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【短編版】「百合の間に挟まる女騎士は要らない」と言われて勇者パーティーを追い出されたぼくが辺境伯令嬢に拾われる話

作者: 湖柳小凪

 お立ち寄り頂いたそこのあなた! これで縁ができましたね。

 というのは冗談で。連載予定の作品の1章クライマックスまでを短編にしてみました。8000字くらいなので少しでも興味が湧いたら読んでくださると嬉しいです。

 始業前。鏡を見るといつものように燕尾服に身を包んだ、緑色のショートカットが目立つ男の子っぽい女の子が少し自信無さげに黄色い瞳を揺らしている。そんな今のぼくを見ると、やっぱり頬が緩んじゃう。ナルシストみたいでちょっと恥ずかしいけれど、でもお嬢様がくれた今のぼくのことを自分で気に入っているというのは疑いようのない事実。


 ぼくがお嬢様に拾われてから一月ほどが経った。一月ほど前まで、ぼくの緑髪は腰くらいまでの長さがあって、その時のぼくは勇者パーティーの一員として魔族との戦いの最前線に出ていた。その時のぼくは勇者パーティーの一員として二人の女性の勇者様を支えることを誇りに思ってた。そんなぼくのことを誰もが必要としてくれると信じて疑わなかった。


 でも勇者でもないのに勇者パーティーに参加し、二人の勇者様の間に入り込むことは世間的には「百合の間に挟まる」しちゃいけないことだったみたい。ある時、勇者様以外のもう一人の仲間から『百合の間に挟まる女魔法騎士は要らない』と言われ、瀕死の重傷を負わされた上に勇者パーティーを追放された。


 その一件はぼくにとって肉体的な痛み以上に精神的な深い傷を残した。ぼくを追放したのが女の子の僧侶だったことから過度の女性恐怖症になった。そんなぼくを拾って寄り添ってくれた人。それが今のぼくのご主人様の、ミレーヌ・ラベンドルト辺境伯。


 彼女は最初は女性だからと言う理由で辺境伯も、それどころか自分自身さえ怖くなっちゃったぼくのことを決して見放さずに、ぼくが立ち直れるまで優しく見守ってくれた。女の子っぽさのあるこれまでの自分に怯えてなにもできなくなっちゃったぼくに「男装して屋敷の執事として働く」ということを提案してくれたのも辺境伯。


 そんな彼女はいつしか、ぼくが心を許せる唯一の女性になっていた。そして、お嬢様に対するぼくの気持ちはそれだけじゃ収まらなかった。お嬢様のことを考えると胸が苦しくなる。お嬢様の姿を一目見ただけで世界はより濃く色づいて見える。この気持ちは……きっと恋。


「ぼく、お嬢様のことが好きになっちゃったんだ」


 大広間をモップ掛けしながら恍惚としてぽろっと言ってしまったぼくに、一緒に掃除していた先輩執事がぎょっとしたような表情をする。ちなみに彼? 彼女? もぼくと同じようにわけあって男装しているだけで生物学的には女性。なんで男装してるのかについては聞いたことないけど。


 ぼくの問題発言に先輩執事は掃除の手を止めてぼくのことをじぃっと見つめてくる。


「って、今のぼくじゃ禁断の恋すぎますよね。今のぼくはお嬢様の従者。従者が主人に恋するなんて、身分違いの恋だってわかってます。でも……お嬢様ってどんな人がタイプなんでしょうね」


「……アリエル、それ本気で言ってる? 」


「本気って……執事がご主人様と恋愛したいって、思うことすら許されないことなんですか? 」


 自信が無くなって身を縮こまらせながら恐る恐る聞くと、何が気に障ったのか、先輩はバンッ、と強く近くにあったテーブルを叩いた。


 先輩のこと、怒らせちゃった……? そう思って先輩の方を見ると、先輩の頬は一筋の涙で湿っていた。


「あなただけは、今のあなただけはお嬢様のことを好きになっていいわけないよ。だって……お嬢様の初恋相手は勇者パーティーの一員だった頃のあなたなんだよ? 」


 先輩の思いもよらない言葉にぼくは絶句しちゃう。


「お嬢様は魔法の実力が重視されるこの世界で辺境伯を継ぐには生まれながらにして魔力適正も魔力量も低かった。周囲の貴族や領民から幼い頃から『ミレーヌ様が領主を継いだらランベルドルト辺境伯領は終わりだな』って陰口を何度も叩かれて幾度となく心が折れそうになっていた。そんなお嬢様の希望となったのが、庶民から勇者パーティーの一員へと上り詰めた、女魔法騎士だった頃のあなたなのよ? いつも明るくて、バカみたいに前しか見てなくて、みんなに元気をくれる、笑顔が眩しい可愛い女の子。そんなあなたの活躍にお嬢様は何度も救われ、辺境伯を継げるくらいまでに魔法の実力を伸ばしていったのよ。それに比べて、今のあなたはどう? 」


 先輩の言うように、勇者パーティーのいた頃までのぼくは今とは180度違う、強さと共に可憐さも持ち合わせる、誰にでも好かれるような女の子だった。そんな過去の自分のことが今のぼくは大嫌いだ。八方美人で誰にでも媚びているように思えて虫唾が走る。そんなこと考えて振舞うほど前のぼくは賢くなかったことは他ならないぼく自身がよくわかっているけど。


 勇者パーティーを追い出されてから。明るかったぼくはいつもふさぎ込むようになった。誰にでも自分から話しかけに行っていた陽気な『わたし』は鳴りを潜め、人見知りするようになった。怖いもの知らずでどんどん進んでいっていた女魔法騎士だった時のぼくなんていなかったかのように、よく先輩やお嬢様の陰に隠れちゃう。でも、そんな今の自分のことがぼくはそれなりに好きだった。こんな今のぼくのことをお嬢様は受け入れてくれたのだと思っていたから。だけど、現実が違った。


「あなたを助けたのだって、最初はあなたがお嬢様にとっての憧れの人で、お嬢様の初恋相手だったからなのよ。でも、勇者パーティーを追放されたあなたは心身ともに衰弱しきっていて、その時は既にお嬢様が愛したあなたはいなかった! なのに、お嬢様はあなたのことを見捨てたりせずに、あなたが自分の好きだった『女魔法騎士アリエル』からどんどん遠ざかっていくのをむしろ応援した。それが、今のあなたにとっての幸せだと思ったから。初恋が儚く終わったお嬢様がこの一か月間、どんな思いであなたのことを見ていたかわかる?」


 先輩は肩を震わせて泣いていた。物心ついた時からお嬢様に使えてきたお嬢様の側近中の側近である先輩だからこそ、お嬢様のために本気で泣いて、ぼくに対して怒ってるんだろう。


 それに対してぼくはなんの言葉も返せなかった。だって今の話はお嬢様の初恋が儚く終わったのと同時に、ぼくの淡い初恋が永遠に叶うことがないことも示していたから。


 ぼくの初恋相手が好きなのはぼくが嫌いになってしまった過去のぼく。そんなの、流石にむごすぎるよ……。






 先輩からお嬢様の初恋相手について聞いてから一週間ほど経った。それからぼくはずっとある一つのことを考え続けた。ぼくはお嬢様に振り向いてもらうために過去のぼくに戻れるのかな、って。


 髪をもう一度伸ばして女の子っぽい服装をして、女の子に戻る。そのことを考えただけで呼吸が苦しくなる。多少マシになったとはいっても、まだ女の子のことは怖い。自分が女の子に戻るなんて考えただけで吐き気がする。いや、今でも生物学的には女なんだけど。


 そして――。自分が嫌いになってしまった考えなしの陽気キャラにぼくは戻ることができるのかな。戻るとしても、今のぼくじゃわざとらしくなっちゃうんじゃないかな。そんなことを、執事としての仕事をこなしながらずっと考えていた。


 考え事しながらだったからその日、舞踏会があることも先輩から言われるまですっかり忘れていた。


「今夜はギルターニュ公のお屋敷で舞踏会があるのよね。他の令嬢と違ってパートナーがいないことで、またお嬢様が苛められたりしなければいいけど」


「あれっ、今夜ってそんな大事なイベントがあるんでしたっけ」


「ええ。ギルターニュ公の第二令嬢が開催する非公式なもので王国東部地区に領地を持つ同年代の令嬢とそのパートナーだけが招かれる小規模なものだけど……たぶん他の令嬢はパートナーを連れてくるのよね。その点、お嬢様は昔のあなた一筋だったし、他の令嬢と違ってこの年齢で領主を継がなくちゃいけなかったからそんなのいるわけないんだけど」


 そう言ってため息を吐く先輩。どうにかしてあげたいけどどうにもならない、と言う苦悩が顔にありありと浮かんでいる。


「……先輩、貴族様のパートナーって、魔法適正や魔力量が高ければ女性でも男性でも、貴族でも冒険者でも関係ないんですよね? 」


 あることを思いついて尋ねるぼくに、先輩は怪訝そうな表情になる。


「確かにそうだけど。貴族の結婚相手は家柄と言うより魔法適正の高さが重要視されるからね。同性同士だとしても跡継ぎは養子をもらってくるとか側室? と作らせるかとかどうとでもなるし」


「そ、そんな生々しい話までは求めてませんよぉ! 」


 頬を赤くするぼくがおかしいのか、一瞬先輩の頬が緩んだ。でもすぐに真顔に戻る。


「アリエル、そんなこと聞いてどうするつもり? まさか……」


 先輩の言葉にぼくは――うんうん、『わたし』はうなずく。


「先輩からお嬢様の好きな人を聞いてからずっと考えていたんです。わたしはやっぱり過去の自分が嫌いだし、お嬢様がくれた今の自分の方が好き。でもそれ以上に、お嬢様と一緒になりたくて、胸が苦しくて仕方ないんです。だから――お嬢様が好きになってくれるなら、嫌いでも、息苦しくなっても過去の自分にもう一回なろうって。お嬢様が好きになってくれたわたしであろうと努力しよう、って思って。そんな再スタートの告白に、舞踏会って最高の舞台だと思いませんか? 」


 虚勢を張ってそう言い切る。一人称を『わたし』に戻しただけで既に身体が小刻みに震えてる。先輩はわたしが無理していることにすぐに気づいて、少しだけ心配そうな表情を見せた。けれど、すぐにわたしの決意の固さが伝わったんだろう。わたしのことを止めることもなく小さく笑う。


「そうなったら思いっきり可愛くて、お嬢様に似合うドレスを選んであげるよ。あと、髪はすぐに伸びないから、鬘も用意しておくね。――お嬢様のこと、頼んだよ」


「はいっ! 」



◇◇◇◇◇◇◇



 舞踏会の会場に着いた途端。あたし・ミレーヌはため息を漏らしちゃう。わかっていたけれどこの会場にいる同年代の女の子はみんな、横にパートナーを伴っている。パートナーの身分は必ずしも貴族とは限らないけれど、ただ一点だけ――強い魔力のオーラを身に纏っているという点だけは、どのパートナーにも共通していた。強い魔力のオーラを纏っているどころか、パートナーすら用意できてないのはあたしぐらい。


 こうなることは最初から分かりきっていた。今回の舞踏会は恐らくギルターニュ公爵家第二令嬢が魔力量の多い婚約相手を見つけたから、その相手を近隣の貴族に見せびらかすことが目的。そしてそのような場でパートナーをまだ見つけていないあたしが浮いたり槍玉にあげられるのは自明だった。でも付き合いを断ることができないのが貴族の辛い所。


 舞踏会場の隅に寄って二回目のため息を吐こうとした時。


「あらミレーヌ様。今日もお一人? 」


 深紅のドレスに身を包んだ伯爵令嬢があたしのことを煽ってくる。


「ええ。既に公務を継いでいることもあって、なかなか相手を探す暇がなくて」


「あれれぇ、でもミレーヌ様、少し前までは『勇者パーティーのアリエル様をお嫁さんに迎え入れるつもりです』って仰ってませんでしたっけ? 」


「まぁさすがに辺境伯様と言っても、王国随一の勇者パーティーからの引き抜きは難しいでしょうねぇ」


 おほほほほ、と意地悪い高笑いをする伯爵令嬢とその取り巻きの令嬢。そんな彼女達の言葉にあたしは手をぎゅっと握って耐える。アリエル様――いや、アリエルが勇者パーティーを追放されたことがまだ知れ渡っていないことが唯一の救いかな。


 アリエルが勇者パーティーを追い出されてあたしの領地に迷い込んできてからもう一カ月近くたつのに、何故かそのことは王国の中で知れ渡っていなかった。本当はどうかわからないけれど、今でも勇者パーティーは魔王領に遠征している……ことになっている。なんで情報が秘匿されているのが、王家にとっても不都合だから情報を隠蔽しているのか本当の所はわからない。


でも、そんなのどうでもいい。ここでアリエルが勇者パーティーを追い出されたことを貶められたら、あたしの初恋相手が貶められたとしたら、あたしはきっと正気を保てていなかっただろうから。


「でも、ミレーヌ様がパートナーを見つけられなかったらいよいよランベルドルト領も終わりですわね」


「いいえ、魔法適正が貴族の中でもかなり低いミレーヌ様が十代で公務を継いだ時点でランベルドルト領は既に傾き始めていますわ。それこそ勇者パーティークラスの、よっぽど魔法の才能に恵まれた方を見つけない限り立て直しは無理でしょう」


「まあ、もう二十歳になろうという年齢なのに一緒になれもしない魔法騎士様と一緒になることを夢見て独身のままでいる貴族令嬢に、そんな好条件のパートナーが一緒になってくれるとは思えませんけどね」


 おほほほほ、とまた高笑いする。そうこうしているうちにオーケストラによる演奏が軽やかに滑り出してくる。


「では、私たちはパートナーとのダンスがありますので」


 そう言って伯爵令嬢たちが大広間の真ん中に歩もうとした時だった。


 舞踏会場の扉が勢いよく開け放たれ、会場内にいた全員の視線が扉の方に集まる。そこには白を基調として所々ピンクのアクセントの入った控えめなドレスに身を包んだ、鮮やかな若竹色の髪を腰まで伸ばしたアリエル――あたしの片思いし続けた女騎士様が、そこにはいた。


 彼女から放たれる圧倒的な魔力のオーラにその場にいた全員は唖然として見つめていた。そんな中をアリエルは臆することなくまっすぐあたしの下まで来て、跪き、純白の手袋に包まれた右手を差し出してくる。


「遅くなりました、お嬢様。――わたしと一曲、踊っていただけますか? 」


 そこでようやく、止まっていた時間が流れ出すかのように外野が騒がしくなる。


「あれ、勇者パーティーのアリエル様じゃない? 」


「うそ、本物……? 」


「こら、そんなこと聞かれたら失礼だぞ」


 好き勝手に噂する貴族たちの方を振り返ってアリエルは小さく微笑して何も言わない。そんなこと、あたしの見てきたアリエルじゃ絶対できない。自分のことを噂されたらすぐにびくびくして、俯いちゃうはずだから。


 ――ほんとにあたしの好きだった女騎士様が帰ってきてくれんだ。


 嬉しくなってあたしは満面の笑みを浮かべてアリエル様の手をとった。




「アリエル様って社交ダンスできたんだね」


「いえ、やったことないです。今は純粋な身体能力と魔法による強化でお嬢様に合わせてるだけですよ」


「それでもここまで合わせられるなんて……さすがあたしの勇者様だな」


 アリエル様と踊ってるとつい恍惚とした気持ちになる。多分あたしは浮かれすぎていたんだろう。アリエルの様子がおかしいことに気付いたのは一曲が丸々終わったころだった。


 一見、今のアリエルにおかしなところなんてない。でもよく見ると呼吸が苦しそうなのを我慢してるのを無理やり魔法のオーラで誤魔化してるのに気づいた。たぶん、一か月間ずっとアリエルを見てきたあたしじゃなければ気づかないくらい、よく誤魔化せてる。でも、これ以上無理させたら――アリエルが壊れちゃう。


 ――なんで気づかなかったのよ、あたし! あのアリエルがこんな女の子みたいな格好して、知らない女の人がたくさんいるところで平気なわけないじゃん。


 そう自分を責めたくなるけど、それはあと。


「アリエル様、ちょっと来て」


 そう一方的に言って、困惑するアリエルをあたしは無理やり会場の外へと連れ出す。周囲があたし達をどう見ていたかなんて、気にする余裕なんてなかった。




 月光の下で二人きりになると。アリエルは即座に地面にバタッと倒れ込んで過呼吸発作を起こし出す。


「ご、ごめんなさい、お、お嬢様。ぼ、ぼく、ちゃんとお嬢様の理想の女の子ができなくて」


 症状が少し落ち着いてから。弱弱しくそんな謝罪をしてくるアリエル。


「そんなことどうでもいいわよ! なんでこんな無茶なことしたの? 」


「そ、それは……お嬢様が、こっちのぼ……わたしのことが好きだって聞いたから、です」


 アリエルの説明にあたしはつい、こめかみに手を当てちゃう。どうせアリエルの先輩執事に付けたエミリあたりが口を滑らせたんだろうな。そのことを話したらアリエルが気にすることは分かりきっていたから、言わないようにしてたのに。


「そんなことのためにこんな無理をして、ボロボロになったっていうの? 気にする必要なんてないのに」


「ち、違うんです。わたしは、お嬢様のことが、その……す、好きになっちゃって、お嬢様に振り向いて欲しかったんです! 」


 思いもよらないアリエルの告白にあたしは暫く呆然としちゃう。


「お嬢様にもわたしのことを好きになって欲しい、お嬢様と相思相愛になりたい。そのために今のわたしができる精いっぱいが、お嬢様が好きになってくれた昔の自分に近づくことだったんです。元通りにはなれないけど、好きな人のために頑張って、少しでも自分を変えたい。その思いって、そんなにいけないこと、ですか……? 」


 あたしの恋したアリエル様だったら絶対やらなそうな、うるうるした目で見つめてくるアリエル。その言葉はあたしに自分自身のことを思い出させる。


 あたしも、昔のあなたに近づきたいって魔法が上手く使えるように頑張ったんだよ。貴族の跡取りだから、っていう以上に、あなたに振り向いて欲しかったんだよ。だから、好きな人のために努力して、自分を変えたくなる気持ちはあたしにだって痛いほど分かるよ。でもね。


 そこであたしはアリエルの手を取る。


「あたしのことを好きって言ってくれて、ぼろぼろになってまであたしのために変わろうとしてくれるのは正直、すっごく嬉しいよ。でも、それでアリエルが苦しそうにしているのを見るのは嫌だな」


「ご、ごめんなさい、今度はそう言うのお嬢様の前では隠せるように、もっと練習し」


「そう言うことを言ってるわけじゃないのよ」


 子供をなだめるようなあたしの口調にアリエルは口をつぐむ。


「確かにあたしの初恋相手が帰ってきてくれたらあたしはめちゃくちゃ嬉しいし、間違いなく、またあなたと恋に落ちる。でもその裏でアリエルが本当の自分を押し殺して、苦しんでいるのだとしたら、あたしは純粋にあなたのことを好きになれないし、そんな形で両想いになっても幸せじゃないよ。――アリエルは今のお屋敷でのアリエルと昔のアリエル、どっちの自分の方が好き? 」


「それは……今の『ぼく』、です。だって、お嬢様がくれたものだから」


「そっか。なら――」


 そこであたしは言葉を区切って、改めてアリエルの方を振り向いて宣言する。


「だったら、アリエルの好きな今のアリエルで、あたしのことを落としに来てよ」


「えっ? 」


「今の僕っ娘で、男装していて、引っ込み思案なアリエルのことを、あたしは可愛いと思っても恋愛感情を抱けない。そんなあたしの気持ちを変えに来てよ。嘘偽りない、今のアリエルで、あたしにあなたのことを好きにさせてよ。期限は一年以内に、それでどう? 」


 アリエルはよっぽど驚いたのか暫くの間、目をぱちくりさせていた。でも、ようやく話が理解できたのか、鬘を外して微笑む。


「チャンスを下さってありがとうございます、お嬢様。――わたし、うんうん、ぼく、絶対にお嬢様に恋愛感情を抱かせて見せますから」


 そんな彼女の笑顔を見ていると、こっちの表情まで綻んでくる。


「楽しみにしてる」


 そう答えながら、あたしは腹の中では全く違うことを考えていた。


 これはアリエルがあたしに好きになってもらおうとする物語じゃない。これはあたしが、もう二度と返ってこない初恋を完全に諦めるまでの物語だ、って。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。今回はお試し短編版ということで勇者パーティーにアリエルがいた時の勇者様とのイチャイチャシーンや先輩男装執事、勇者パーティーってそもそもなんなのかと言った話は連載版で明かしていきたいと思いますので、もしもっと読んでみたい、と思ってくださったら連載版の方もよろしくお願いします。


 (読者の皆様の反応によって連載版をやるかやらないかを決めるわけではありませんが)ブックマークや☆評価、いいね・コメント等で応援してくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと暇があったので、こちらも再読させていただきました。 本編が仮面ライダー555としたらこちらはパラダイスロストのような味わいがありますね(わかりづらかったらすみません)。 本編のエッ…
[良い点] 百合に挟まる女魔法騎士は要らないとは、またすっごい追放理由ですね。斬新と言えば斬新ですかね? 話自体もそこまで破綻しているものではないですので、十分に楽しく読めると思います。主人公の姿も…
[気になる点] >>女性恐怖症なので自分が男装したら解決 なんで?????????????????
2023/02/27 17:44 退会済み
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