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神楽の守り人  作者: 白石 楓
IV.もう一人の神楽編
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第十六話「覚悟」

 場所は京都。

 古くから日本の中枢として栄え、未だに寺社仏閣が多く立ち並ぶこの地に、一人の青年が降り立った。


「…京都か。久々だな。」


 彼の名前は安倍神楽。

 京都に降り立ったのは実に十年ぶりぐらいであろうか。美しくも懐かしいその景色をしばらく噛み締めていた。


 以前、京都に来た時はまだ父親が入院する前であり、父に連れられてやってきたのが記憶の中では最後となる。


 京都へやってきたのはただ観光目的ではない。脈々と受け継がれている始祖・安倍晴明の血であるが、その本拠地は京都であったという。京都にある安倍晴明縁の神社――名を晴明神社という。この地は代々安倍晴明直系の嫡男が継ぐことになっており、ここで幼い頃に神器の契約とその使い方について学んだ。


「…ふぅ、やっと着いた。」


 格好もカジュアル、荷物も片手バックひとつという軽装備で来たものの、やはり京都にある神社というのは高いところに作りたがるため、登って訪れるのも一苦労だ。激しく照り付ける太陽に、盆地という地形も相まって、肌には汗がじわじわと染み出していた。


 長く続く階段を登り、ついにたどり着いた神社の鳥居を潜ろうと片足を踏み込む。するとその刹那――


「――うわっ!」


 神楽は突如腰を抜かして地面に尻もちを着く。そう驚くのも無理は無い。何せ、足を踏み入れた直後に神社内に飾ってあった多くの鈴がシャリンシャリンと音を立てて揺れだしたのである。


「えぇ…なにこれ…。」


 少なくとも、以前訪れた時にはそんなギミックはなかった。もしかして、何かそういうびっくりイベントでもしているのか…?


「ほう、やっと来おったか。」


 すると、真上から突然にして老爺の声が響く。その横を見てみると、下駄を履いた和服がヒラヒラと風に揺れているのが映る。その下辺から真上へと伝っていくと…。


「お、おじいちゃん!?」


「ふむ、待ちくたびれたぞ。我が孫よ。」


 そこには和服姿で立派な白い髭を生やした老人…いや祖父がそこにはいた。


「いつの間にそこにいたの…てかこの鈴はなに?」


「なに、ちょっとしたサプライズじゃよ。お主が今日、この時間に来ると分かっていたから用意しといたんじゃ。」


 そういうと祖父はポケットから小さなスイッチを取り出す。つまりは、スイッチで鈴を鳴らしていたということだろう。しかしながら気になるのは次の言葉だ。自分が今日来ると知っていたと言っているが、果たして冗談なのかあるいは…。


「とりあえず、中に入りなさい。わしに話したいことがあって来たのだろう?」


「は、はい。」


「ほれ、着いてきなさい。」


 そう言いながら祖父は曲がった腰に腕を組み、神楽の先を歩き始める。


 目は笑顔、物言いも優しい。だがどこか全てを見透かされている感じがして胸騒ぎがする。そんななれない感覚を抱きながらも、神楽は祖父の背中を追いかけた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「久しぶりじゃな、十年ぶりぐらいか。あの時はうんと小さかったんに、こんな大きくなりおって。身長も抜かされたわい。」


「それはおじいちゃんが縮んだだけじゃ?」


「まぁそれも含めてじゃ。さて、まずはご挨拶に参ろうか。」


 赤と金の装飾で彩られた境内を進んでいくと、本殿には何か先を見つめるように座る一人の銅像があった。この銅像の正体を自分は知っている。陰陽師の始祖であり、自身の祖先でもある安倍晴明だ。


 二人はその銅像の前に立つと、手を合わせて目を瞑った。


「晴明様、安倍家の血を継ぐ者が参りましたぞ。」


 一般の参拝者はパワースポットとして神様にお祈りをすることが多いが、奉られている安倍晴明はあくまで自分の祖先。神楽にとってはお墓参りのような意味も込められているため、しっかりと祈りを込める。


「さぁ、参ろうか。わしについて来なさい。」


 安倍晴明像へのお参りを済ませると、関係者しか入ることの出来ない内部へと扉を跨いで入る。


 一面緑の畳が敷かれ、障子が太陽の光を和らげる。宴会でもできるかのような広く開けた和室に、神楽と祖父は足を踏み入れる。


「ここは広すぎて困るわい。ほれ、卓のある奥の居間で座って待ってなさい。」


「は、はい。」


 その開けた空間をずっと突き進むと、障子に仕切られて6畳ほどの居間にたどり着く。そこに置かれたテーブルに神楽は正座で座る。


 久しぶりに訪れたこの居間。父と祖父とここで食べた真冬の鍋の味はいつまでも脳裏に焼き付いている。この柔らかな太陽に当てられて畳に寝転ぶことも好きだったし、座学で学んだ小さな部屋は辛くも楽しい思い出が詰まっている。毎年のようにこの場所へ帰省していた、その時の思い出が次々に蘇ってくる。


「待たせたな。茶を淹れて来た。少し熱いと思うが、美味しいぞ。」


「おじいちゃんありがとう。熱いのは得意だから大丈夫、有難くいただくよ。」


 茶器から湯気が大きくたつほどに沸かされた緑茶を手に取り、神楽と祖父は茶をひとつ呑み込む。


 昔は熱い物や辛い物、渋い物も苦手で毛嫌いしていたが、成長した今ではこの茶の渋みが好きになった。


「さて…では本題に参ろうか。」


 茶器を静かに置くと、祖父は開口一番に切り出した。それに応えるように神楽も手に持っていた茶器を置く。


「お主がここに来た理由は分かっておる。力が…欲しいんじゃろ?」


「…はい、そうです。僕にはまだまだ人を守れるような力も勇気もありません。だからそれを手に入れるためにここに来ました。」


 晴明神社は安倍家の直系の子孫が脈々と受け継いできた土地。そして祖父はこの京都で多くの悪魔を退治してきた言わばレジェンド的存在だ。ここに来れば、何か自身に足りないものを得られるかもしれない。そう思い、この場所へ訪れたのだが、


「…うむ、守れるような力か。だが、今のお主に教えるようなことはない。」


「え、どうして!」


 まさかの返答に、神楽は前のめりになって問いただす。


「お主にはまだ迷いが見えるからのう。自分でわかっているであろう?」


「迷い…。」


 迷いと問われて思い当たることはひとつであった。


「大切な何かを守るためには、大切な何かを失う覚悟が必要じゃ。運命を変える力というのは、そう簡単に手に入るものでは無い。ただ中途半端に知恵を付けることは返って自身を苦しめることになる。だから、今のお主に教えることは出来ん。」


「そんな…。」


 祖父の言葉に神楽は思わず絶句した。

 覚悟のない者には教えることは出来ない。祖父には自身の迷いも覚悟のなさも全て見抜かれていた。だが、ここで下がるわけにはいかなかった。


「確かに、今はまだその覚悟ができてないかもしれません。でも、俺がみんなを守りたいという気持ちは本当なんです!家族も、仲間も、世界も!だからお願いします!俺に力を授けてください!お願いします!」


 神楽は額を机に擦り付けるぐらいに頭を下げ、全力で祖父へ頼み込む。


 代償を払ってみんなを助ける覚悟。それはまだ強いとは言えない。だが、今ここで力を会得しなくては意味が無い。だからダメ元でも、身を貼ってでも…


「お願い…します。」


 繰り返し頼み込む神楽を前に、祖父は沈黙を未だ貫いていた。だがしばらくして、祖父は咳払いを皮切りに口を開いた。


「うむ…どうやら強い思いはあるようじゃな。その強ささえあれば、来る時に覚悟は決まるであろう。」


「ほ、ほんとですか!?」


 自信が祖父に認められた驚きと喜びで、勢いよく顔を上げる。


「うむ、男に二言は無いわ。今からお主に最終奥義を伝授する。そうと決まれば道場に向かうぞ、着いてきなさい。」


「は、はい!」


 神楽はすぐさまに立ち上がり、祖父の背中を興奮気味に追いかける。


 一面畳の部屋を出て、長く続く木目の廊下を進む。そして、廊下の一番奥に木製の扉が見え始め、祖父はその扉を両手で奥に押し開ける。


 木目の床が外から差し込む太陽の光を反射する。心・技・体の文字が壁に大きく飾られ、年期の入った木の焦げ目や装飾が、また神聖さを感じさせる。


 幼少時代、この道場もまた頻繁に足を運んでいた場所であった。体幹の付け方、体の動かし方、剣の使い方、神器の実践練習。自身の基礎はここで固められたと言っても過言ではない。


「どれ、秘奥義を教える前にまずはお主がどれだけ成長したか見ようとしよう。神器を構えろ。」


「え、実剣でやるんですか?」


 実剣での稽古は行ったことはあるが、このような模擬戦では必ず竹刀での立ち会いが決まりであり、実剣で行ったことは一度たりともなかったのだが、


「なに、お主にやられるような腕に落ちた覚えはないわい。何も案ずるな、全力で来なさい。」


 祖父は定位置に着くと、鶴折の式紙が祖父の周りを囲むかのように出現する。それに相対する位置に神楽も付き、創造の筆と封印の書を手に取って構える。


 祖父の神器を見たのは十年ぶりぐらいだ。とは言っても機会なんてそうそうない。過去に指で数えるほど見た程度だ。


 祖父の神器は安倍家が代々使用する式紙の一種である。無数の式紙を自由自在に操ることで戦う。過去、特別な技を使っていることは見たことはないが、何かを隠し持っている可能性はある。長年の契約者としての経験と未確定な能力。一歩間違えれば、死ぬ。


「さぁ、いつでも来たまえ。」


 頬に汗が滲み、全身を電撃のように緊張感が走る。風の音も蝉の鳴き声も全てを置き去りにした時、


「――ッ!」


 キュッと甲高い摩擦音を合図に、神楽は前傾姿勢のまま祖父の元へ走り出す。


「ゔぇあああっ!!」


 まずはためしに一太刀と祖父に剣先を向けるも、周囲を守る式紙がそれを受け止め、まるで樹木のようにしなやかな動きで剣を反発させて剣を跳ね返す。


「ぐっ!」


 反発された勢いのまま、神楽は後方へと飛び下がる。


「そんな甘い太刀など要らん!もっと全力で来なさい!でないと…殺してしまうぞ!」


 祖父が掌をこちらに構えると、周囲を覆っていた式紙一つ一つがガラスのように神楽の元へ迫る。


「応用術――帳!」


 その攻撃に対して、防御術である帳を発動。式紙が集結して防御壁を展開する。


 式紙同士が激しくぶつかり合い、壁に衝突した祖父の式紙は宙に霧散。まるで紙吹雪のように稽古場一帯に舞い散る。


 最初は防げていた攻撃であったが、次第に防御壁の末端が削れ綻びが見え始める。このままでは突破されると考えた神楽は創造の筆を地面に突き刺し――


「――フルバーストッ!」


 剣先が大きくしなることで爆発的な跳躍力を獲得し、そのまま宙へと飛び上がる。だが、神楽が飛び跳ねたのを見て祖父はにやりと口元を歪ませた。


「ふふ、掛かったな。」


「――ッ!?」


 その言葉の直後、舞い散る式紙同士が瞬時に結合し、1メートルほどの針となって宙に浮いた神楽を囲む。


 まさに四面楚歌。

 あえて一方向の攻撃を与えることで空中へ逃げるように誘導し、身動きの取れない状態にした。

そして事前に式紙を散らせることで攻撃が当たるように仕向けた。自分の祖父は、いったいどこまで読んでいたのか。


「お主はここまでじゃ。」


 無数の針が空中にいる神楽に向かって発射される。


 防衛手段としての式紙は先程まで帳を展開していたため、すぐに自身に纏わり付かせることは出来ない。ならば無効化できる手段としては創造の筆を使うしかない。


 しかし、剣で防衛したところでどうなる。封印の書を使えない状態まで追い込んだのは祖父だ。つまり、剣で防ぐことすらも読んでいる可能性がある。ここはもっと攻めた手段を取るべきだろう。防衛しながらも攻める…


「――そうか!」


 まだ手はある。

 あの時――マオを救えなかった時に放ったあの技をもう一度打てば…。


「体持ってくれよ!」


 六又に分かれた内の五本が神楽の周囲を包み込み、向かってくる針を弾き出す。しかし、速さも大きさも相まって、防衛をすり抜けて神楽の体を切り刻んでいく。だが、剣に擦れて軌道が変わったことで致命傷は避けることができた。


「くっ…今だ!」


 その刹那、残りの一本が稽古場の壁を強く蹴り上げることで横への移動力を得る。そして瞬時に祖父の元へと近づく。


「取った!」


 射程内に入れた神楽はそう確信した。だが、そう易々とやられるような祖父ではなかった。


「これでどうじゃ!」


 刹那、鶴の形をしていた複数の式紙が球体へと変形する。そう認識したのも束の間、その球体は突如として鋭利な棘へと形を変え、広範囲にわたってその先が神楽を迎え撃つ。


「応用術――八頭!」


 神楽がそう唱えると封印の書から八つの頭を持った龍が出現し、迫ってくる式紙の攻撃を咥えて勢いを相殺する。そして――


「ウぉぉおおおおッ!!」


 胸から肩にかけて、祖父の体を切った。


「ぐはぁっ!!」


 すれ違い様に耳元へ聞こえる祖父の痛々しい声。祖父の後方へと着地した神楽はすぐに祖父の方へと振り返る。致命傷は出来るだけ避けたはずだが、果たして…。


「おじいちゃん…?おじいちゃん!」


 祖父は胸から地面に横たわったままピクリとも動きはしなかった。揺らしても声をかけても反応はなし。血は出ていないが呼吸をしていない。このままではおじいちゃんは…


「――ほっほっほ、なかなかやるようになったでは無いか。」


「…えっ!?」


 斬ったはずの祖父の声がしたと思い振り向くと、声・形そのままの姿で道場の入口から歩いてきた。


「ぇ、え?」


「何を驚いておる。あれは式紙で作りあげた偽物じゃよ。」


 目を見開来ながら二度見をしている神楽にそう諭すと、直後に斬ったであろう祖父の体は複数枚の鶴へと変化して祖父の元へと戻る。


「何度言うたら気が済む。わしはお主なんかにやられるほど腕が落ちた覚えはないわい。」


「う…うそぉ…。」


 本当に祖父を殺してしまったのではないかと心配して損した気分だ。しかしながら、生きていて良かった。


「腕はかなり上がっているようじゃな。よかろう。では教えるとしよう、最終奥義――限界突破術の使い方をのう。」


「お…お願いします!」


 神楽は祖父に認められたという喜びを胸に抱きつつも、頭を下げて指南を乞う。


「うむ。では基礎的な復習から入るぞ。フルバースト技と言われる解放術と、オーバーブレイク技と言われる限界突破術、その違いを述べてみよ。」


「はい、えっと…」


 解放術とはその名の通り、その神器の能力を最大限まで引き出す術である。大きな代償を支払う代わりに、自らの意思で能力強化が出来る。


 対して限界突破術は、その能力をさらに凌駕した術である。解放術よりも大きな代償を支払い、強大な能力を得るが、人為的に発動するのは難しいとされている。


「うむ、ちゃんと知識はついているようだな。わしが伝えたいのは、その人為的に発動する方法じゃ。時に孫よ、限界はなぜあると思う?」


「え…何事も限界はあるものじゃ?」


 その返答を聞いた祖父はガッカリしたかのように大きくため息を付き、言葉を紡いだ。


「まだまだ何も分かっとらんのう。短距離走でとある選手が十秒を切った途端に、壁と言われていた十秒台を乗り越える者が多く出てきたというものがあるように、限界というのは要するに思い込みの一種なんじゃよ。自分が限界だと決めつけたところが限界なんじゃ。」


「な、なるほど。となるとその潜在意識をなくす必要があるということですか?」


 それを言うと、祖父は大きく頷いた。


「今からそのコツを教える。神楽よ、坐禅を組んで目を瞑りなさい。」


「は、はい。」


 神楽は祖父に言われた通りの体制となり、ゆっくりと目を瞑った。


「しからばまずは深呼吸じゃ。吸って吐く空気に意識を集中させよ。」


「――――」


 神楽はその言う通りに、空気の通り道を意識して呼吸を繰り返す。それを続けているうちに、段々と周囲の雑音や心の雑念がすっと消え始めるのを感じる。


「よし、さすればお主が一番後悔していることを思い浮かべよ。そして考えるのだ、あの時どうすればよかったのかを。何事にもとらわれずに、ただ想像だけを膨らませよ。」


 一番後悔していること。

 そんなのは決まっている、愛桜を亡くしてしまったあの時だ。


 愛桜を亡くさないためにはどうすればよかったのか、今でもわからないことだらけだ。だが、もし自分の能力に囚われない、そんな選択肢があるのだとしたら。


 ヤマタノオロチの正体は結局謎のままだった。だが、結果的には愛桜がヤマタノオロチを包むほどの爆炎で焼き払ったことで消滅した。ならば莫大で爆発的な勢いが必要だろう。それを幾重にも高速で叩き込む。それができれば…


「…の、のぉう!?」


 神楽の身に起こっていることに驚き、祖父は思わず情けない声を上げる。


 どこからともなく突風が吹き荒れ、道場全体を揺らし、封印の書が音を立てながらめくり上がり宙に舞う。


 封印の書から現れた式紙が無数に集まり、神楽の目の前に金色に輝くオーロラカーテンとして完成する。


「こ、これは…!?」


 祖父は突如現れた一枚のカーテンを観察し、その正体に気付いた彼は目を見開かせた。


 内心興奮冷めやらぬ状態であったが、ここは孫の前ということもあり、一つ咳払いで仕切った後に口を開いた。


「よし、やめじゃ。目を開いていいぞ。」


 神楽がゆっくりと目を開くと、目の前にあった金色のカーテンは姿を消し、視界の中央に勢いよく封印の書が落ちてくる。


「ど、どうでしたか…?」


「うむ…まさか一発でここまで完成させるとは思わなんだ…。早くても一週間はかかると思っておったのに…。」


「ということは結構良かったということですか!?何が起きていたのか分からないので教えてください!」


 神楽は自分の成長に喜び、思わず前四つん這いになって祖父の元へ近づく。そして祖父はそれに応えるように語った。


「うむ。お主は今ので限界突破術を人為的に発動することに成功していた。つまり、今の感覚を忘れなければいつでも発動が可能になるであろう。」


「そうなんですね!やった!」


 神楽は小さくガッツポーズをして喜びを体で表現する。


「うむ。して肝心の能力じゃが、お主の前に金色のオーロラが出現した。わしの見立てでは、あのオーロラには封印の書が吸収してきた今までの悪魔の力が結集していると見た。その力を剣に込めることで絶大な斬撃を繰り出すことが可能であろう。じゃが、」


 祖父は表情を曇らせて言葉を続けた。


「その分、お主にかかる代償はとてつもなく大きなものになる。ものによっては廃人に、記憶喪失に、そんな取り返しのつかない状態になり得ることを、決して忘れるでないぞ。」


「は…はい!」


 オーバーブレイク技というのは運命を覆してしまうほどの強力な技である分、引き換えとなる代償も想像を絶する。いわば最終奥義とも表せるだろう。だからこそ、神楽にはその覚悟と扱う力があるのかどうかを祖父は試したのである。


「さすれば、わしの教えることはもうない。どうじゃ、せっかく来たのだから1日ぐらい泊まっていきなさい。」


 孫の久しぶりの来訪に対し、笑顔で一泊を促す祖父。だが――


「…ごめんなさい。僕は行かなくちゃいけないんです。僕を待っている仲間たちが、必要としてくれる人たちがいるから。」


「…そうか。お主は強くなったな。なに、お主を止めることはしない。じゃが、せめて駅まで見送らせてくれ。」


 どれだけ歳月を重ねようとも祖父と孫。悩み、もがき、その中で成長していく神楽の姿に、祖父はやさしく微笑み掛けた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 稽古場から顔を出した時、廊下は茜色の日差しに照らされ、既に日は落ち始めていた。


 意外と時間というのはすぐに過ぎるものなのだなと思いながらも、神楽と祖父は夕焼けに染った京都の街を歩いていた。


「それにしても、なんだかやけに静かですね…夕方の京都はこんなものなのですか?」


 朝までは外国の観光客や店側の客引き、飛び交う人や車が騒がしいほどにいたが、今は鳥のさえずりが聞こえるほどに異常な静けさだ。単純に見慣れないだけで、夕方になるとお店も閉まって来るから京都では自然なことなのかとも思っていたのだが、


「うむ…確かに静かじゃな…。しかし…」


 祖父も大きな違和感を抱いていた。長年京都に暮らしてきて駅前がここまで静まったのは記憶にない。そして何より、人が一人も見当たらないというのが何か大きな事件でもあったのではないかと警戒心を高ぶらせる。


 とはいえ、慣れないスマートフォンを見ると新幹線の運行は予定通り。このままさっさと駅に着いてしまえば良いだろうと思っていた。その矢先――


「すんまへん、ちょいええどすか?」


 後方から京都訛りの女性の声が聞こえ、二人はピタリとその場で足を止める。そして一斉に二人が振り返ると…


「動くな!」


 槍、剣、斧、様々な武器を持った男たちが一斉に刃先を神楽たちに向けて完全に包囲する。


「な、なんだ!?」


「すんまへんね、びっくりさせてもうて。」


 その男たちをかき分けて先頭に出てきたのは、神楽鈴の槍を鳴らす巫女姿の女性であった。


「神楽鈴の槍…。」


 神楽はその武器の特徴に聞き覚えがあった。封印の書と同じく三大神器の一つに数えられる神楽鈴の槍。能力は時空操作、国が持つ悪魔特化部隊の長が持つとされているものであるが、まさかこんなところに…


「ふふ、やっと気づいたって顔どすなぁ。そうどす。うちが時空を操る神器の持ち主、アテマちゅうもんどす。おおきに。」


 国の持つ特殊部隊の長が直々に神楽達を訪ねて来た。しかも、この様子じゃ歓迎されているような感じではない。


 想定していない、有り得ない状況に体の髄から緊張が走り、筋肉が強ばる。そんな中、祖父は体をぴくりとも動かすことなく口だけを開いた。


「一体何用じゃ…。」


「あら、そこのご老人どいてくれはる?うちはこの男の子に話すべきことあるんどす。全国指名手配犯、安倍神楽はんにな。」


「ぜ、全国指名手配犯!?」


 神楽は自身が指名手配犯にされていることに大きく声をあげて驚いた。


「いやいや待ってください!俺が何をしたっていうんですか!?」


「何って…あないな派手に暴れ回っといてよう言うね、」


 神楽の言葉に触発され、アテマの声色が厳しくなる。どうやら本気でお怒りのようだ。


「街中で神器の能力を発動、その能力で公共施設に大きゅう損傷させただけでのう、関係のあらへん住民まで殺害。ほんでお仲間である方も一名、殺害。どや、思い出したか?」


「は、はぁ!?誤解ですよ、自分そんなことしてないですって!」


「言い訳無用や、証拠は掴んでんねん。」


 アテマは神楽鈴の槍先を、焦る神楽の方に向ける。いよいよ争いが起きてしまうのかと一触即発の事態となったその時、


「ちょっ、ちょっとまっとくれ!」


 その二人の間に祖父が割り込んだ。


「悪いが、この子はそんなことをするような子ではない!もう一度調べ直したらどうじゃ!」


「…あんたもこの殺人鬼の味方をするんどすか?なら容赦はしまへんで。」


「どうやら話は通じないようじゃな…。我が孫よ、聞きなさい。」


 祖父は横にいる神楽に話しかける。


「この事態じゃ、横浜で何かあったに違いない。ここはわしが食い止める。だから早く横浜に戻るのじゃ!」


「でも…おじいちゃんは…」


「何を言うておる!わしはそんな簡単に死なんぞ!だから早く…早く行くんじゃ!」


 その刹那、祖父は幾重にも及ぶ式紙を神楽と自身の周囲に展開し、


「ぐわぁぁっ!!」


 神楽達を取り囲んでいた男たちを一斉に吹き飛ばす。そして、その式紙を見た者たちは一斉に声を上げた。


「そ、その式紙の能力はまさか…。」


 その祖父の能力を見て、周囲を取り囲んでいた者たちへ動揺が広がる。その動揺を前に、祖父とニヤリと笑いながら答えた。


「そうじゃ、わしが安倍晴明の直系血脈を継ぐ安倍晴宗(ハルムネ)であるぞ!神楽、今のうちに行くのじゃ!」


「は、はい…!」


 その動揺が広がっているうちに、神楽はひらりと防衛線を突破して京都駅まで突き進む。


「ま、まて!逃がすな!」


「おっと、そこは通す訳には行かんのう。」


 追いかけようとする部隊の先に、式紙で作られた虎が咆哮を上げて立ち塞がる。


「まさか京の仙人に出会すなんて運悪おすなぁ。どすけど、私達も仕事どすさかいここは通さして頂く。」


「よかろう。この老骨、まだまだ若いもんには負けんことを証明してやるわい!!」


 …双方の神器が火花を散らす中、神楽は全力疾走で京の街を駆け抜ける。


 一体自分が何をしたと言うんだ。

 仲間が一人殺されたとはどういうことだ。

 横浜で何が起こっている。


 その全てを理解できぬまま、神楽は急ぎ電車を乗り継いで横浜まで戻るのであった。

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