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微速前進勇者2

「君、そこのヒロカズ君」

「何だよ」

「最近ぼーっとしすぎじゃないか? どうせあの写真の女のことを考えているんだろう」

「うるさいな」実際、何も手につかなくなりかけていた。母の記憶のことを考えようとしても、いつの間にか、アキのことを想像している自分が居る。「……ぼーっとしててもちゃんと先のことを考えてるんだよ」

「嘘だな」

 心が晴れるようなことがあって、それから、ラブレターを受け取れば、誰でもこうなるよ。

 もちろん、勇者とは何なのかを必死に考えていた自分もまだそこに居て、同時に存在している。ただ、それはパーセンテージの問題で……今の僕は、あまりにも写真の中のアキに支配されていた。

「今のお前は見ていて腹が立つ。嫌いだ」

「はいはい……」

 現状、世間を騒がせるような事件はまだ起きていなくて……もちろんそれは裏側で着々と侵攻しているんだろうけど、どうしても気が抜けてしまう。

 バヌガスはというと、そんな中、地下室の本を漁るのに夢中で、平気で一日中籠っている。

 シアーはあれっきり、姿を見せていない。流石にそれに関しては、少し心配になってきたかな……。

「ヒロカズの……薄らとんかち」

 アルトは、わけのわからない罵声を浴びせて去って行った。

 アルトは……涙を流して遊んでくれと懇願する子供のようなものだと思っている。

 何にしろ、アルトを的確に表す言葉を僕は持ち合わせていない……彼女とは、距離が近いようで遠いから、仮に、そう思うことで自分を納得させようとしている感じだ。

 時々、厳めしい一面を見せるけど、あれだって、どこかで「そういう彼女」が必要とされることで生まれた、キャラクターでしかない。

 シアーに、子供みたいな関係性をアルトが望んでいるっていわれた時、そうなのかって思ったけど、何か違うんだよな……。

 多分、アルトの子供っぽいところも偽装だよ。

 本当のアルトは、何か――。

 ずっと、独りで泣き続けているような――。

 ああ、もちろん妄想に過ぎない。それは。

 何の確証もなければ、そこへつながる道筋もなにもない。

 だけど、そこへ手を伸ばさなければ、本当のアルトは掴まえられない気がするんだよな。

 僕は、アルトへ対するの思考の切り替えをきっかけに、写真の中のアキへの想像に溺れることから脱出し、そのまま外へ出ることにした。特に用事はないが、何も考えず歩く。

 人生を転がり落ちたばかりの頃に比べて、やっぱり気が楽だった。

 もちろん変な目で見られることは多いけどさ……それに対して笑顔で返せるくらいの余裕が出て来た。

 まあ、そうすると、一回驚いた後に、また改めてその行動――僕の笑顔――を侮蔑されて返されるわけだけど、何か今までとは違うよね。こう、やりとりがあるっていうかさ……。

 今までが一方的過ぎたんだよ。

 街中で、人だかりが出来ていて――背後から近づき、声を掛ける。

「何かあったんですか」

「見せもんじゃねーんだぞ!」

 奥の方で、誰かが叫んでいる。人の合間を縫って先に進むと、裸の女の人の全身に――多分さっき叫んだ人だろうけど――マントか何かを覆い被せているところが見えた。

「何なんです?」

「突然、裸の女が現れたってさ。光の中からよ」

 僕は一瞬その、女性の全身を見て――なぜかそれが「複写」されたものだと思った。

 そして、そう思うに至る道筋がどこにも見当たらないことに困惑する――。

「なんか創られたみたいに、キレーな女だな」と誰かがいった。

 そんな風に感じているのは僕だけじゃなかったらしい。

 ただ、なぜか、その人がそう思うに至った道筋と、僕が辿った道筋が同じだとは思えなかった。

 なぜだろうか?

 記憶を辿ろうとして――途中でその道筋は消失しているけれど――それでもまだどこかに繋がっているような感覚。

 最近の僕は、そういうことばかりだ。

「ちょっといいですか」

「何だテメーは」

「勇者です」

「は?」

 僕は人を押しのけて、何とかその女性の傍へいって、話し掛ける。

「どこかで、見たような気がする……すいません。あなたは僕のことを知っていますか?」

「ヒロカズ様……」女性が手を伸ばし、僕の顔を触る。

 その女性と僕の様子からマントを掛けてくれた人が何となく状況を汲み取ってくれて、人払いしてくれる。

「知り合いなんだろ。そのままじゃなんだ。連れ帰ってやんな」

「ありがとうございます」

「がんばれよ。勇者」

「え――」

 僕はしばらく立ち尽くしてしまった。

 街の人に、そんなことをいわれると思っていなかったから。

「……あ」女性のことを放置してしまっていることに今更気付く。「立てる?」

「まだ、新しい身体に慣れていないのです」とその人。

「起こすよ」

 腰に手を回し、立ち上がらせる。

 女性にしては背が高く、僕と同じくらいある。

 肩を貸しながら、歩き始める。

「ちょっと、見えちゃうかな」

 横目で、その……見えてしまう。

「構いません」

「母さんの服がまだ、あったかな……多分そのままにしてあるはずだから、着れるかもしれない。母さんも、同じくらいの背格好だから」

 僕も無欲というわけじゃないが、かといってそんな雰囲気でもない。

 さっさと家に連れて帰り、母の服を着てもらった。

「凄くいい感じだ」と僕はいう。「こういうとあれだけど、ちょっと母さんが生き返ったような……」

「似ていますか?」

「顔は似てないけど……何となく、共通点があるような気がしないでもない」

「そうですか」

「それより、さ……話を聞きたいね。何といっても、僕の知らない知り合いということだから、僕の記憶の薄くなっている部分とあなたが関係しているかもしれない」

 勇者としてのどうすべきかという方向性が定まってからというもの、まるで向こう側から僕の成すべきものごとがやって来ているような、そんな事態に陥ってないか?

 それは偶然などではなく、今まで手をこまねいていた僕に対する、運命の濁流が、その堤防の決壊と共に一気に訪れているような――そんな感覚だ。

 彼女は目を細め――また僕の顔に触れる。

「よく見せてください」

 僕の姿が、彼女の心に刻まれるのを感じる。

 言葉でなく――映像として――一瞬何かが映る。

 彼女の背後には――生生しい――何か、魔術の実験場がある。

 環状に並ぶ装置の中には、彼女と似た姿の人間達が眠っている。

「私は、ミライシリーズと呼ばれる、実験体として生まれました」

「実験体?」

「人間を生み出す、実験です。その元となる素体として、あなたの母親も、含まれています」

 どんな稀代の勇者でも、そんなことをいわれたことは無いだろうと思った。

「母……さん?」

「私の中に、あなたの母親の記憶も、うっすらと残っています。私にはあなたが、世界を――私達を救う勇者様に見えるのと同時に、可愛い息子のようにも見えてしまうのです」

 この人と係わり合うことで、僕はこの人の中にある母親を見つけ出し、彼女を母親と認識してしまう気がした。

 それが少し――怖かった。

「それを着ていると、母さんって呼んじゃいそうになるね」と僕は少しおどけていった。

「構いません。あなたが求めるのなら、私はあなたの母親にもなります」

「それは……どうなんだろうな……ちょっと複雑だよ」

 もう少し考えさせてほしい、と思う。

「どうしよう、みんなにさっさと会わせるべきかな……もうちょっと、二人で話をしたいけど。えーっと……ミライシリーズっていったかな……つまり、名前はミライでいいの?」

「ミライで構いません。名前など元からないのです」

「酷いなそれは。ちゃんと人間として扱われてたの?」

「人間として振舞えるか、という研究があって……試験をして、上手くいかない個体は、その都度破棄されていきました。そうして長い間、研究が重ねられていきました。私は、古いデータを元に生成され、さる御方に手引きされて、あなたと出会ったのです」

「古いデータ?」

「新しいデータでは、洗脳された状態で生まれて来るのです。だから、古いデータである必要がありました」

 死んだ城の門番が、次の日にはあたらしいモノにすり替わっていたのは、これだな……。

「その……さる御方っていうのは?」

「その情報を開示することはできません。その御方に、危険が及ぶ可能性があります」

 ミライがあんなところにあらわれたのは……慌てて送り届けた、とかそんなところか。内部の人間で、隙を見てミライを創り、何とか僕の元へ届けた。

 たまたまそのタイミングで僕が外を歩いていたら、そうするしかない。

「まあ、大体話はわかったよ……みんなと会わせたい。いいね?」

「ええ。構いません」

 母さんと比べて――比べるのはおかしいかもしれないが――ちょっと話していて、やっぱり、どこか硬いなと思う。人工的に感じるのは、彼女が生まれたばかりで、世界に慣れていないからだ。そう思うことにした。

 ミライをキッチンへ案内すると、彼女は、そこへ、慣れ親しむように座った。

「ヒロカズ君、君と居ると美し女にを欠かないようだ」バヌガスが現れて、席に着く。

 それから、ぞろぞろとみんな集まって来る。

「誰だ?」とアルト。

「ミライだ。……えー……説明が難しいな」

 僕は、ざっくりと事のあらましを説明した。

 兵士が入れ替わったくだりもそこで一緒に話したが、ミライからは何も指摘されなかったので、概ね合っているのだろう。

「しかし、ちょっとした衝撃だな、これは」

「確かに、いわれてみりゃあ、姉さんに似てるところがある」とおじさんがいう。「こう、ヒップがさ……」

「……」

「すまない。今のは忘れてくれ」

「疑問がある」とアルト。「生成された人間は、人間なのか? それとも魔物に当たるのか?」

「そもそもが、魔物と動物の境がどこにあるのか、という問題もありますな」とバヌガス。「あまりにも狂暴化した動物は、魔物と変わらない」

「じゃあ、精神的な問題なのか?」と僕。

「その……アキさんを助けるときに、ヒロカズさんは勇者としての力が発動した、という話ですから……精神的な問題になるんじゃないでしょうか」とメイ。

「魔物の拡大解釈だな」とアルト。「都合の悪い人間を魔物ということにして殺害する未来が見えるぞ」

「まあ……ワシらのような常人では、判断を間違える。それを法としてしまえば、更なる被害者が続出……といったところか」

「真に世界を救えるのが、勇者だけだということが証明されたな」

「僕が全てを判別するのは不可能じゃないか?」

「だから敵の中央を叩くのさ。お前が」

「何にしろ、ヒロカズ君は、その、敵の中央に向かって、着々と進んでいるように見える」とバヌガス。「普段、何もしていないように見えて、こうしてミライ殿も連れ帰って来るわけじゃしな」

「それは別に僕の意思とは関係なく……」

「そもそも、お前の意思は関係ない」とアルト。「そうでなく、お前が進んでいることに意味があるんだよ」

「ちょっと酷いですね」とメイ。

「いや……確かに、全てが僕の意思とは関係ないところで進んでいる感じがする。僕の意思と連動しているのなら、僕はとっくに子供の頃に何かを成し得ていたはずだろ?」

「しかし、人間が入れ替わるってのはミステリーだな」とおじさん。「ヒロカズがいつの間にか世界を救おうとしていたってこともだが……本当に不思議なもんだ。オレは別に、お前が勇者らしいことをしなくても別にいいって思ってたからな。むしろ、そこからお前を解放してやりたかった。見てられなかったんだよ、ずっと」

「ヒロカズは勇者という運命からは逃れられないさ」とアルト。「それは今ヒロカズ自身が一番感じている筈だ」

「まあね……」

「それはそうと、その、ミライという女にいろいろ訊かなければならないのではないか?」

「そうだな……研究所の場所とかは、わからないのかい?」

「城の地下だとは思いますが、はっきりとはわかりません。私の蓄積データでは、陽の光を浴びた記憶がありませんので……」

「例のさる御方は、何かいってなかったですか?」

「さる御方?」

「ミライを外に逃がした人だよ」とアルトにいう。

「ヒロカズさんに会って……イメージを伝えるようにと」

「イメージ?」

 ミライが、手を伸ばし、僕の顔に触る。

 ――例の映像が浮かんで来る。研究室の中の――。

「これだけを伝えるために?」

「あとは――時間がありませんでした」

「ミライが現れたことが騒ぎになってたけど、大丈夫かな……」

「それはわかりません。研究室に伝われば、私は消されるかもしれませんし、放置ということもあり得ます」

「ミライさんはうちで暮らせばいいよ」とおじさん。「オレが面倒を看てもいい。外出は控えさせた方がいいのか?」

「噂が落ち着くまではやめておいた方が無難だな」とアルト。「どちらにしろ、元々ここに住んでいた記憶が少し残っているというんだから、そのままここに住まわせればいい。それが自然な流れさ」

 母が戻ってきた、のとはちょっと違うけど……もちろん、複雑な気持ちはあるのだけど……嬉しかった。

 それはきっと、おじさんにもあるだろうと思った。

「よろしくな。ミライさん」とおじさんがいう。

「ただいま――」

 彼女がそういって、笑った、その瞬間――一瞬だけ――母さんがよみがえった気がした。

 僕には――そんなイメージが見えた――。

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