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再始動勇者4

 しっかりと綴じられたその日記は、どこか薄暈けていた。

 僕が一枚一枚、ページを捲るたび、少しずつ母が戻ってくるような感じがした……。

 まるで、本自体にあたたかみがあるような……そんな錯覚を覚えた。

 母の形見の腕輪とは違った、別の……母の人格がそこにある。

 僕は更に、その文章へ目を通した。


 ――今日は、ヒロを、儀礼に連れていく日でした。

 大音響のオルガンが鳴る部屋に通されると、ヒロが、私の手を強く握ってきました。

 亡き夫は、儀礼の際、暴れ回り、オルガンの上に飛乗るような子供だったのらしいですが、ヒロは、大人しくて、とてもいい子にしていました。

 儀礼を受けることにより、ヒロはカルマを洗い流され、綺麗な身になって、その宿命に挑むことが出来るといいます。

 その後、衆目の前で、ヒロが印を光らせてみせなければならなかったのですが、緊張の為か、上手く行きませんでした。

 最近、勇者というのは洗脳だ、といい掛かりをつけてくる人達がいます。ヒロの失敗が、その人達につけ入る隙を与えなければよいのですが……。

 それと関係があるのかはわかりませんが、私の身近で消息を絶った人が何人かいます。

 私の中で……何かが、少しずつ遠ざかっていく予感がします……。

 私は、ヒロの身に、何も起こらないことを嘆願します。

 私はどうなっても構いません。

 どうか、ヒロを御救い下さい。


 ……。

 母さんは、そんな風に書き残すべきじゃなかったんだと思う。

 自己犠牲なんかはやめて、生きて生きて、生き抜くべきだった……。

 でも……多分、何かを感じて、そう書き残さざるを得なかった。

 そう考えると、辛かった……。

「見つかったんですね。日記」とメイ。

「ああ。すぐわかるところにあったから」と僕。

「ヒロカズさんのお母さん、行事の時に見たことはあるんです。だから、何となく雰囲気は知ってるんですよ」

 メイは、僕の隣に座り、日記に書かれた文章を眺める。

「母さんは、真面目だったから……教会にもよく連れていかれたな……。その時には、もうメイはいたのかな?」

「いましたよ。ヒロカズさんのことも、もちろん知っていました。話し掛けることは出来ませんでしたけど……何か恐れ多くて」

「まあ、あの頃はね……」

 あの頃はまだ、皆、勇者に対する信仰が厚かった。

 今はもうさっぱりだけど。

「実をいうと、その時、ヒロカズさんってかっこいいなぁ……って思ったんです。子供ながらに」

「……」

「そうしたら、ある日……血塗れになって、私の所へ来て……」

「どうしちゃったんだ、って思ったろ」

「運命を感じました。自分自身を責めるあなたを見て……私が、あなたのお母さんに、勇者の運命と共にあなたのことを託されたんだと感じました」

「母さんがよく連れてきてくれたから、僕はあの時、無意識にあそこへたどり着いたんだと思う。だからやっぱり、そういう導きがあったっていうことなんだろうね……」

 何度思い返してみても、あの時あそこでシスターに出会っていなければ、僕はどうにかなっていたと思う。

「何か、ヒントは見つかりました?」

「今まであまり見ないようにしていたけど、勇者信仰の崩壊、みたいなものについて……真面目に調べるべきだと思ったよ。この日記を読む限り、多分、事件のこと以外にも、何か、その崩壊について裏で手を引いている人間がいる。母は、それを感じていて……死んだ」

「はい」

 仕方ないとはいえ、僕もシスターもこの件に関してはひたすら気持ちが沈み込んでしまう。

「とにかく、進まなきゃいけない道は見えてきてるんだ。十分な進歩だよ」

 シスターが仕事へ戻ると、僕は合間に一息入れながら、その日記を最後まで一気に読み切ってしまう。そうして、しばらく母のことを思い出しながら、その余韻に浸る……。

 僕はいつの間にか眠っていて……その夢の中で、母と出会う。

「母さん。ごめんね……」

 夢の中でそういうと、母は、笑っていて……だけど、何もいってはくれなかった。

 でも……泣いていなくてよかったと思う。

 夢の中の母が。

「じゃあ、僕は行くね」僕は、笑顔のままの母にそういった。

 段々温もりが遠ざかっていって……。

 母の姿が遠くへと消えていった。


    *


「相変わらず、人の目を忍んでいるんだね」と僕は彼女にいった。

「で、何の用?」と黒衣の彼女。

 僕は母の日記を渡す。

「ああ、あったのね。それ」

「そこに書かれている、勇者否定論者のことを調べてほしいんだ。十年も前の話だけど、多分、今も活動している」

 シアーはざっと日記に目を通す。「……なるほどね。勇者を貶める噂を流している集団か」

「どうしよう。報酬とかはあまり払えないかもしれないけど……」

「考えておくわ。お金以外でもいいし」

 彼女に何を要求されるのか……全く想像がつかなかった。

 でも、他にあてがあるわけでもないし……一応、仲間だから、安心して依頼できると思う。

「勇者に貸しを作れるのは今のうち、ってね……」シアーは何かを企むような眼をしてそういうけど、それは外面だけで、本当はもう少し――それは僕の希望的観測だけでなく――仲間意識みたいなものが、多分……あるんだと思う。

「できるだけ、ちゃんと返すから」

「期待してるわ。……あなたは信頼できる気がするし、こちらとしても、完璧に仕事はする」

「どうして?」

 僕は、彼女の中の、本当の答えを導き出したくなる。

「わからないわ。気弱なのに強いからかしら……。少なくとも、気が強いくせに弱い男よりよっぽどいいと思うわ」

 僕は、男としての評価が聞きたいわけじゃなかった。

「――それは、僕の調子のいい時しか見てないからそういえるんじゃない?」

 とにかく、彼女から何かを引き出したい。もう少し仲間として、近付きたいんだと、そこでやっと僕自身の気持ちに気付く。

「話を聞く限り、あなたは十分強いわよ。色んな意味で」

「評価されるのは嬉しいよ。ただ、過大評価気味なんだよな……最近」

「剣でも振ってみたらいいんじゃない。まあ、私は不要だと思うけど……あなたはそんなものがなくても十分強い」

「……」

「もしかしたら、下手に普段強くなってしまったら、あなたは弱くなるのかも。そんな気がするわ」

「一応……剣は振るよ。うん。それがいい……」

 何か、思った答えとは違ったけど……彼女が僕に興味を持っていることは確かだと判った気はする。

「いい? あなたはこんな状況になって……十年間、知らず知らずのうちに鍛え上げられてしまった。だからいざという時に……あなたは異常に強いのよ」

 そして彼女はそういい残すと……どこかへ消えていった。

 ――本当か? と思ったが……彼女のいう通りのような気もする。

 ……。

 まあ、いい……とにかく、何か、適当な剣でも、その辺で見繕ってくるか……。

 そういう約束もしてしまったしな……。

 そういえば、アキがあそこでもう働き始めているらしい。

 勇者の剣事件の店……。

 店内へ入ると、早速アキが出迎えてくれる。「――あ、ヒロカズさんじゃないですか。お買い物ですか?」

「何か剣を買おうと思ってきたんだけどさ……あんまり予算はないんだ」

 正直、今日、買えるかどうか怪しいくらい手持ちがないということを、今、思い出した。

「剣でしたら、このグレートソードが今のおすすめなんですが……ちょっと高いですよね」

 2メートルくらいはありそうな剣を見上げる。

「そもそも、ちょっとそれは大きすぎるかな……さすがに」

「かっこいいかと思ったんですが……」

 視線を彷徨わせ、適当な片手剣を探す。

「ああ、それでいいよ。そこのそれで」

 どこかしょんぼりとした……売れ残りの剣を見つけてそういってみた。

「え、これですか? 何か、あんまりかっこよくないですが……」

「お似合いだよ。お似合い。何G?」

「10Gです」

「ああ、ギリギリ買えるね。じゃあ、それで」

 実際に手に取って、少し具合を確かめる。

 微妙に短い気がしないでもないが……何かしっくり来るな。

「これならいけるかも。リハビリ用として……」

「本当ですか?」

「悪くないよ。ほんと」

「あ」アキがカウンターの下でごそごそし始める。「これもお付けします」

 相当使い込まれた鞘を手渡される。

「いいのかな」

「その剣用のじゃないんですけど、ちゃんと納まると思います。余ってるんで大丈夫ですよ」

 腰に差してみると、これまた、しっくり来る。

「どうですか」

「ああ、ちゃんと入るよ。がたつきもないし――いいんじゃないかな」

 何度も抜き差しし――確かめる。本当にいい――。

「あの……ヒロカズさん」

「何?」

「今日、この後お時間いいですか?」

「いいよ。もちろん」

「よかった……それじゃあ準備してきますね」

 アキは裏へ引っ込むと、帰り支度をしてそのまま出て来る。

「それじゃあ、後、よろしくお願いします」

 入れ替わりで出て来たいつもの店員にそう挨拶して店を出た。

「よかったの?」

「丁度、交代の時間だったんです」

「もう結構お店に馴染んでるんだ?」

「あの店員の人、結構ヒロカズさんの肯定派の人なんですよ。それで、話が合って……」

「え……そうなんだ」

「結構お店には来てるんですよね」

「まあ……棒のリピーターだったから」

「棒?」

「あるでしょ。隅の方に棒ばっかり売ってる場所」

「ああ……わかります」

「しかし、そんな人が居たとはね……」

「最近は、増えてきているらしいですよ。勇者を肯定する人達」

「特に何もしてないし……おじさんにもあんまり事件のことは周りにいわないようにっていってあるんだけど。都合上」

「一緒に住み始めたっていうことで、みんなどこかで許そう、という空気になってるんじゃないでしょうか。それに、ヒロカズさんの苦しんでる姿も見ていたでしょうし……。あ、私も余計な話はしていませんよ、もちろん」

「でも、それならよかったよ。そういう理解者の居る場所で働けるなら安心だし」

「そうですよね。私も、想像以上に順調で、助かっています」

「上手く行ってるお祝いをしてあげたいけど、お金が……」

「大丈夫ですよヒロカズさん。私に奢らせてください」

「え? アキのお祝いなのに逆に奢られるって……さすがにそれはないんじゃないかな」

「シスターには、よく甘えてるくせに……」

「え……」

「私には、甘えてくれないんですね……」

 甘えてくれ、といわれて……そこで初めて、僕はシスター、メイ以外の人に甘えることの難しさを痛感した。

 そして同時に、シスター、メイへ甘えることへの、ハードルの低さも露呈してしまい、少しうろたえる。

「私って、何が足りないんでしょう。何かが足りないのはわかっているんですけど、それが何なのかということが、わからないんです。多分そのせいで、ヒロカズさんにも甘えてもらえないんです」

「それとこれとは別な気がするけど、中々難しい問いかけだな……それは」

「すいません、変なこといって……でも、そのことで結構悩んでるんです」

 自分自身の足りない部分ならいくらでもあげられるが……基本的にアキはいい子なので、そういう点のあげづらさはあると思う。

「……特にない、気はするけど……あえていうなら、その……欠点があまり見当たらない所が、逆に、足りなさを生んでいるというか……」

 苦し紛れに僕は答えをひねり出した。

「なるほど……深いですね」アキは、それを素直に受け取ってしまう。「さすがヒロカズさん」

「あんまり真に受けないでね。ホント、適当にいってるだけだから」

「でも、的を射てる気がします」

「うーん。でも、アキはそのままでもいい気はするけどなぁ……」

「いえ。足りないんです」

 この人も頑固だ。

「でも、僕のいった通りだとして、あえて欠点を作るの? それって何か無理がないかな……」

「確かに……変なことになりそうですよね」

 僕には経験がある。あえて不甲斐ない勇者を演じようとした時に、全然ダメだったっていう、あの何ともいえない経験。

「やっぱり、アキのことを好きになる人は、自然なアキを好きになったほうが幸せだと思うし、アキ自身にもそれは当てはまるんじゃないかな」

「ふむふむ」

「自然なままでいいよ」

「ヒロカズさんにはかないませんねぇ……」

 僕はそこで、アキに甘えることで、丸く収めようと思った。

「――今日は、アキに奢ってもらっちゃおうかな……」

「ヒロカズさん、お酒は?」

「自分からは飲まないけど、多分、飲めるよ」

「じゃあ、行きましょうか?」

「行こう行こう」

 アキと居ると、楽しいし……それだけでいい気がするんだよな……。

 彼女は別に、今のままでいいよ。ホントにさ。

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