぉっ!!」


 体が重い、力も入りにくい。全力で動き続けた体は限界を迎えつつある。相手の勢いを崩した今詰めなければ、きっとこの先勝機はないだろう。だからここで、決めるしかない。今できる全力を出し切る…!


 槍の上を走り切り、宙に飛んだ神楽は言い放った。


「――フルバースト!!」


 六又に分かれた筆先が倒れ込んだカグラに向かって一斉に伸び、突き刺そうとしたその刹那――


「俺はまだ…負ける訳にはいかぬ!!」


 カグラも負けじとフルバースト技を繰り出し、お互いの筆先が一気に衝突。その衝撃波で二人は離れるように吹き飛ばされる。


「…く、やり損ねたか…。」


 吹き飛ばされた後に着地した神楽であったが、その先には体制を整えたもう一人の自分の姿もあった。


「ぐははははっ!ここまで追い詰められたのは何年ぶりか!だが…そろそろ終わりにするとしよう。」


 そう言うと、カグラは地面に封印の書を広げると、そこに向かって創造の筆を突き刺した。


「――な、そんなことをしたら神器が!」


 封印の書は神器とはいえ、式紙や封印した悪魔を内包した本に過ぎない。そんなものに剣を突き刺したら…


「ぐはははははっ!!目に焼き付けろ!これが封印の書に込められた真の力だァぁあ!!」


 まるで封印の書が泣き叫ぶかのように、突き刺した箇所からは勢いよく式紙と暗黒色の覇気が溢れ出し、それが創造の筆へと纏う。


 まさに言葉として表すならば《《強制解放》》と言えるだろう。力を無理やりにでも引き出すやり方…神楽にはそう思えた。


「これが、俺が苦しみの中で作り上げた最後の技だァ!お前にこれが受け止められまい!」


「…くっ、」


 その覇気の大きさに、神楽は思わず後ずさりしてしまう。


 もう無理だ…その言葉が心の中で木霊する。なにせ体はもう限界だ。全力を引き出そうにも、筋肉が疲弊して力が出ない。相手の絶大な攻撃を受け止める手段などない。


 だが、もしここで負けたらどうなる。また仲間を失って、己を悔やみ続けることだろう。みんなのためなら自分を犠牲にする覚悟…今の俺なら――


「…未来の俺に何があったかは分からない。きっと途方もない苦しみの中、ずっと耐え続けてきたんだと思う。でも、その力で仲間たちを傷付けると言うのなら、俺は全力で止める。たとえ――自分を犠牲にしたとしてもッ!!」


 神楽が封印の書を上空に投げ飛ばすと、上空で封印の書から幾重にも及ぶ式紙が溢れ出す。


「…まさか…おい神楽よすんや!それやと神楽も消えてまう!」


 猿之助が待ったをかけるも、その叫びは覚悟を決めた神楽には届かなかった。


 そして、封印の書から溢れ出た式紙が集まることで神楽の前に金色に輝く幕が何枚も現れる。


 これが、自分が打ち出せる最高で最大の技――そして祖父から教わった最終奥義。


「封印の書――オーバーブレイクッ!」


 剣を両手で構え、カグラへ一直線に伸びた金色の幕を潜り抜けながら走る。


「うおああああっ!!」


「…っ来るかッ!ならばこの手で夢も希望も打ち砕いてくれるわァッ!!」


 カグラは暗黒色の覇気を纏った剣を構え、向かってくる神楽へと突撃する。


「ぜぁぁぁあっ!!」


「ぐるぁぁああッ!!」


 お互い共に地面を踏み鳴らし、そしてついに金色と暗黒色――双方の剣同士が激突した。


 剣同士が衝突した時、音を置き去りにした衝撃波がその場にある全ての物を揺らし、遅れて地ならしにも似た重低音がその場を支配した。


「んぐ…ッ…!」

 

 剣越しにわかる絶大なパワー。最大限の力を込めたこの剣でさえも、一歩でも油断すれば押し戻されそうな勢いだ。


「ぐははははッ!!諦めろ!お前がどれだけ抗おうと、俺に勝つことは出来ない!」


「そんなこと…ない!俺の剣は色んな人の思いが詰まってるんだ!」


 両親は自分に生き方を示してくれた。

 愛桜は自分の命を賭けて救ってくれた。

 鈴音は自分に戦う意味をくれた。

 祖父は自分に覚悟と勇気を分けてくれた。

 仲間は自分に生きる希望を与えてくれた。


「――だから…負ける訳にはいかないんだぁぁあ!!」


 金色の剣が勢いを増して押し戻す。

 いける…このままいけば…


「お前は所詮過去の存在だ!過去のお前が、未来から来た俺に勝つことなど…出来ぬッ!!」


「ぐぁあッ!!」


 神楽の剣は相手の覇気に押され真上へと弾かれる。やはり力不足であったか。


「これで死ねぇえッ!!」


「…ぐっ!」


 カグラの刃先ががら空きになった神楽の腹部を捉える。


 負ける…?死ぬ…?

 ここで負けたら、次に奴は仲間たちを襲うだろう。ここで奴を倒さなければ、いけないのに…。


「かぐらぁぁあ!!」


 神楽がトドメを刺されると誰もが感じたその刹那、神楽の名を叫んだ鈴音のペンダントが光を反射してきらりと輝いた。


「――なッ…あれは…!」


 その輝きを見たカグラは動揺し、一瞬だけ動きが鈍る。その一瞬の隙を神楽は逃さず――


「――っ!いまだぁあっ!!」


「しまっ…!」


 ここを逃せば後は無い。

 神楽は今出せる全力を振り絞り、剣を敵の腹部へと突き刺した。


「…っ!ぜぁぁぁぁあっ!!」


 腹部を突き刺した刃を全力で真横に振り切り、そしてカグラの腹部を切り裂いた。


「うがぁぁあっ!!」


 肉が裂ける音と共に剣の軌跡を辿って血飛沫が上がる。直後、カグラは呻き声を上げながらもよろよろと覚束無い足取りでゆっくり後ずさりをした。


「うっ…ぐぅっ…!」


 大きく裂けた腹部からは溢れるように真っ赤な血が流れ出し、カグラは背中から音を立てて地面に倒れ込んだ。


「ここまでか…。」


 全身に力が入らなくなっていることを感じたカグラは、戦闘の継続は不可能であると判断して無機質な天井を仰ぐ。


 それと同時に神楽の体には激しく動いた衝動が一気に押し寄せ、剣を地面に突き刺したまま直立不動となった。


「「神楽!!」」


 激戦に立ち会っていた仲間たちが一斉に、全身傷だらけの神楽へと駆け寄る。その最中――


「は…はは…ははは。」


 突如、倉庫内に乾いた笑いが反響する。そのカグラの笑いに警戒したメンバーは一斉に武器を取りだして神楽を守る体制に入る。だが、これと言って何かをしようという感じはなく、ただ天井を見上げながら笑うだけであった。


「はぁあ…私の負けだよ、神楽くん。まさか、君が手を貸しているとはね。」


 その言葉の真意を神楽達は理解出来なかったが、鈴音だけはその言葉の真意に気付いていた。


 語りかけられた神楽はゆっくりと倒れ込むカグラに歩み寄り、しゃがんで言葉を掛けた。


「お互いの世界が違かったとはいえ、あんたは俺だ。一歩違えばあんたみたいになっていたはずだ。あんたがどんな人生を歩んでこうなってしまったのかは分からない。だけど、どんな困難があったとしても必ず、自分の手で未来を掴んでみせる。約束するよ。」


「ははっ、そうか。そりゃあ頼もしい。」


 笑みを浮かべた直後、カグラの体にどこから現れたかも分からない無数の黄金色の粒が集まり出す。


「これは…。」


「どうやら私はこの世界で死なせてくれないらしい。過去の…いやもう一人の私、最後に渡したい物がある。」


 そう言うとカグラは震える手で胸元のペンダントを掴み取り、それを力いっぱい引きちぎった。


「最後にこれを渡しておく。お守りみたいなものだ。」


 カグラから手渡されたのは、鈴音に付けられた物と同じ雫型のペンダントであった。


「私はあいつに勝てなかった。仲間も、家族も、全てを失った。だが、君ならきっと運命を乗り越えられると信じてる。この世界を頼んだ…そしてありがとう。」


 その言葉を区切りに、黄金色の粒がカグラの全身を包み込む。


「ま、待ってくれ!」


 《《ありがとう》》と口にした彼の表情はどこか穏やかであるように見えた。彼の真意を知らなければならない。そんな気がして手を伸ばすも、そこにはもう人の姿はなかった。


「…。」


 無数の粒が宙に霧散して舞い上がる。神楽は託されたペンダントを片手にその場で立ち尽くしていた。


「神楽くん!」


 鈴音の呼ぶ声に振り向くと、そこには仲間たちが安堵の表情を浮かべていた。


「神楽…しっかり覚えてる。神楽のおかげで嬢ちゃんも無事や。わいらを守ってくれてありがとう。神楽はわいらの英雄(ヒーロー)や。」


 どうやら、いつのまにか鈴音の拘束を猿之助が解いてくれたらしい。鈴音には特に外傷も無さそうであると確認すると、


「――よ、良かった。」


 神楽の体から一気に力が抜け、その場で座り込む。


「お、おい大丈夫か!?」


「へへ…ちょっと頑張りすぎたみたいだ。」


 代償が幸いして、痛みや痺れの感覚などは一切ない。だがきっと、無理矢理に動かした全身の体はぐちゃぐちゃになっているのだろうと予想は付く。命があっただけ良いのだろうが…。


「神楽くん…!神楽くん…!」


 ぐったりとした神楽の体を、鈴音が両腕で強く抱きしめる。泣きじゃくりながらも名前を繰り返し呼ぶ鈴音の姿は、まるで泣きじゃくる子供のようであった。


「神楽くん…!本当に怖かった…神楽くんが居なくなっちゃうんじゃないかって…。」


「はは…代償のこと、猿之助が教えたのか。大丈夫、いなくなったりはしないさ。」


 そう言いながら、神楽は力を振り絞って鈴音の頭を片手で撫でる。


 自分のもう一つの代償――存在記憶の消失。力を使えば使うほど、他人の中にある自分に関する記憶が消え、使い過ぎてしまうとこの世界からも完全に忘れ去られてしまうものだ。正直、ここで消えてしまうことを覚悟してはいたが、少なくとも仲間の記憶までは消えなかったようだ。おそらく、以前のオロチ戦での活躍が世界で広く知られていたおかげだろう。だが、次は…。


「神楽…本当によくやってくれた!今は体が心配だ!戻って早く休もう!」


 猿之助ら仲間の肩を借りてその場を後にする。


 未来の自分を打ち倒し、鈴音を救うことが出来た神楽。しかし神は、神楽たちに休むことを許さない。その裏ではまた大きな厄災が動いていた。

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