再始動勇者5
ミライって、普通の人間の生活に恋い焦がれることがあったんだろうか。
ほら、研究所で破棄されても、記憶は持ち越されているわけで……。
外の光を見たのも初めてだっていってたし。
なんか切ないよな。そういうのって……。
そんなことを考えていると、ミライが向こうから歩いて来る。
「おはよう。ミライ」
「おはようございます。ヒロカズ」
「ミライはその……何か目的は見つかった?」
「目的、ですか?」
「生きる指標、みたいな……」
「当面の目標は、みなさんの役に立つことですが、今のところ、家事をやるくらいしかありませんね……」
「退屈じゃない?」
「比較的楽しいですが、退屈といえば退屈かもしれません。ですが、性に合っている気もします」
相変わらずミライは無欲、って感じだった。
「僕からも何か提案したいところだけど、何も思いつかないね……」
本当に何も思いつかないのだろうか……と考えるが、本当に何も思いつかず、困り果てる。
「ミライ自身は特にやりたいこともないんだよね?」
「ありません。現状に不満もありませんし、今の状況が、理想的なのかもしれません」
「それは盲点だった……。でも、実際そういうことってあるよね……」
失う前に気付きたいものだよな……そういうのって。
「ヒロカズは、私に何かしてもらいたいことはありますか?」
「僕が?」
「ええ。何なりと」
また出た……。最近よくある、甘えてください系の案件……。
こういう時って、やっぱり、何かしらの要求をすべきなんだよな。
そうすることで、相手も何かが満たされるわけだから……。
「ちょっと、考えるよ」
「どうぞ」
ミライの一部は母なんだから、他の人よりハードルは低いはずだ。
僕は思案した挙句、「……母さんって呼んでいい?」といった。
「構いません」
いってしまった後に、急に恥ずかしくなるかと思ったが、ミライが相手だとそうでもなかった。
「じゃあ……いくよ?」
僕は身構えて、ミライと向かい合う。
「……母さん……」
「ヒロカズ……」
……。
何か……変な感じになる。
それはミライも同じみたいで……そして、ミライが口を開いた。
「今……私の中で……何かが起きています。私は、もしかしたら、これを求めていたのかもしれません」
「僕に母さんって呼ばれることを?」
「はい……。もう少しいえば、あなたの母になりたいのかもしれません。私は」
本当にそうなのかな……。
「抵抗のようなものは全くありませんし、今までにない、活力のようなものを、自分の奥に感じます。つまり、これが……」
「でも、まだ早いよ。親子になるのは」
「そうでしょうか……」
「多分ね。それに、僕は僕で、本当の母のことを片付けたい……。それまで、待ってもらえるかな……。自分から提案しておいてなんだけど……」
「いえ。構いません。急ぐ必要はありませんので」
「まあでも、生きる指標みたいなものにはちょっと近づけたかな?」
「近づけたと思います。今までにない感覚が、胸の奥にあります」
「それならよかった」
しかし、僕は、ミライを母の代わりにして、どうしたいんだろうか。
単に、母が恋しいからか……あるいはもう居ない母の代わりに、償いをしたいのか。
そんなことをされても困るのかもしれないけど――ミライは受け入れてくれるだろう。
それに、ミライの一部は母だ。
部分的にだけど……直接的な償いにならないか? それは。
自分の感情が整理できていないが、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
「僕って、ミライを利用してるのかな」
「どういうことですか?」
「こう、ミライを都合よく、母の代わりにして……自分の思いを果たそうとしているのかもしれない」
「それは悪いことですか?」
「悪いことのようにも思えるけど……ミライ次第なのかな……」
「私次第ということでしたら、構いません。私はむしろそれを望んでいる可能性があります」
「ミライにはその抵抗はないが、僕には何か引っ掛かりのようなものがある……」
「それを取り払えれば、私とヒロカズは、母と子ということになれますね」
どこかで、本物の母は帰ってこない、唯一無二の存在だと、思いたいのか……。
ミライを母とすることが、そもそも、償いに反するのではないか。
母は母で、ミライはミライ。
わからなくなってくる……。
元の母は、僕がミライを母とすることを、悲しむだろうか。
もしそうであるなら、目の前でそれを受け入れようとしているミライは何だ?
ミライも、母の一部なんだ……。
つまり、母はそれを受け入れている。そう考えることもできる……。
結局は、自分次第なのかもしれない。
「やっぱり、まだ、母さんと呼ぶことに抵抗があるから、元に戻すよ」
「そうですか……残念です」
「それじゃあ、また」
「はい」
ミライと別れ、僕は庭に出る。
自宅の庭はそれなりに広く、子供の頃、ここで剣を振る練習をしたこともある。
鞘から剣を抜き、構える。
実際にこうして剣を握るのは久しぶりだが、やることは基本的に、棒の時と同じだ。
ある種の精神的な障害がそれを邪魔をしていたが――今はそれは無いはず。
まずは、力を抜き、一振りする。
比較的短い剣は手に馴染み――ひゅ――といい音がする。
死の直前の母の顔は浮かんでこない。
そうして、何度も――何度も振る。自由自在に振り回す。
これといった危機でもない限り、僕の印は浮かばない――。
そういう時に、自分が役立たずにになるのは辛いから、素のままの自分と、この剣とで、何とか立ち回れるようにしておかなければならない。
普段何もしていない勇者っていうのは、結構辛いんだ――。
お金もロクに稼げないしね。
思い切り剣を振る。剣を振る。振り回す――。
少し短いけど、多分何とかなる。親しみを感じるんだ――この剣に。この、どこか寸足らずな感じに。
振れば振るほど馴染んでくる。
いけるいけるいける。
正直、天賦の才は子供の頃あった。
それが少しだけ思い出されてくる。
「ハッ――ハ!」
自然と声が出て、熱が入る。
更に剣速を上げ、目の前に仮想した敵を滅多斬りにする。
これ、本当にいけるんじゃないか?
これなら、普通に、普段から――まともな勇者として戦える。
もちろん十年の――ブランクはあるにしろ、いける。勝てる。
ちょっと、誰かと手合わせしたくなってきた……。
家の中へ入り、地下の書庫の扉を開く。
「バヌガスさん。ちょっといい?」
強引に連れ出して、それから剣がないことに気付く。
「ワシの剣があるので、大丈夫ですぞ」
「よかった。じゃあそれで」
「しかしよろしいのですかな? そちらの剣とは格が違い過ぎますが……」
バヌガスはちらりと僕の手に握られた剣を見てそういった。
「いいよなんでも。軽く打ち合うだけだから」と僕。
「では、お言葉に甘えるとしよう」
バヌガスにも、肌身離さず持ち歩いている剣があった。それは今は袋の中に包み隠されているが、取り出すと――一瞬でそれが、彼が代々受け継いできた名のある剣だとわかった。
「僕の剣も、かなりいいんですよ。10Gですが」
「そうは見えませんな」
鼻で笑われる。
まあ、やってみればわかる。
庭に出て、少し、離れた状態からスタートする。
バヌガスが剣を構えると――彼の身体と剣とが、何かで接続されているように見えた。
彼が、彼の剣と共に育ってきたというのなら、それはあり得るだろうな……。
対して、僕と僕の剣は、ほんの数時間程度の付き合いでしかない。
それでも、なぜか手には馴染んでいる。
この剣が笑われてしまったことが、僕という存在とどこかで繋がっている。
問題ない。いける。
「来なさい」
打ってくる気がないとすぐに判った。
向こうからは何も手を出さず、全て受け切る、という彼の意志が空気で伝達する。
ただ、彼の目は酷く冷たかった。
僕は、とにかく一撃合わせてみようと思った。
そうしないと何もわからないから――。
走り込んでいき、シンプルに、単刀直入に振り下ろす。
瞬間僕は身体ごと後方に吹き飛んでいき――。
その、謎の剣圧に眩暈がした。
「油断しすぎですな」
「ちょっと足が滑ったんですよ。久しぶりなんで」
お前、大丈夫か? と剣に問いかける。
すると――あんまり大丈夫そうじゃない顔をされた気がした。
おそらく――全てが敵わない。足元にも及ばない。
でも勝とうか、この試合――。
――剣が、頷いた気がした。
いける――再度そう思いながら立ち上がる。
「あくびが出ますな」
そういったバヌガスの目はどこか冷たいままで、空気が凍り付く。
構わず走り込んでいき、振りかぶる。
渾身を籠めて打ち込む。だが、脳裏ではその次をイメージ。
圧が来る――。
剣が受け取ったその圧を、自分のものへ変換し――更に勢いを載せて返す。
もちろん簡単に受け止められる。
「戦場なら死んでいますな。そちらが」
冷たい――。
この人の剣は、どこまでも冷たく感じる。
それと比較して、僕には、剣に載せるものが、自分自身の中に、何も無い――。
いや、考えろ――。
自分は何者だ?
――僕は勇者だ――。
剣に問われる。
――勇者って何だよ。なあ、勇者っていうのは一体何なんだ?
「そろそろ、終わりですかな」
「……勇者って、何なんでしょうね……僕はそれが、未だにわからない」
「?」
「でも、それはあるんですよ。ここに……」
「ほう」
印が、浮かび上がっていた……。
――何なんだ? これは。
「こちらも本気でいくしかあるまい」
そして――。
――なぜ勝ってしまったのか、よくわからないまま――僕は勝ってしまった。
そして疑問だけが残った。
――勇者って、何なんだ?――。
答えは存在しない気がした。
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