ニセモノ2
残存艦艇から魚雷が次々と投下される。左右から複数の雷跡が船団を目指し進んでくる。
「各艦魚雷回避!!」
"わかってる"楓と凪咲の声がかぶる。
「海風増速!取舵一杯」
船首は水を切り裂き飛沫を上げ、船体を傾けながら魚雷の間に滑り込む様に魚雷を回避していく。2隻は、33ノットの速力とその小回りの良さを活かし、砲撃を続ける。
「紫より各商船に通達。全艦取舵いっぱい」
あじさい姉妹は、ともにぶつからないように3隻合わせてきれいに曲がっていく。“品物が海に沈んでは意味がない”と海賊は商船に攻撃を加えないが、流れ弾(魚雷)を避けなくてはならない。
「機銃射撃開始!」
魚雷の多くは最も大きい夕張に集中していた。左右から6本の魚雷が夕張を襲う。両舷に設置されている機銃が雷跡に向けて火を吹き続ける。海面に多数の小さな水柱が次々と上がる。
「取舵いっぱい。両舷全速後進!」
ギシギシとうなりながらスクリューが逆回転し、海水をかき混ぜる。海面に打ち込まれた弾丸は、空気の帯を引き無数の白線が魚雷を囲む。夕張の目と鼻の先で空高く水柱が上がり1本の雷跡が止まる。爆発のエネルギーが窓や船体を震わせる。
「一本撃破!」
ゆっくりと後進し始めた夕張の艦首の先を2つの雷跡が左右からそれぞれ通過する。だが先程とは違うズンという鈍い音が艦橋の空気を震わせる。振動で明海は、机に叩きつけられる。それとともに左から水柱が立ち上がり水しぶきが艦橋の窓を襲う。
“避けられなかった”
明海の頭にその言葉が一瞬浮かぶ。だがそんな場合ではない。
「ダメコン開始。損傷区画を確認」
緊急事態を知らせるベルがけたたましく鳴り響き、異常を知らせる。明海はすぐにノイズが入ったモニターの区画状況を確認した。程なくして水滴が滴り落ちる窓の先に被害の全容が浮かび上がった。
「艦首が…」
魚雷の破壊力は凄まじく、艦首付近にはポッカリと大穴があき、甲板の一部がめくり上がり、炎が見え隠れし、艦内に海水が流れ込んでいく。モニターの艦首区画が真っ赤に染まり、浸水と火災を知らせる警告が途切れることなく響き渡る。
「第一防水区画密閉、及び第一弾薬庫に緊急注水」
明海はマウスを握ろうと腕に力をかけるが、痛みが走るばかりで全く動かない。 “折れたか” 彼女はそう思うと動く左手でマウスを握り直し、必要な項目にチェックを入れていく。次々と注水ポンプがうなりを上げ弾薬庫に水が注がれる。
「明海さん!」
凪咲は思わず叫ぶように声を上げた。
「凪咲、問題ないわ。巡洋艦はこの程度じゃ沈まない。後部主砲射撃続行」
明海は、言い聞かせるように答えた。だが左舷の魚雷艇は、さらに夕張へと魚雷を流そうとしている。
「思うようにはさせない!」
魚雷艇と夕張の間に海風が割り込む
「本艦の目標、うち漏らした右舷敵艦。打ち方はじめ」
その時、一隻のPT魚雷艇の甲板で何かを隠していた布が取り払われた。凪咲はハッと気がついた。
“機関銃!!”
屈強な男の手に握られた引き金が引かれ、海風を目指して弾丸が撃ち込まれる。外殻に当たった弾丸は着弾と同時に閃光を放ち、装甲にめり込んだ。
「ただの弾丸じゃない!!」
弾丸は、次々と船体を舐め回すように当たると激しく燃え上がった。
「これは今までで危ないかも…」
モニター上には、チャットのように次々と黄色の文字で損害が表示されていく。凪咲は、ゆっくりと机の下に手を伸ばし何かをいじった。偶然かそれと同時に発電機の異常を示すランプが点灯した。
“第一発電機異常発熱”
「よりにもよってこんな時に!発電機緊急停止」
発電機の軸の回転が止まり、モニターに新たな文言が現れた。
“システム稼働に必要な電力が不足”
凪咲は、"やはりな"という顔をした。
「あまりやりたくなかったけど…緊急マュアル7節に基づき射撃管制システムをアナログに移行」
7節とは大電力を消費する演算装置を無効化し、艦艇に必要な電力を維持する最終手段であり、極めて危険な行為だ。
「前甲板1番主砲AP弾装填。目視による手動射撃を行います」
凪咲はすくっと立ち上がり暗くなったモニターから離れ、射撃盤に手を添えた。凪咲の頭上を弾丸が通り過ぎるが、彼女は微動だにせず。目標をぐっと見つめ、射撃盤を微調整する。
「攻撃目標敵前甲板機銃。1番主砲斉射!!」
白煙とともに一発の砲弾が飛び出す。その次の瞬間には機銃の音は消えていた。魚雷艇がいたであろう場所からは黒煙が上がっていた。甲板に薬莢が落ち、当たるのがわかっていたかのように照準は次の目標に向けられた。
「主砲再装填。第2斉射!」
砲弾は寸分の狂いもなく第二の標的を射抜いた。その様は明海の目にも写っていた。
「まぐれだとしても演算装置なしで当てるなんて」
照準は、最後の魚雷艇に合わせられていた。尋常ではないことに気がついた魚雷艇は高速で右へ左へ回避行動をとった
「一番主砲射角調整」
“今だ!!”
「第3斉射!」
またしても砲弾は、船体を貫き弾薬庫に飛び込んだ。魚雷艇から一人が海に飛び込むと同時に炎をちらつかせながら空高く黒煙が舞い上がった。その上空を依然として複葉機が旋回していた。
「ねえ、しっかり撮れた?」
パイロットは、後ろに座っているフィルムカメラをもった女の子に問いかけた。
「ええ、バッチリ撮れてるよ」
「そろそろ頃合いね。巡洋艦青葉に連絡。魚雷艇戦隊が向かっている。支援砲撃は必要ないと伝えるわ」
複葉機は雲の中へと姿をくらました。
「第二PT戦隊戦場海域に到達。友軍を援護します」
輸送船の前方から水の上を飛ぶように十数隻の魚雷艇が現れた。
「あれは、、、マラオの警備隊!」
明海が目を凝らした先にはマラオの国旗を掲げた魚雷艇の姿があった。
「皆さんさんお疲れ様です。あとはこちらで処理します。全艦射撃開始」
瞬く間に左舷に残っていた海賊船は、撃破された。
○○○
日が傾き始めた頃には、輸送船団の周りを海上警察や警備隊が取り囲み野次馬が近づかないよう目を光らせていた。
「凪咲さん、ご協力ありがとうございます。なにかご質問ありますか?」
戦闘が終了し、少しすると、どこからともなく現れた巡洋艦青葉から停船命令が出され、カッターボートが近づいてきた。あれよあれよと鑑識だのなんだのが乗り込んできて、凪咲と楓は、海風の談話室に半ば監禁されてしまった。その後二人はうんざりするほど事情聴取をされ、終わった頃にはもうヘトヘトだった。
「あの、明海さんは大丈夫ですか?」
監察官の桜に尋ねた。
「えぇ、命に別状はありませんよ。おまけに今回は、水上機がありましたからそれでマラオの本土に搬送しました」
少し前、外で見慣れないエンジン音がしていたがそれが噂の水上機だったのか…惜しいことをしたななどと凪咲は思ったが、楓は声に出ていた
「もう二度とないかもしれなかったのに!!」
楓はプクーとほっぺたを膨らませた。
「楓さん、司令部の許可がおりましたら特別にお見せしますよ」
桜はニコッと楓の方に顔を向けた。
「おお〜楽しみ!」
楓は、もうすっかり桜の手のひらで転がされていた。
「ところで夕張はどうするのですか?」
操船者不在の船をこんなところに放置する訳にはいかない上に、あれでは浸水で沈んでもおかしくないのだ。
「それでしたら、工作船明石が応急処置を行い、すでに曳航準備に取り掛かってます」
“随分と手際が早いな”
凪咲は、内心驚いていた。談話室の窓からは夕張が見えなかったが、外ではかなりのスピードで事後処理が行われているようだった。
「そうですか、それは何よりです」
「お疲れのところ申し訳ないのですが、海風と山風は、自力航行が可能ですのでマラオまで青葉が先導いたしますから操船をお願いしたいのですが…」
「飛行機が見れるなら喜んで!」
楓は疲れなど忘れていた。
「凪咲の海風なのですが、7節の事案と認識しています。応急工作のために明石の技術者を当たらせたいと思うのですが許可をいただけますか?」
「そうですね…一度私でやって無理でしたらお願いします」
「わかりました。準備が整いましたらお知らせください。楓さん、山風までお送りします。外でお待ちしていますね」
桜は、立ち上がり会釈をして談話室を去り、扉がしまった。
「ねぇ楓」
「なに?お姉ちゃん」
「やっぱりなんでもない」
楓が海風を去った頃、凪咲はエンジン音が響き渡る機関室にいた。目の前には、止まったままの発電機があった。すっかり冷えた発電機に触れて凪咲は、口を開いた。だがその声は音はエンジンの音にかき消された。
○○○ マラオ統合作戦司令部
「桜、お疲れ様」
ガッチリとした机に座った男性が敬礼をする桜に声をかけた。
「帰還後呼び出してしまってすまない。3隻は、無事に入港できたんだな」
「はい。共にドックに入渠しています」
「そうか、それはよかった。早速だが、赤萩 凪咲という人物は何者だね」
机の上には凪咲の写真が貼られた報告書が置かれていた。
「現在調査中ですが、なにせ情報が少なくまだよくわかっていません」
「見る限り、この中で信用できるのは名前と性別くらいだろう。信じがたいが目撃証言が正しければ彼女は、演算装置なしで3隻沈めている」
「お言葉ですが司令。あの後、発電機は復旧、入渠ご簡易検査をしましたが、発電機に異常は見られませんでした」
「面白そうな人物だな」
司令はニヤリとした。