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再始動勇者15

 深い闇の中に沈み込んだ、ほんの僅かに光り輝く何かを、掬い上げることが出来れば、と思う。

 僕とその少女が向かい合って座る構図は、どこか、今の僕と、子供時代の僕が向かい合って座っている構図に似ている。

 この子がこの先不幸になる――とはいわないけれど、何かを求めて、ここへ来たことは確かだろうと思う。

 この子が、このまま成長し、大人になっていくことへの疑問を抱かないわけがない。同世代の子供達との付き合いだって、ゼロではないはずだ。

 自分と、それ以外の子供との差異に気付き、悩まされる年頃――。

 それが僕にはよくわかる。

 白の会の特異さは、僕が――勇者が母を殺したという話も相まって、薄くなっていたんだろうと思う。世間の論調は、勇者に対して、否定する側へと偏っていった。だけど、僕がおじさんとこの家で暮らすようになって――少しずつ状況が変わりつつあるのも確かだ。

 この子は、そういうことに敏感で――だからこそ、様子をうかがいに来たんだろうと思う。

 勇者が本当に間違った存在であるかをその目で確かめに来た。

 ただ教えられることを真に受けるだけでなく――。

 この子は、だから、とても賢い子だといえる。

 そこに、僅かだけど、希望があるといえないか?

 ――もちろん、どの道、この子とは敵対する。

 そうだとしても、僕はその光に触れたいと思う。

 お互いに生き抜いていくために、必要な行為なんだよ。それは。

 敵とか味方とか、関係ない。

 その部分に関しては、そういったものすら、入り込む余地はない。

 少女は、目の前に壁を築くようにして――その狭い世界に籠っている。

「勇者の家はどう?」

「……普通」

「そうだね……平均的な、一般家庭より、ちょっと広いかもしれないけど。僕も、勇者であるという自覚はあるけど、殆ど普通の人間なんだ。むしろ、勝手に勇者ということにされて、ずっと困惑していた。一々人前に出て、何かしないといけなかったり……そういうのが、凄く嫌だった」

「勇者は普通じゃない」

「そうかもしれない。でも、僕という人間は普通だ。普通の大人しい……母親に甘えたような子供だったんだよ。だから、普通じゃない勇者が重荷だった。今は……やっとそれを受け入れられそうになっているけどね。勇者というものは、ずっと、普通の人間である僕のことを苦しめ続けていた。勇者であるということと、僕の人格は、別問題なんだ。そして、僕にも、普通の人生を送りたいという願望があった。母親に甘えたような、ちょっと情けない人生をさ」

「勇者が、自分の母親を殺した。勇者は、危険な存在だから」

 そういう話になっているだろうと思った。それには、何の驚きもなかった。

 しかし、どう誤解を解くかは……思いつかなかった。

「僕が母親を殺す理由は無い」

「じゃあなんで殺したの。勇者が、勝手に殺したの?」

「勇者ではなく、別の何かが、勝手に殺したんだ――信じろとはいわない。そもそも、それに関しては僕自身がこれから解明していかなければならないことだから」

「……」

「近頃、僕って、よく生きて来れたなって思うんだよ。それで、母の墓参りに行って――母に謝った。ごめんなさいってね……。それから、償いたいと思った。そして、償わせたいと思ったんだ――その何かに。そうしなければ、僕はまともに生きていけそうにない。だから……僕はその何かとは、敵対せざるを得ない」

 その「何か」が、何を指しているかについて、この子が勘付いているかどうかはわからない。

 いくらなんでも、そこまでは無理だろうな……。

「そういうわけだから、その何かにとっては、僕は危険な存在だろうね……。でもそれって仕方がないだろう? 本当に僕が母を自分の意思で殺したのだというのなら、僕はただ肩を落として、下を向いて生きていく……あるいはもう、死んでもいいかもしれない。でも、そうとは思えない確かな記憶がある。僕はそれを頼りに、その何かに対して償わせる。それが危険だというなら――勇者は危険だろうさ。でもさ、じゃあ、勇者をそうさせた何かは、危険じゃないのか? そいつが何もしなければ、勇者は危険でもなんでもなかったのにさ。何で、勇者だけ危険扱いされなきゃならないんだろうな」

「……」

「危険だ危険だと騒ぐ前に、一回考えた方がいいんじゃないか? 何が真に危険なのか。自分自身がその危険な存在に操られていないか。そして自分が操られていることで、そもそも――自分自身が危険な存在になっていないか。危険な存在であるという押しつけがましい願望が、それを見えなくさせる。勿論本当にその対象が危険な場合もある。だけど、何も見えなくなって――ただ操られるままに危険だと言い掛かりをつけ、その対象を押し潰してしまうことが本当の危険ではないだろうか」

 まくし立ててしまったが、話はちゃんと聴いているみたいだった。目を見ればわかる。

「ごめんね……この件に関しては、いいたいことが山ほどあるみたいなんだ……。だから、これくらいにしておくよ。そっちから、何かいいたいことは無い?」

 この子との対話は、ほとんど僕からのアプローチでしかない。それに関しては、まだ子供だから仕方ないし……その考えの大部分は、自分自身の考えではなく、強制的に教え込まれたものだから、なおさら仕方ないのかもしれない。

「まあ、いいよ……何もいいたくないのならそれでもいい。ただ、ここで会った僕のことは、覚えておいて欲しい。誰かに聞かされた話じゃなくて、君自身の目で確かめた僕自身をね……」

 それ以上、こちらからも、特にいいたいことは見つからなかった。

 この十年の恨み辛みをこの子にいったって仕方がないしね……。

 さて……どうするか……。

 当たり前だけど、外はまだ暗い。

 子供と遊ぶ、ったって、何も思い浮かばないし。

 まいったな……これはこれで。

「ああそうだ」僕は急に、思いついた。「シスター、メイ。母さんの腕輪は?」

「私が大切に保管してあります」

「持ってきてくれ。すぐに」

「? いいですけど……」

 僕はシスター、メイから受け取った、母の形見の腕輪を、目の前の少女に渡す。

「それを、君にあげるよ。僕の母の、形見の品なんだ」

「え? いいんですか?」とシスター、メイがいう。

「あげたいんだ。この子に……。受け取ってくれるよね?」

 ツェンは、テーブルの上に置かれた腕輪を眺めている。

「持っててほしいんだ。何となくね」

「もらう……」

 おずおずと伸びてきた手が、それに触れる。

 ツェンはそれを少し眺め、懐に仕舞い込んだ。

「ヒロカズさんって、形見の品を結構ぽんとあげちゃいますよね」

「もうなくなったけどね。でも今回も、あげてよかったと思うよ。大切なものだからこそ、そう思う」

 ほんの少しだけ――それで、何かがつながったように思う。

 僕と、ツェンの間に――。

「朝まで時間があるんだけど、もう話すことがなくなっちゃったんだ……シスター、メイに相手を頼んでしまってもいいだろうか」

「子供の相手は得意ですし、いいですよ」

「任せるよ」

 僕は……やることはやった。

 後は運命だ。

 また、受動的な日々に舞い戻るのさ……。

 僕は、うっすらと目をあけながら、シスター、メイとツェンが、子供達がよくやる遊びをやっているのを眺めていた。

 少し、眠い……。

 こうやって見ていると、その辺に居る子供と、何も変わらないな……。

 本当は、いい子なんだろうな……と思う。

 変ないざこざに巻き込まれたりしなければ。

 勇者ってのは、本当に、難儀なものだと思う。

 誰かを幸福にもすれば、不幸にもする。

 その大きな力の周りには、色んな人を巻き込む運命の力が働いていて、それに、否応なく巻き込まれていく人々が存在する。

 この子も、その一人だ……。

 何とか、幸福に……。

 この子が、幸福でありますように……。

 そう願いながら、意識が遠のいていくのを感じた。

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