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微速前進勇者5

 寝坊した。

 寝坊した寝坊した寝坊した……。

 今日、アキが来ることになっていて、昨夜、よく寝れなかった。

 ただ、その短い眠りの中で、僕とアキが、出会った時からずっと……とても長い赤い糸で結ばれ続けている夢を見た。

 朝食も何も食べず、出掛ける。

 空が明らんできていて、でも、まだぎりぎり間に合うと思う。

 時計塔を見て――ふと、家の方を振り返ると、窓辺に立つアルトと目が合った。

 アルトはあれからずっと塞ぎ込んでいた。部屋からもあまり出て来なくなって――。

 アキを待たせるわけにはいかない。

 朝焼けの中、外壁でぐるりと囲まれた街の出入り口に、丁度馬車が走り込んでくるところだった。

「アキ!」

 馬車から飛び降りて、想像の中の女の子が僕に――飛びついた。

「ヒロカズさん! ヒロカズさん!」

「――ちょっと、くっつき過ぎじゃない?」

「ああ……ヒロカズさん」

 僕は興奮したアキを降ろした。示し合せるように見つめ合った。

「何か……照れるね……」

「……寝ぐせ」遥か遠い場所からやってきたアキが、僕の頭を触ろうと手を伸ばす。

「昨夜……何か寝れなくてね。緊張してるのかな」

「やっと……やっと逢えましたね」

 アキは、首から父の懐中時計を掛けている。それが、やけに懐かしかった。

「でも、本当に引っ越してくるなんてね……無茶するよ。今日再会して、幻滅したらどうするつもりなんだって」

「そんなことは絶対ありえません」

「とにかく、荷物を運ぼう。僕も手伝うよ」

「ありがとうございます」

 ぺこり、とお礼をする、その、彼女の屈託のなさと、肩の細さとのアンバランスさがちょっと気になったけど……ただ可愛いなと思ってしまう。

「正直さ、反対だったんだけどさ……手紙にも書いた通り、今、状況がさ……あれだし、アキに危険が及ぶ可能性もある」

「死んだって構いません」とアキがいう。「でも、何があったって、生きて、生きて生きて……生き抜く覚悟がありますから!」

「どこかで聞いたセリフ……」

「座右の銘なんです、私の」

 しかし本当に、写真の中のままの、元気な子になったなと思う。

 僕のセリフも、そういう意味では役に立ったのかもしれない……あの時はわけもわからずいってただけなんだろうけど。

「えーっと、ここのアパートだっけ」

 アキはメモを見ながら「はい、ここで間違いありません」といった。

 ちょっとボロいな……と思ってしまうが、アキは何とも感じていないみたいだった。

「すいませーん、今日越してきた者ですが」とアキ。

「ああ、いらっしゃい、いらっしゃい」手を揉みながら、腰の低そうな管理人が出て来る。「そちらの人は」

「手伝いです。荷物を運び込んだら帰ります」と僕。

「ああそうですか。これが部屋の鍵ですね」

「どうも」

 それほど荷物は多くなく、直ぐに運び終わってしまう。

 最低限の家具は最初からそろっているが、どれもかなり古く、使い込まれている。

「これはちょっと、掃除した方がいいな……埃も被ってる」

「あ、いいですよ。後でまたやりますし」

「いや、応援を呼んで来る」

「応援?」

「大人数でやれば直ぐ済む」

 僕は、暇そうな人間を大急ぎでかき集めて来る。が……その中にアルトの姿は無い。

 アルトとの関係性はもうどこかに売り払ってしまったように、無くなっていた。

「君がアキちゃんか~。そうかそうか」

「この方は?」

「僕のおじさん」

「初めまして。アキです」

 深々とお辞儀。何というか、アキのそのポーズが、辺りに花を咲かせるように綺麗に見えてしまうのはなぜだろうか?

「合格だ。心の底から合格」

「変なおじさんでごめんね……。で、後はシスターのメイと、武闘家のバヌガスさん」

「どうも、初めまして」

 アキは、何度でも改めて深く頭を下げ、そう挨拶する。

 途轍もなく好印象だったのは間違いないが……今まで気ままに旅して来たというのであれば、こんな風にならない。

「これは、想像以上ですな」とバヌガス。「しかし、ここは、風呂はないようじゃが……」

「共同浴場が近くにあるはずなので、そこで……」

「生活、大変そうだな……」と僕。「ほんとに大丈夫?」

「がんばります!」

「あれだったら、風呂はうちのを使ってもいいし、ねえおじさん」

「困ったらうちに住みなさい」とおじさん。「まだ、あと一人くらいなら何とかなる」

「――だって」

「あの……ありがとうございます。ですが、まずは一人で頑張ってみたいと思います。根性は結構ある方だと思うので……」

「心配過ぎる」とおじさん。「ご両親は?」

「両親は既に他界していまして……もうずっと前の話なんですが……ここに越してきたのも、急に、というわけではなく、住んでいた家を手放してからというもの、各地を転々としていて……ようやくここに辿り着いたという感じです」

「でも、ニュータウンからしたらここは遠いよね」

「今回は結構な長旅でした」

「アキさんって……どこか、ヒロカズさんに似てますね……しいていうなら、生き方が」とメイ。

「本当ですか?」

「今のあなたの印象からはとても想像がつかない大変な旅だったでしょうけど、もう安心ですよ。私達は、家族です」

「え――」

「抱き締めていいですか」

 そういうなり、メイがアキを抱擁する。

 そうすると、突然、アキが泣き出して――大声で泣いて、涙の洪水になる。

 そうか、そうだよな。

 生きて、生きて生きて、生き抜いた――。

 アキってきっと、そういう奴なんだ。

 よかったよ。

 引っ越してきて、よかった――。


    *


 アキが思った以上に孤独な人生を送って来て、僕の言葉を頼りにして生きて来たのだというのなら……僕は、どうしてもやるせない気持ちにならざるを得なかった。

 写真の中の幸福そうな笑顔は、あくまでその言葉によってぎりぎり支えられることによって作られた、ある意味とても苦しいものだとしたら――それで何とか生きて来れたのだとしても――彼女には、何か、申し訳ないような気持ちになってくる。

 僕自身、どこか、無駄に苦しみへ向かって突き進んでいるようなところがあって、それが、アキにも移ってしまったのではないかという不安……。

 今の自分自身がかなり運命論者に成り替わってしまっているせいで、どうしてもそこはネガティブに捉えてしまう。

 僕の頭の中では、ずっと、不幸な運命をモチーフとした、壮大な音楽が鳴り響いている。ある種洗脳的なそれは、きっと子供の頃の霧掛かった記憶の中に植えつけられたものなのだろう……。

 でも、アキに申し訳ない、とか思ってると、悲しませてしまいそうだし、やめないとな……そういう考え方。

「どうしたんですかヒロカズさん。浮かない顔で」

「昨日、アキが泣いてしまった件で、何か、自分がそうさせてしまったような気がして……」

「え?」

「アキが生きて来れたのは、僕の言葉のお陰だといわれたとしても、結局それだけの苦しみが存在したということで……それはある意味、僕が呼び寄せた不幸といってもいい。僕の言葉にアキは呪われて、苦しみに向かって進んで行く人間になってしまった。そんな気がして、凄く嫌になってきたんだ……自分の存在が」

 勇者というのは一種の呪いなんだ……そしてそれは感染する。

「どうしてそんな風に思うんですか? アキさんが、こちらからの好意を断って、独りで頑張ろうとするからですか? だったら、連れてくればいいじゃないですか。ヒロカズさんが、アキさんを、この家に連れてきて、今、ヒロカズさんが感じている幸福を、アキさんに分けてあげればいいんじゃないですか?」

 シスターにそういわれて、一瞬で体中の毒が抜けていく気がした。

「確かに……それが原因だ、ありがとうシスター。いってくるよ」

「待ってください。アキさんは多分、かなり頑固だと思います。それもまたヒロカズさんの影響でしょうけど……似た者同士なんだから、いつか何とかなるはずです」

「シスター、背中を思い切り叩いてくれないか」

 気合を入れて、アキのアパートに来た。

 薄汚れていて、何か、そこに居るだけで悲しくなる。

 もちろんそんなのは思い過ごしかもしれないけど、でも、やっぱりここは寂しいよ。

 アキの、一人旅の延長線上にここはあって、そのせいで、余計に孤独が染み付いているように見える。

「アキ。僕だ」

「――ヒロカズさん。どうしました?」

「話がしたい」

「どうぞ中に」鉄錆の音と共に扉が大きく開かれる。

「ああ……」

 昨日みんなで綺麗にしただけあって、ちょっとだけ払拭されてる気はするが……やっぱり、ここは寂しい。

「はい、お茶です」

「ありがとう」

 小さなテーブルを囲む。

 地割れのようにひびの入ったテーブルには、暗い何かが染み付いていた。

「単刀直入にいうよ。アキ……うちで暮らさないか? ここも、みんなで綺麗にしたばかりだけど……やっぱり、ここで一人で暮らすのは寂しすぎる」

「……」

「僕のエゴかもしれないけど、アキが、ここで辛そうにしているのが、嫌なんだよ。アキが泣いていたのも僕のせいな気がしてきてさ……それで、居てもたってもいられなくなって」

「昨日、泣いてしまったのは、失敗でしたね……。今までが、そんなにつらかったのかといわれると、正直、わからなかったんです。でも、私はずっと我慢してたんだって思ったら、急に――」

「僕がおかしくなってしまった時、ずっとシスターが支えてくれたんだ。多分僕は君ほど孤独じゃなかったのかもしれない。そういう意味で。だからさ……」

 案外直ぐ連れて帰れるんじゃないかと思った。

 そして……僕はこう思うに至る。

「僕達が最初に出会った時、僕達はもう、家族になる運命だったんじゃないかな……。色々遠回りはしてしまったけど、君はここまでやってきた。だから、もう一歩なんだよ。それを踏み出せばゴールできる」

「……」

「僕とおじさんも、長い間、目を合わすことすらできない関係で、僕があの家に帰れたのも最近なんだ。でもそうなった時、やっと、自分の中の荷を下ろすことができた。君は長い旅をして、その荷物を、どこかに降ろさなくちゃいけない。君は、そろそろどこかに根を張らないといけない時期なんだ……そうしないと、君という人間が枯れてしまう。そうは思わないか?」

 アキが僕の長台詞に、小さく笑う。

「確かに……ヒロカズさんの雰囲気は変わっていました。凄く優しくて……決め台詞も、違ったものになっていました」

 そして、彼女はいう……。

「お言葉に、甘えちゃっていいですか?」

「帰ろう。早く」

 手をつないで、離さないようにする。

 もう絶対、永久に離さない。

 そう思いながら帰ってくる。

「ただいま。アキを連れて帰ってきたよ」

 みんなが集まってくる。口々にアキを歓迎する。

「――みなさん、よろしくお願いします!」

 おずおずと……アルトが部屋から出て来た。

「アルト、アキがここで暮らすってさ」

「そうなのか……よろしく頼む」

 大丈夫か?……と思いつつも、何とかアルトとも顔合わせを済ませた。

 あと、心配なのが一人……。

 シアーというアサシンは、あれから一度も姿を見せていない。

 そろそろ姿を見せてもいい頃だと、思うんだけどな……。

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