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神楽の守り人  作者: 白石 楓
IV.もう一人の神楽編
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第十七話後編 「カグラ」

 同日夜――鈴音の居場所を突き止めた一行は、その地まで扇浦の車を走らせていた。


 真夜中の暗黒に一際目立つブルー色の外車。車好きな扇浦の愛車に、助手席はアンコ、その後ろに未歩と猿之助が乗っていた。


「じゃあええか?ここでなんやが、もう一度詳しく神楽の代償について説明するな?」


 神楽の代償についてだが、鈴音の件は急ぎであることから神楽宅では簡単な説明のみであったため、猿之助は再び代償について話をすることとなった。


「まず一つ目は感覚の喪失や。痛覚、温冷感覚、位置感覚、触覚…そないな感覚を代償としとる。わいが見た限り、今んところは痛覚と温冷感の障害はあるようやが他覚的やからな、細かいところまでは分からん。そして代償というのは必ずデメリットだけではなくメリットも伴う。そこで問題や。アンコ、この代償のメリットは何やと思う?」


「…ぇ?んーと、そうねぇ…。」


 唐突に出題された問題に対し、アンコはうーんと唸りながらも十数秒考える。その後にゆっくりと口を開いた。


「んーと、まずメリットとしては怯みがないってことかしら。アタクシ達は痛いとか熱いとかで怯んだり恐怖を感じたりするけど、彼にはそれがないわ。だから絶え間なく攻撃するという面ではメリットよねぇ。」


「せや、正解や!せやさかい、油断せんとしっかりと守りの意識を持つ必要があるな。」


 巨人戦、死神戦、ヤマタノオロチ戦など様々な困難を乗り越えてきた神楽であるが、思い返せば痛みの訴えがなかったり、全身傷だらけでも難なく立ち向かっていたりと、言われてみれば合致することが多かったことにメンバーは気づく。


「そしたら次はデメリットや。未歩、分かるか?」


 次に質問が振られたのは未歩であった。急に当てられた未歩であったが、次当たるかもしれないという予測で動いていたため、既に考えは纏まっていた。


「そうね、デメリットとしては気付かない内に体の負荷が掛かることじゃないかしら。私たちは痛いから休もうとか思うけど、その感覚がないのなら休息の判断もつかないはずよ。彼のことはよく見ていたもの、分かるわ。」


「さすが兄妹やな!正解や!せやから、神楽に負荷を掛けさせれば勝機はあるっちゅうことや!」


 負荷を掛けさせ続ければそこには大きな隙が生まれる。そこに付け入ることが最大の打点であり、神楽の弱点でもあるということだ。


「したら次は二つ目の代償について話すで。」


「…な、二つ目だと!?」


 当然のように二つ目の代償について語ろうとする猿之助に対し、聞き耳を立てていた運転中の扇浦は思わず大声をあげる。最も、その場にいる未歩は新参であるが故にその異常さは理解できないが…。


「なんや、扇浦は知らんかったんか?ほら、神楽は《《封印の書》》と《《創造の筆》》のふたつの神器を持っとるやろ。当然、代償は二つあるに決まっとる。」


「…まぁそれはそうか。」


 冷静に考えれば、猿之助の言う通りだ。代償はその大きさから一つしかない者ばかりのため感覚が麻痺していた。


「そして封印の書である二つ目の代償は――存在記憶。能力を行使すればするほど、他人にある自身に関する記憶が一切消えていくものや。一見、身の危険のない安全そう且つ無制限に使えて便利そうに見えんねんけど、尺度を間違えるとえらいことになる。それは…世界から自分の存在が消えるということや。」


「「――っ!?」」


 世界から自分の存在が消える。

 インパクトのある文言に、その場にいたメンバーは静かに衝撃を受けた。


「神楽は影が薄いのはみんな気づいとると思うが、それも代償の一種や。それはまるで、物に名前という指標がついて初めて認識されだすように、神楽を神楽と認識するものが居なくなれば、その場にいるのにまるで世界から忘れられたかのような透明人間同然になるということや。」


 難しいようで原理は簡単。神楽の記憶が全ての人から消えれば、神楽という存在そのものを意識しなくなり、その場にいないも同然の状態になるという話だ。人は蚊なんてものを常に認識して生活している訳では無いだろうが、いわゆるそれと同じ状態に近い。


「猿之助さん、ひとつ質問があります。そうなった場合、兄が成したことはどうなるのかしら。例えば、兄がヤマタノオロチを倒した事実は残るわけですし、」


「おお!ええ着眼点や!ナイス妹!」


 その質問に対して、猿之助は指を鳴らして未歩を褒め称える。そして猿之助はその回答を始めた。


「今までの経験則で言うならば、他の情報で補完されることになるな。例えば、運動会のリレーで本来は神楽が走ったところやのに、違う人が二回走ったように他の人の記憶が改竄される…みたいな感じやな!」


「なるほど。本当に世界から存在が無くなるんですね。」


「せや。そして存在も消えることは差し出す代償も消える。すなわち、神器の能力も失われる。せやから、大技はあまり出せないはずや。」


 これも思い返してみれば、創造の筆でのフルバースト技は常と言っていいほど出してはいるが、封印の書は応用術というものばかりで、フルバースト技を使っているところはほとんど見てはいない。猿之助の説明を元に考えればこれも合致する。


「せやからワイらが対峙した時は、防御を固めつつ相手が疲弊するのを待って、隙を付くのが一番ええと考える!どや?」


「「おおー!」」


 猿之助のキレた作戦に、アンコと未歩はぱちぱちと拍手を送る。その拍手もあって、猿之助も何気に鼻を高くして自慢げな顔を取る。そんな時、扇浦が口を開いた。


「しかし、相手が100パーセント神楽と決まったわけじゃない。装った集団かもしれないし、別の何かかもしれない。作戦立てはいいが、それに固執せずしっかりと臨機応変に行こう。」


 扇浦の意見に三人は頷いて気合を入れた。


「ところでナギちゃん、聞いてもいいかしら?随分走らせているようだけど、アタクシ達はどこへ向かっているのかしら?」


 車を走らせてからもう30分は経っただろうか。目的地を未だ知らないメンバーは扇浦に問う。


「あぁ、そういえば言い忘れていたな。向かう先は川崎だ。そこのとあるマンションの一室で神楽の姿は途切れた。」


「川崎…って確か。」


 地理の苦手な未歩は俯きながらも、頭のキャンバスに拙い日本地図を描く。川崎といえば横浜市に隣接している場所であったなと、うっすらではあるが記憶している。


「そないな辺境地に鈴音は誘拐されたっちゅうんか!」


「コンビニとかもあるんですかねぇ…。」


「…おい、そんなこと言うと川崎市民に怒られるぞ!川崎は神奈川県内の立派な市だ。決して辺境の地ではない!」


 猿之助といい未歩といい、横浜市民は横浜が日本で一番良い市と捉える傾向が多い。何故ここまで傲慢な人が多いのだろうか。長年の謎は尽きない。


「さぁ、そろそろ着くぞ。」


 薄暗い住宅街に入った車はそのスピードを落とし、メンバーは窓越しで見慣れない景色を見渡す中、扇浦はブレーキを踏んだ。


「随分と暗い場所ね…。ここは本当に神奈川なのかしら?」


 開口一番に未歩がそう口にする。

 とはいえ、首都圏で長年働いてきた扇浦とてもその言葉に異論は無い。


 おそらく団地ブーム時代に作られたであろう集合住宅が並び、周囲には今にも消えそうな街灯がぽつりぽつりと大きな間隔で配置されている。建設当時の暖かな雰囲気は消え、今や固く冷たい建物のみが時代の波に留まっていた。


「よし、降りるぞ。」


 扇浦の合図と共に、メンバーは車内から出る。

 この場所に鈴音たちが…。迫った団地を目の前に、そんな思いを誰もが潜めていた。


「…よし、みな準備はいいな?ここから先は何が起こるかわからない。突然敵に襲われる可能性もある。十分周囲を警戒して、武器もいつでも出せるように構えておくんだ。」


「「了解!」」


 メンバーは首を振り、武器を携帯しておく。


「…それでは行くぞ。」


 全方角に視線を向けられるように、メンバー同士で背中を寄せ合いながら集合住宅の中を突き進んでいく。


 その最中、特に異変は起こることはなく目的の場所までたどり着いた。


「よし、ここの402号室だな。ここを最後に姿を消している。」


 部屋番号402と書かれた扉。この先に果たして二人はいるのだろうか…。


「鍵は空いてないみたいやな。したらワイの神器でこじ開けるで。準備ええか?」


 この扉を開けた瞬間、戦闘が起こる可能性が高い。メンバーは各々武器を構えて待機する。そして――


「おらぁぁあ!!」


 金の延べ棒が伸びる勢いで扉を易々と破壊。メンバーは一斉に部屋の中へ突撃する。


「嬢ちゃん!!」


 勢いよく扉を開けて部屋へ乗り込む。そこでの光景に猿之助は驚きの声を上げた。


「う、うそやろ?」


 まさに立つ鳥跡を濁さずとはこのことだろうか。鈴音の姿が見当たらないどころか、人がいた形跡などひとつもなかった。


「ちょっとなぎちゃん〜、本当にここであってるんでしょうねぇ!?」


「いや...合っているはずだが...。」


 監視カメラをたどって得た情報だ、間違いは無いはず。しかし、蓋を開けてみればもぬけの殻…。


「いないなら仕方ないわねぇ。」


 鈴音の姿がなかったことで撤収モードのメンバー。だが扇浦だけはどこか違和感を感じていた。相手はこちらの動きに勘づいて逃げたか、あるいは...。


「とりあえず、また仕切り直しってことね。鈴音さん、無事なら良いのだけれど。」


 兎にも角にも、そこにいなかったのなら撤収する他ない。メンバーは順にマンションの階段を降り、落胆の念と共に地に足を付いた。


「まぁもし仮に神楽ちゃんだとしたら、いつまでも同じ場所に留まっているわけないわよねぇ。あの子、賢いもの。」


「…せやな。」


 猿之助はアンコの発言に同意をする。神楽ならば痕跡を散らして捜査の目を掻い潜るぐらいの動きは取ってくるはずだ。神楽たちが見つからなかったのは残念だが、同時に神楽と戦わずに済んだという安堵も猿之助にはあった。


「仕切り直し…とはいえ時間は掛けられないわ。早く戻って今後のことを考えないと。」


 落胆、安堵、焦り…。

 各々がそれぞれの感情を抱きながら帰路に着く。みんなの後ろに付いていた扇浦も、良くも悪くも何もなく終わったなと、そう思いながら気を緩めようとした時であった。


「…ん…?」


 微かに風を切る音が聞こえたような気がし、扇浦はその場で歩みを止める。耳を研ぎ澄ましたその瞬間――


「――螺旋弾」


 その声と共に、空間を切り裂く風音が背後から耳元へと届く。それに気付いた最後尾の扇浦は咄嗟に神器を取りだし――


「守れぇッ!」


 仲間を貫くまであと数秒も残されていないというギリギリで扇が後方へ展開。振り返った扇浦が放った神器は、螺旋状の弾丸に触れて火花を散らし、その軌道を外れて斜め下へと落ちる。


「な、なにっ!?」


 岩を砕くような大きな爆発音が耳に入り、そこでやっと未歩達は何者かに攻撃されたことに気が付く。


「気を付けろ!何者かに攻撃された!」


 扇浦の掛け声に合わせ、他の全員も神器を装備して戦闘態勢に入る。


 一気に緊張感が走り抜ける中、遠くからパチパチと拍手が鳴り響いた。


「素晴らしい、俺の攻撃を察知するとはなぁ。」


「...神楽、」


 黒のコートを身にまとって現れた神楽。噂の通り、姿・形・声も全くの同じ。だが、以前とは異なる強者の風格は彼らに固唾を飲ませた。


「お前、まさか待ち伏せをしていたのか!」


 扇浦が強い口調で問い掛けると、神楽はニヤリと口元を歪ませて答えた。


「ふふっ、そうさ?仲間思いの君たちならきっとここに来ると思ってねぇ...簡単に始末できると思ったんだけど、どうも読みが外れたようだ。」


「不意打ちとは汚いことをするようになったものだな。」


「何を言う、ただの戦略だ。戦いはココ()を使わなければ勝てない。」


 神楽は頭をコンコンと指さしながらそう言う。


 扇浦は最初、神楽がただ闇堕ちしただけなのではと思っていた。だが、この少ない関わりの中だけでわかった。目の前に存在する神楽は、以前の神楽よりも数段階も格が違うと。


「…お前の目的はなんだ?」


「目的か、そんなの決まっているだろう。君たちを一人残らず殺すことだよ。」


「――っ、」


 《《殺す》》などという神楽からは聞きなれない言葉が次々に飛び出す。そして、その発言をした時の眼はいつにもなく真剣なものであった。これは決して冗談では無い。本当に殺しに来たのだ。


「ねぇ、そんなことばかり言ってないでさっさと鈴音を返しなさいよ!今何処にいるのよ!」


 次に言葉を放ったのは未歩であった。


「そうか、君たちは鈴音を助けに来たんだっけねぇ。まぁ安心したまえ、あの子は無事さ。ただ、易々と渡す訳にはいかないものでね。」


「なに?渡さないと言うの?」


 未歩は持ち前の強い口調で神楽を責め続ける。しかし、神楽は物怖じ一つもせずに話を続ける。


「もしその要求を断ったら、どうなる?」


「…断るなら、私は…」


 未歩は左右の双剣を体の前で構える。

 断れば力ずくでも押し通す。その意図を汲んだ神楽は目を見開いて武器を構えた。


「ほう?あくまで俺に逆らうつもりか。いいだろう!掛かってこい!」


 未歩は、紅に染った剣を自身の顔の前に構える。


「…いくよ、愛桜。」


 紅の剣が一気に燃え上がる。

 それを合図に、双方が一気に走り出した。


「応用術――五月雨!」


 小さな刃となった無数の式紙が神楽の周囲に展開され、弾丸が如くの速さで未歩へと発射される。


「そんなもの!」


 本来ならば弾丸の速度で発射されるものを視認して防ぎ切る事など不可能だ。だが、未歩の血流操作の技がそれを可能とする。目、脳、腕の筋肉全体に血流を集中させることで、視認してから自身に当たりそうな弾丸を全て切り落とす。


「やるじゃないか!その赤い剣は…なるほどなぁ。」


「ごちゃごちゃ聞こえないわよっ!」


 射程圏内に入った神楽に対し、縦横斜めと左右の剣を交互に振り回す。だが、その攻撃はひらりひらりと簡単に躱され、右手の氷結の剣を振るった時であった。


「――っ!」


 その斬撃を突如として封印の書で受け止め、神楽はにやりと笑う。


「応用術――楔!」


 本から表れし草木の楔が氷結の剣を飲み込もうとする。しかし、それに気付いた未歩はもう片方の火炎の剣を使い、その楔を完全に焼き切って後方へ距離を取る。


「ほう?驚くべき判断速度だ、褒めてやろう。」


「私は嫌という程を見てきたから、あなたの技ぐらい分かるわ。本当、目障りなほどに。」


「そうか、どうやら俺はお前の戦力を低く見積ってたようだ。昔からお前はプライドが高くてヤケになるところがある。故に、剣を当てようと必死になると思っていたのだが…まぁよい。」


 この一瞬でおよそ30秒。その内、戦っていた時間は10秒ほどしかないだろう。しかしながら、相手の行動を見透かしているかのような回避術に加え、余裕のある身のこなし。この一瞬だけで分かる――絶対に勝てないと。


「どうした?来ないのか?」


 攻めあぐねている未歩に対して手招きをする神楽。


「――――」


 未歩はその時、ふと猿之助から教えてもらった神楽の弱点を思い出す。


 神楽の代償の1つ目は「感覚の喪失」である。痛覚、温冷感覚、位置感覚、触覚…そのような感覚というものを代償としており、現段階では痛覚と温冷感覚は消えているとの事らしい。相手が気付かぬうちにダメージを蓄積し続けさせれば勝てるとのこと。しかし、逆を言えば痛みや温冷感覚では怯みもしないバーサーカーとなれるメリットもあり、こちらも慎重に守りを固めなければ致命傷を追う可能性がある。


 二つ目の代償は「存在記憶」である。神器の力を使うと同時に、自身に関する周囲の記憶が無くなるというものだ。一見、永久的に使えそうな代償と思うかもしれないが、力を使いすぎると自分の存在自体が周囲に認識されなくなるのでは無いかと予想しているらしい。そのため、大きな技は打ってこないとの事であったが…そもそもの問題、元が強すぎるが故に傷一つも与えられず。それらの助言は意味を成さなくなっていた。


「どうした?そんな固まって。来ぬというのなら、こっちから行かせてもらうぞ!」


「――ひっ、」


 その直後、視線で捉えていたはずの神楽は影となり、一瞬のうちにして未歩の目前まで迫る。


「――間に合わっ...、」


 あまりの速さに体が追いつくはずなく、視覚として情報が伝わった時には既に剣先が未歩を捉えていた。


「かぐらぁあッ!」


 剣が迫ったその二人の間、猿之助が金の延べ棒で受け止めながら割って入る。


「うぐっ...!」


 後ろにいた未歩はその割り込みで突き飛ばされ、さらに後方へと距離を離される。


「おい神楽!一体なんでこんなことするんや!ワイらは仲間やないのか!」


「くふっ、仲間ァ?そんなもん、とうの昔に捨ててきたわ!俺が望むのはただ1つ、圧倒的な力のみだ!!」


 その刹那、螺旋状に巻かれた鋭い弾丸が地面から出現して構える猿之助の神器に強く打ち付けた。


「ぐわぁ!!」


 まさか地面から攻撃が飛んでくるとは…。

 不意をつかれた猿之助は受け止めきれない衝撃で宙に強く打ち上げられる。それを見越していたかのようにその真上を神楽の影が通ると、猿之助の腹部に向けて踵を下ろした。


「うわぁあああァッ!!」


 猿之助は勢いのまま地面に叩きつけられる。地面が揺れ、砂埃が一気に舞い上がる。そして猿之助の口元からは重力に逆らって一気に血が溢れ出した。


「猿之助!!」


 その一瞬の光景を見た扇浦が名前を叫ぶ。だが、その返事が返ってくることは無かった。


「さァ、つぎはどいつかな?」


「くっ...くっそぉぉぉおっ!!」


 目の前で猿之助がやられたことで未歩は激昂。地面に手を付き立ち上がり、雄叫びを上げながら神楽に向かって思いのまま駆け出す。


「ま、待て!いくな!」


 扇浦の忠告など無視し、ただ感情のままに走り抜ける。その行動を察知した神楽は再び口元を歪ませた。まるでその行動を嘲笑するかのように...。


「...ッ!ぶっ殺してやる!」


 距離を詰めた未歩は大きく飛び上がり、同時に右手に持った氷結の剣を地面に強く投げ、地面に突き刺さる。すると、瞬きもしないうちに神楽の足元に分厚い氷が張り、動きを封じる。


「ぐっ、氷結攻撃か!」


「これでしねぇぇええっ!」


 飛び上がった未歩は橙に燃え上がった剣を体の前にかざし、剣から溢れる爆炎によってまるでジェットエンジンのような大きな回転力を得る。遠心力をも加えた最大級の斬撃、これなら…!


「…甘い、甘すぎる!」


 その斬撃を神楽は余裕の表情で、剣一本で受け止めた。


 受け止めた直後、地割れでも起きたのかという大きさの重い衝撃音と共に、発生した爆風が扇浦達の髪を強く揺らす。


「うおあああああ…ッ!!」


 未歩の叫びと共に、剣は炎の勢いを増して黄色へと変化する。ここでなんとしてでも押し切る。遠心力に加えて強い思いが重なった今、あのオロチを下したレベルの勢いが籠った剣であったが...


「――その程度か。」


 覇気を纏った創造の筆で振り払い、斬撃を一蹴。空中に投げ出された未歩に向かい、そのまま剣先を向けた神楽は――


「――死ね。」


 創造の筆が未歩の腹部を貫こうとしたその時であった。


「させるか!」


 扇浦が咄嗟に、神器である殺戮の扇子を投げ飛ばし、未歩と剣先の間に挟み込む。そして、そのままの勢いで剣と扇は接触した。


「ぐほッ...」


 未歩は剣による衝撃によって遠方へと吹き飛ばされ、まるで投げ飛ばされた人形のように、着地した体躯はコロコロと地面を転がってやっと静止する。


「ちっ、邪魔が入ったか。」


 怪訝そうな顔をしながら、神楽は扇浦の方へと睨みを効かせる。それと同時に、遠方から扇型の神器が扇浦の元へと戻ってくる。


「何とか間に合ったようだな...だが...。」


 未歩が腹部を貫かれるであろう一歩手前、扇浦がとっさに投げた扇が腹部と剣先の間に挟まり、ギリギリのところで腹部へ到達することを防ぐことが出来た。だが、その勢いを受け止めた扇には大きな円形の跡が彫られ、その耐久力を大きく削られていた。


「それで仲間を守ったつもりのようだが、所詮は時間稼ぎにしかならん。もはや、その神器は使い物にならない。守ることが出来なければ俺に全て破壊し尽くされるのみ。お前に未来を変える力は無いのだよ。残念だったな。」


「...く、もうダメか...。」


 悔しいが、的を得た答えだ。

 神器も使い物にならない、仲間も二人瀕死の状態。残るはアンコと自身のみ。こんな絶望的な状況下ではもはや生き残る選択肢など存在しない。


「...那義ちゃん、聞いてちょうだい。」


 生きる選択肢を失っていたその時、隣でアンコが囁き、視線が上がる。


「アタクシが囮になるわ。倒せはしなくても撹乱だけなら出来る。その隙にあの二人を抱えて逃げてちょうだい。」


「だ...だが!」


 そう言おうとした扇浦の口元を、アンコは人差し指で抑えた。


「アタクシ、夢だったの。家族のような関わりが欲しいってずっと思ってた。家族のいないアタクシにとって、家族のようなアナタ達の存在はかけがえのないものだったわ。そんなかけがえのないものだからこそ、最後ぐらい守らせて?」


 ――アンコには家族が居ない。正確には家族の記憶を無くしてしまっていた。



 アンコは元々、普通の男性として生まれて過ごしてきた。両親は超一流企業の大社長。代々血脈で続いてきたその会社を一人息子であったアンコが引き継ぐ予定であった。だが、高校生になったアンコは初めて自分の性の違和感に気付いた。


 自分の認知している性と、周囲から見られる性との間に生まれたギャップに常に苦しめられてきた。そして背中に乗った将来という圧力、次期社長候補としての重しがさらにその苦しみを増幅させた。そして成人を迎え、次期社長としての手続きが始まるような頃、アンコは意を決してそのことを話した。


「僕...女の子になりたいんだ。」


 そう言った時、家族は初めキョトンとした顔を見せた。だが、その意味を理解した時には既に怒りを露わにしていた。次期社長であるからには、そのようなふざけたことは許されないと。


 そう言われるのだろうとは心の中で分かってはいた。だがもしかしたら...親ならば肯定してくれる可能性もあるかもしれない。そう思って口に出した。だが、結果は仲違いという最悪の形で終わってしまった。


 それ以降は最低限の荷物だけをまとめて家を飛び出した。行く宛もなく、ただ手元にある親譲りの貯金だけを頼りに日々を必死に生きてきた。自暴自棄となっていたのでろう。だが毎日が充実していた訳では無い。時には公園や神社で寝泊まりをすることもあった。そんな時だ、神と出会ったのは。


 神器を授かる代わりに代償を伴う。それを聞いた時は手を出すことは危険だと思っていた。だが逆に、代償としてもはや邪魔なものとなっていた家族の記憶を忘れることができるというのはアンコにとって大きなメリットでもあった。だからこそ、家族の記憶を引き換えに神器を授かった。



「...アタクシには家族はいないし、その記憶もないわ。でもある日気付いたの。アタクシは嫌なことから逃げたかっただけで、家族自体は好きだったんだって。そんな時にアナタ達に出会って、まるで家族のようで、楽しかった...。だから、アタクシは守りたいの。」


「...アンコ、」


 真っ直ぐな眼差しで語るアンコの姿が、扇浦に強い思いとして伝わる。だが、アンコを置いてその場を去るなど扇浦にとって出来ることではなかった。


「話はもう終わりか?なら、それさえも...無駄な抵抗と知れ!」


 そんな二人の様子を見兼ねた神楽が大きく剣を振り下ろすと、創造の筆先が六又に枝分かれし、扇浦とアンコ両方へ襲いかかる。


 一瞬のうちにして刃が目前まで迫る。頭で考える余地すら残されていない。何もかもが以前の神楽とは比べ物にならないぐらい速く、そして強力だった。


「...ぁ、」


 それを目前に二人は死を悟った。絶望とはこのことを言うのだろう。何をしても抗えない運命。なぜこうなってしまったのだろう。どこで間違えてしまったのだろう。二人が最後に思うのは《《後悔》》という二文字であった。


「俺の仲間に…何やってんだ!!」


 その時であった。聞き覚えのある声と共に、背側から刹那に現れた六本の剣先が、迫り来る六本の剣先とかち合い、攻撃を相殺し合う。


 何が起こったのかと二人が振り返るとそこには――

 

「――か、神楽!?」


 そこにはいるはずのない瓜二つの神楽がそこにはいた。


「神楽が二人いるということは、やはりあいつは...。」


「...あぁ、間違いなく偽物だよ。」


 その神楽の頷きに、もしかしたら本物の神楽かもしれないという憂いは無くなった。


「ちっ、ここで会っちまったか…運が悪い。まぁよい。鈴音はこの俺が預かっている。鈴音を返して欲しくば、明日の夜、横浜駅近くのコンテナ倉庫場まで来るんだな!」


「おい待て!」


 神楽が待ったをかけた時には、既に偽物のカグラの姿は消え去っていた。


「神楽ちゃん...?本当に本当の神楽ちゃんなの!?」


「...あぁ、いきなり姿を消して申し訳なかった。」


「良かった!アタクシ...アタクシ...!」


 泣きそうになりながらアンコは神楽の元へ近寄る。まさに感動の再会...といきたいところだが、


「――そんなことは後でいい!今は倒れた二人を病院まで運ぶんだ!正直、お前も本物の神楽なのかどうか信用していない。だが仲間だと思うなら、手伝え。」


「...分かった。」


 神楽によって半壊したメンバー。そして、相対するものとして現れたもう一人の神楽。果たして、その神楽は本物なのか。はたまたこれも偽物なのか...。

読者の皆様、お待たせいたしました。

今回は一万字を超えるボリュームとなっております。

神楽の代償も明らかになってきたところで、これから神楽はどんな結末を辿るのか。ぜひ楽しみにお待ちください。

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