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神楽の守り人  作者: 白石 楓
IV.もう一人の神楽編
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第十七話前編 「カグラ」

「あぁクソ!なんで毎回こうなるんや!」


 強烈な打撃音と共に机が衝撃で揺れる。


 猿之助がこれほどの苛立ちを覚えたのは久しぶりのことである。神楽の足取りは未だ掴めず、その上鈴音の失踪に続いて麗奈も音信不通となった。この上手くいかない現状に、猿之助の怒りのメーターもピークに達していた。


「サルちゃん、気持ちはわかるけれど怒っても仕方ないわ。今は対策と解決策を考えましょう?」


 その場にいたアンコが猿之助の顔色を伺いながらも、優しい口調で諭す。しかし、


「解決策いうても、何も分からん現状でどないしろいうねん!」


 至極真っ当な意見に、安倍家に集合したアンコ・未歩も黙りこくった。


 未だに手掛かりを得られるどころか、事件が多発するばかりで追う謎は増える一方。どこから手をつけて良いかも分からず、まさに詰みという状態にまで陥っていた。


 そんな時であった――沈黙を切り裂いて一つのインターホンが鳴ったのは。


「何か頼んでたかしら…。」


 自室から玄関へと急ぎ足で向かう神楽母の影が横切る。そしてその数秒後、突如として異変は起こった。


「きゃぁぁぁあ!!」


 突然に鳴り響く女性の悲鳴。

 その声に反応し、三人は何があったのかと急ぎ玄関へと向かう。するとそこには…


「うっ…うぐ…。」


 汚れきった服に傷だらけの皮膚。淡い青髪を下げ、尖った獣耳を付けた人間らしきものがそこには立っていた。


「きゃあああ!バケモン…バケモンよぉぉ!!」


 得体の知れない何かに恐怖心を抱いた母はパニックに陥り、勢いのまま玄関から追い出そうとする。だが、


「お母さま、ちょっと待ちなさい!」


 そこへ咄嗟にアンコが待ったをかける。すると、その者は力の無い足取りでゆっくりとアンコへ近寄り――


「だ…だんちょぅ…。」


 その声を聞いた瞬間、アンコの中での勘は確信に変わり、アンコの方からその者を強く抱き寄せた。


「麗奈ちゃん!?麗奈ちゃんなのね!こんなボロボロになっちゃって…。」


 その者の正体は、昨日から姿を消していた岡崎麗奈であった。


 もはや、あの時の煌びやかな女子高校生の姿はそこには無かった。右腕を無くして顔も爛れ、皮膚はあちこちめくれ上がり傷だらけ、耳もふさふさの獣耳へと変化していた。


「い、一体何があったというんや…。」


「今はそんなことどうでもいいわ!とりあえず、応急処置だけしましょう!」


 困惑を隠しきれない猿之助に対し、未歩は冷静にそう促した。


 こうしてベットに運び込まれた麗奈であったが、未歩達の応急処置によってなんとか傷は塞ぐことが出来た。


「麗奈ちゃん、無理はしなくてもいいから一体何が起こったのか聞かせてくれるかしら…?」


 限界に近い麗奈には悪いが、どうしても何が起こったのかだけは意識があるうちに聞かなければならない。


 そのアンコの投げかけに麗奈は、最後の力を振り絞るかのように力みながらも答えた。


「か…神楽に…襲われた。」


「「…ッ!?」」


 その場に居合わせる一同はその言葉に驚きを隠せなかった。その中でも、真っ先に驚きの声を上げたのは猿之助であった。神楽に襲われただなんて冗談にも程があると、そう思った。だが、ここまで傷付いた麗奈を見るに嘘を付けるような状況とも思えない。故に、猿之助はこう言葉を吐いた。


「嘘やろ?」


 しかし、猿之助の言葉に麗奈は頷きすらしなかった。ただ目線を落とす。それだけで答えは分かりきっていた。


「神楽ちゃんが襲ってくるだなんて嘘よ!絶対何かカラクリがあるに違いないわ!」


 固まっていた猿之助の横でそう叫んだのはアンコであった。猿之助だけではない、信じられないのはアンコも未歩も同じであった。


「...すがたもこえも、神楽と全く同じだった。でも、あれは何かが違う...。神楽じゃない、何か...。」


「「神楽じゃない何か...」」


 麗奈の含みのある言葉に三人は驚きのあまり復唱する。


「...そう、本当に神楽かどうかは分からない…だけど声も姿も…神器も同じだった。」


「…くっ、そうか…分かった。」


 猿之助は唇を強く噛み締める。

 敵が本当に神楽なのかどうかは分からない。しかし、神器まで同じとなると神楽と戦うかもしれないことを念頭に入れなければならない。なぜなら神器は契約者と神の間で作られしもの、この世に同じ神器は存在しないからだ。


「猿之助さん、兄と戦うの?」


 未歩はそう問いかける。しかし、猿之助は首を振った。


「いーや、神楽とは戦わない。こうなったんもなにか理由があるはずや。まずは言葉で解決する。それでも出来んかったら...。」


 猿之助が次の言葉を口にしようとしたその時であった。


 ――ピンポーン


 インターホンが響き、その言葉をかき消した。


「あぁん!もう!今度はなにぃ!?」


 アンコは若干の癇癪を起こしながらも玄関まで向かっていく。そして少しの時が流れた後、刻む足音が増えて戻ってきた。


「みんな、遅くなった。」


 アンコの後ろを付いて現れたのは、シャツにハットという夏コーデ姿の扇浦であった。扇浦は汗ばんだ顔にタオルを当てながらも、切羽詰まったような表情で言葉を放った。


「防犯カメラを追って、やっと鈴音の居場所だけ分かったぞっ...と言ったところだが...。」


 変わり果てた姿で横になる麗奈に、深刻な顔でそれを囲む仲間たちを一目見て、扇浦は今の状況が只事では無いことを知る。


「一体、何があった。」


 冷静な口調で尋ねると、猿之助は麗奈を眺めながら静かに呟いた。


「...神楽が麗奈を襲ったんだとよ。」


「...そうか。」


 扇浦はそう一言、皺を寄せて深刻そうな表情を浮かべながら口にした。


「実はだな、今回の話にも繋がってくるが、鈴音の誘拐に手をつけたのは神楽の可能性が高い。防犯カメラには顔は写っていなかったが、予想身長と体格から見てほぼ間違いないだろう。」


「...やっぱり神楽は敵っちゅーことか...。」


 麗奈の襲撃に加えて鈴音の誘拐...。腕まで切られたことを考えると、鈴音の命が無事かどうかも分からない。神楽と戦わなければならないということが徐々に避けられないものとして猿之助達の前に迫ってきていた。


「鈴音ちゃんの居場所は分かっているのかしら?」


「...あぁ、居場所は特定してある。私は救いに行こうと考えているが、最悪の場合は神楽と戦うことも視野に入れなければならない。長年連れ添ってきたお前たちには辛い選択となるだろう。その覚悟があるのなら、私と共に来て欲しい。」


 神楽と戦う。

 その言葉に、場に居たものは固唾を飲んだ。


「...ワイは...」


 猿之助が切り出そうとしたその時...そこに被さるように未歩が声を上げた。


「私は行く。仲間を傷つけるなんて、兄だとしても許せない。」


 未歩に続けて、アンコも口を開いた。


「...アタクシもいくわ。神楽ちゃんが苦しんで道を踏み外しているのなら、それを正すのが仲間としての役目だもの!」


「...みんな、、」


 迷いもなくそう言いきった二人に対し、猿之助はまだ覚悟を決めきれていなかった。


 神楽の守り人を立ち上げた当初から、まるで相棒のように足りない部分をお互い支え合ってきた。勇敢だが後先を考えない神楽と、広い視野を持つが保守的な猿之助。そして、長年コンビネーションを発揮してきた二人だからこその厚い信頼関係が出来上がっていた。だが、今は神楽の考えていることが分からない。自分が神楽に対してするべきことはなんなのかすらも...。


「...分からない。いや、」


 その時猿之助は気づいた。分からないのは、自分が分かろうとしないからであると。


 神楽がなぜこのような行動に出てしまったのか。きっと何か答えはあるはずだ。それをただ、《《分からない》》と一蹴して見て見ぬふりをするのは、仲間として、相棒として、失格では無いのか。だから――


「...決めた。わいも行く。もしここで逃げたら、それこそ神楽は一人になってまう。神楽の思いを受け止められるのは、仲間であるわいらだけや。」


 猿之助の覚悟を聞いたみんなは目線を合わせ、微笑みながら頷く。


「よし、それなら満場一致だな。そしたら、これから私の車で向かおうと思う。」


「ちょ、待ってんか。」


 そこへ待ったを掛けたのは猿之助であった。みんなの視線が一斉に向けられる。


「その前に、神楽と戦うのなら事前情報が必要やろ?神楽の代償について話しておきたい。」


 代償すなわちその人の弱点であり、契約者同士の争いも起こり得るため人に知らせることはタブーとされてきた。だが、神楽と戦う覚悟を決めた猿之助は、仲間の中で唯一知る神楽の代償について語るのだった。

お久しぶりです。白石楓です。

更新が遅くなってしまい、読者の皆様には申し訳なく思っております。

私生活が忙しく更新頻度が落ちておりますが、長めに見ていただけると嬉しいです

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