海獣なんてお手のもの?
「こちら駆逐艦海風、駆除対象の海獣群を確認。戦闘準備!!」
漁船をひっくり返し、商船に穴を開ける海獣。その多くは龍のような風貌をし硬い鱗を持ち外界から身を守っている。要請としては簡単な部類だが数が多い上にあらゆる海域に現れるため駆除要請が多い。
「駆逐艦海風、攻撃目標第一から第三目視確認よし!砲塔旋回」
凪咲は、モニターを見ながらマウスを動かし照準を合わせる。すると2つの主砲が3匹の海獣の群れへと旋回していく。
「こちら山風、凪咲!魚雷ポイポイしたい!!」
無線を通して明るい声が海風の艦橋に響いた。
「こちら海風。楓、そんなことしたら報酬より費用がかかっちゃうからだめ」
「え〜そんな…」
海風の後ろに続く山風から不満げな声が聞こえてくる。
「楓!早く射撃準備して獲物が逃げちゃう」
「わかったってば!砲戦準備よし!いつでもやれるよ」
「それじゃあ楓!各艦砲撃はじめ」
左クリックと同時に120mm単装砲4門が火を吹く。4発の《《砲弾》》が勢いよく空へと打ち上げられ海獣へと迫っていく。
「着弾いま!」
海獣の群れの周りに水しぶきが上がる。何発かの徹甲弾が海獣の分厚い鱗を突き破ったのだろう。鳴き声とともに2匹が海面をのたうち回る。
「目標2匹命中!続けて第2斉射」
まだ煙の残る砲身からリロードされた砲弾が飛び出していく。鱗を粉砕し、肉を裂き、骨を砕き、海獣の体内へとめり込んでいく。割れた鱗から血しぶきが上がり、長い首がぐらりと倒れ水しぶきが上がる。
「二匹撃破。残りも片付ける」
攻撃をかわし、怒り狂った一匹が二隻へ突進してくる様子がモニターに映し出される。
「主砲偏差修正、第3斉射」
《《徹甲弾》》は勢いよく海獣の前面に当たったが、今度は鈍い音とともに海に落ちていく。海獣の全面は厚く硬い鱗に覆われ、駆逐艦ごときの主砲ではすべて跳弾させてしまう。
「やっぱり硬い。作戦をβに変更。楓は私がひきつけるから側面をとって」
「りょーかい!面舵一杯」
山風は、弧を描きながら離れていく。海を分ける1つの白い線からもう一本線が分かれて伸びていく。
「《《榴弾》》に変更。引き付ける。斉射!!」
自動装填装置が慌ただしく砲弾を変え、榴弾が投入される。砲弾は、突進してくる海獣の外殻に次々と命中し、爆煙が上がる。しかしその黒煙の中から傷ひとつとしてつかない海獣が姿を表した。
「やっぱり効果なしか」
凪咲は、クッと歯を食いしばる。だが怒り狂った海獣を引きつけるには十分な効果があった。
「こちら山風 右舷雷撃開始!!魚雷1番2番行っちゃって!!」
海獣の真横を取った山風の発射管から勢いよく2発の魚雷が放たれる。くっきりと海面に白い筋が浮かび上がり海獣へと一直線に進んでいく。
(報酬が…)
凪咲がそう思った時。ガクッと衝撃波が船体を揺らし、海獣の下が白く濁ったと同時に水柱が海獣を包む。海獣は、叫びを上げ首を振り回し、手で宙をつかむがもだえ苦しむ声とともに水しぶきの中へと消えていった。
「やっぱり魚雷が1番!」
楓は椅子に座ったままガッツポーズをした。
「全目標撃破。作戦終了帰投する。捕獣船に連絡。回収させる」
凪咲はため息つきをついた。帰路につく2隻の隣を待ち構えていたかのように捕獣船が全速力で通り過ぎる。凪咲がマストに目をやると信号旗がなびいていた。
「UN1“協力に感謝する。御安航を”か」
撃破した海獣は、捕獣船に回収され鱗も肉も骨もすべて残らず商品となる。
○○○
地方指令所とそう書かれた建物の中で凪咲と楓は椅子に座っていた。年期が入っているとはいえ、レンガ造りの堅牢な建物は全く古びを見せず。港では人一倍目立っている。
「番号札4と5の方」
窓口にいる女性が声を上げる。
「あ、私達だ!はーい」
楓がぴょんと椅子から立ち上がり窓口に走っていく。窓口からオカンことお絹さんが、手招きをしている。
「お二人共お疲れ様。早速だけど今日の3匹の分がこれで…弾薬と燃料費がこうなるから…」
オカンがパチパチと電卓を叩くと表示された桁数がみるみる二人の前で減っていく。
「これじゃ二束三文だよ…」
凪咲がつぶやく隣で楓は、目をそらし見て見ぬふりをする。
「はい。これが二人のぶん」
オカンは、紙幣の数を数えると二人に手渡した。
「こんなんじゃ欲しい物買えないよ… オカン何かいいのないの?」
凪咲が、不満そうにお絹さんに聞く。
「ん〜そうね。海獣は最近単価が下がっているから あなた達の船なら護衛任務とかどうかしら?」
お絹さんは、ファイルをめくり案件をパラパラと見ていく。
「えーっと、これなんてどうかしら?カナリア島からマラオへの護衛。依頼主は、燃料費もだすそうよ。これならあなた達でもできると思うわ」
凪咲が考える隙もなく楓が“やるやる!”と声を上げた。
「マラオって大きな港があるところだよね。一度行ってみたかったんだよ!」
もう引き受けることが確定しているつもりになっている楓を横目に凪咲は "マラオか…まだ行ったことなかったっけな。燃料費出るならいいかなな"どと考えていた。
「それなら決まりね。内容は、輸送船3隻の護衛よ。知り合いの軽巡夕張がついてるから初めてならちょうどいいわ」
オカンは、凪咲に是非を問わずにそう言ってしまうと契約書を二人ぶん出した。
「オカンまだ私やるは行ってないよ」
「凪咲もやるんでしょ。楓がやるって言っる以上は」
まぁそれ以外選択肢は凪咲にはなかった。かわいい妹とオカンには歯が立たないのである。
○○○カナリア島3番埠頭
「おお〜これが巡洋艦夕張!!」
楓は目をキラキラさせながら夕張をみていた。
「あなた達がお絹さんが言ってた人ね」
夕張に目を輝かせている二人に一人の女性が声をかけた。
「私は、夕張の艦長“明海”よ。今回はよろしくね」
「あ、駆逐艦海風の凪咲です。よろしくお願いします。」
「はい!はい!山風の楓で〜す」
「元気な艦長さんだこと。それじゃあ早速今回の作戦を説明するわ」
「今回の作戦はここから大陸まで海賊から輸送船を守ること。普段は、私だけでやってるんだけど、この時期は特に活発になるのよね。彼らは高速魚雷艇を使っているから砲撃がメインになるわ」
凪咲は、ウンウンと理解していたが楓は首を傾げていた。明海は、少し間をおいたのちに言い直した。
「要するに…今回の作戦は海賊から輸送船を護衛することいい?」
「つまり見つけたらドッカーンしていいってことだよね?」
楓はわかった顔をして声を張り上げた。
「楓、今回こそ魚雷はお預けだよ」
凪咲は、ぽんと肩をたたいた
「うぅそんな…」
「まぁそんなところだけど普通の民間船も通っているから誤射は気をつけて」
「わかりました」
「ねぇねぇ夕張の中はどうなってるの?」
楓は、作戦などよりも夕張の操船設備を見たくて仕方がない様子だった。
「そうね。まだ時間もあるから見せてあげるわ」
みさとは、二人を船へと案内した。
「ここが艦橋。いいでしょ!」
艦橋の中央に机が置かれ、その上にはマウスとキーボードが置かれ2つのモニターは、足元の演算装置に繋がっている。アナログの操船設備やもろもろの機材も形式上並び、ここが艦橋であることを感じさせている。もっともそんなものは使わないので飾りのようになってしまっている。
「これが51号対水上ppiレーダー」
明海は、緑の背景に中心からたくさん線が伸びたまさにレーダーの受信機というべき代物を指した。
「とは言ってもシステムに統合してるからハリボテになっちゃってるんだけど」
明海は、モニターに目をやった。確かに片方のモニターには周辺の海図とともにレーダーの解析結果がリアルタイムで映し出されている。
「演算装置は寿5型なんですね」
凪咲は演算装置が入った箱に貼られたシールを見ていた。多くの船は、ほぼすべての制御を演算装置を使い自動化している。そのおかげでキーボードとマウスだけで操船できるのだ。
「そうなの。7型が良かったけど高すぎるからねぇ」
凪咲は、ふとオカンとの話を思い出した。彼女いわく、この演算装置という代物は、船が一隻買えるとも言われるほど高く、やすやすと手が出せる代物ではない。5型ですら高いため、二人の船は寿3型だったりする。
「それにしても、あなた達そんな年でよく駆逐艦持ってるわね。その年ごろだとPT(魚雷艇)乗ってる人が多いんだけど」
明海は、窓の外に見える2隻と二人を交互に見た。
「おじいちゃんがくれたんだよ」
艦橋のあちこちを飛び跳ねるように動き回っていた楓が反応した。
「へ〜そうなの。姉妹に一隻づつとはすごい人ね。ところであれって《《白露》》型じゃないでしょ。何型なの?」
祖父が何をやってた人なのか凪咲も楓もよく知らないが、2隻を大切に保管していたのは確かなことだった。
「《《海風》》型です。造船したんじゃなくて解体されるのを引き取ったみたいで」
「海風型なんて初めて聞いたわ。」
明海が珍しそうに凪咲の話を聞いていたとき"コンコン"と扉を叩く音が聞こえてきた。
「入っていいわ」
明海が返事をすると扉がゆっくりと開き、小さな少女が入ってきた。
「明海さん、貨物の積み込み終了しました」
少女は、少しもじもじしながら明海に書類を手渡した。
「紫ありがとう!」
紫は、こっくりとうなずいた。
「せっかくだからあなた達に紹介するわ」
明海は、凪咲と楓にそう言うと扉の方に向かって手招きをした。すると扉の端からこちらを覗いていた二人が室内へと入ってきた。
「今回護衛する第35輸送船団の3人姉妹よ。右から紫、陽花、紫陽里」
お揃いのあじさいの髪飾りをつけた3人はペコリと頭を下げた。流れで凪咲と楓が自己紹介をした後、彼女らは、持ち場へと足早に艦橋をあとにした。もうまもなく出港となる。