再始動勇者3
「この辺りの宿屋でいいだろ」
「じゃあ、荷物を預けてくる。そこで待っていろよ」
こっちの都合はお構いなしか、と思ったが……別に用事があるわけじゃ無かった。
これまで僕をあざけりに来た人間達を元に類推し、アルトがそれにあたる人間じゃない、ということは、少しずつ認め始めていた。
ただ、どこかでその二つが地続きになっている可能性は否定できない。
自分を理解、あるいは信用する人間が現れることを祈ったことはない。
だから期待はしていなかった。
「無断でいなくなってはいなかったな」
月の満欠けのように表情が変わる女だと思った。
いうに及ばず、僕は表情の変化に乏しい。
アルトという女は、そんな僕の中に潜り込んで――何かを変えてしまう気がした。
「英雄神話のような勇者は求めてはいないが、自分のいったことは守って貰わないとな」
「一々ひとこと多い仲間だ」
「勇者がもう少ししっかりしていれば、一々いわずとも済むんだが……」
「……」
何でもない言い合いをすることが、ずっとなかった。
そんな相手がいなかった。
少し生意気で、適度に殴り合える相手……。
ただ時々、本気でいらっと来て――。
「――口を閉ざすな。口を閉ざすとろくなことがないぞ」
確かに……その通りだ。
「でも、お前に全部いい返していたら、キリがないよ」と僕はいう。
「だったらずっといい返していればいいじゃないか。それこそ、永久に……。そうだろう? 寂しい勇者さん――」
僕が色を失った状態から抜け出せなかったのは、誰にもいい返せなかったからだ。
といっても、目の前に居るこいつ以外で、そういうことが出来る人間は、やっぱり居そうにないけれど……。
「ヒロカズ。お前の思考は判りやすくて嫌いじゃないぞ」
僕だって、段々、アルトに対して嫌な感じがしなくなっている……だから、そのうち、こいつと一緒に居ることが当たり前になる。
そんな未来が見える。
でも……どちらにしろ、期待には応えられない。
それは変わらない。
ただ、ずっと灰色だった世界に、色彩やコントラストが戻ってきたような感覚が、少しした。
もちろん状況は変わっていない。
それでも……救われた気がした。
「いいよ。もう、仲間で」
「ただの仲間ではないぞ。世界を救う仲間だ」
「だからそれは無理だろ」
「無理ではない。お前が思い込んでいるほど、お前は弱くない」
「根拠がない」
「根拠が世界を救うわけではない」
「また、屁理屈が始まった……」
「屁理屈ではない。真理だ」
意識を巡らせて、何かを捉えようとして――それに失敗する。
僕にとって真理とは、とらえようのないものなのかもしれない。
目の前のこの、アルトのように。
「わかった。お前が真理だよ」
「……まあ、いいだろう。少し馬鹿にされている気がするが……」
「いや、ホントに、素直にそう思ったんだよ。今。唐突にね」
「本当か?」
アルトが、覗き込んでくる。
「本当だって」
僕は照れて目を逸らす。
「怪しい」
「とにかくさ、あんまりアルトの期待には応えられないだろうけど、それでも仲間になるっていうなら、いいよそれで」
「期待には応えてもらうさ」
思ったより頑固だな、こいつ……。
「これから、どうするんだ?」とアルト。
「予定はない」
「街を案内してくれ。来たのは初めてだからな」
「まあ、そのくらいならいいけど……」
世界を救うなんていうのは、今の自分からしたら大逸れていて、かといって今すぐやるべきことも見つからず……ある意味それは、暇つぶしのいい口実にもなった。
だから僕はアルトを案内することに決めた。
「この街は、治安はどうなんだ?」
「いいとも悪いともいえないな……。ただ、場所によってはあまりよくないかもしれない」
そもそも、あまり関わり合いになりたくない、という……まあ、それはいいか。
「どこもそんなもんさ。どうやっても、そういう人間がたむろする区域は出てくる」
「まあでも、ましな方じゃないかな……殺人事件とかも、たまにあるけどね」
生ある者は必ず死ありというけど――母の顔が浮かぶ――まともな死に方をしたいよな。
「どうした?」とアルト。
「……? どうもしないが?」
「顔が怖いぞ」
「え?」
僕は自分の顔を触る。少し、硬いかもしれない。
「大丈夫大丈夫」
「なら、いいんだが……」
「時々おかしいんだよ、僕……精神的にさ。だから気にしなくていいよ」
「そういわれると逆に気になるんだが……」
案内してくれ、といいつつも、アルトは人目を盗んでいつの間にか姿を消すことが多かった。
「子供か」
僕はアルトの腕を掴んで連れ戻す。
「すまん。つい、珍しくてな……」
「しっかりしてくれよ。仲間」
「そう。私は仲間だ」
「あんまり嬉しくないだろ。こんな勇者の仲間は」
「またそれか」
「仕方ないだろ。十年これなんだから」
「十年間それで、これからもそのままという考えをやめろ」
「いうのは簡単だ」
「そうやって永久に引き籠もっていればいい」
「……何だと」
「もういい……こんな勇者の仲間はやめだ。私は一人で何とかする」
アルトは一人で行こうとする。
「おい、そっちは……」
……まあいいか。
もう、他人だ。
……。
いつもの状態に戻っただけなのに、妙に寂しさを感じた。
いや……慣れよう。この状態に。
どちらにしろ、あいつの期待には応えられないんだから、これでよかったんだよ。
……十年間それで、これからもそのままという考えをやめろ……か。
本当に長い間、沈黙していた、手の甲の印が輝きだした。
わかったわかったわかりました。行けばいいんでしょ――。
そうして、僕はアルトを救い出すために、走り出した。
……。
「と、いうわけで……僕はアルトと出会った」
「かっこよく助けたところは聴かせてくれないんですか?」とメイ。
「それはもういい」と僕。「話が長くなってきたので、ちょっと端折るぞ」
「賛成だ。疲れてきた」とアルト。
「……その後、そこのバヌガスさんが訪ねてきて、いつの間にか仲間になっていた。そして、そこのシアーが国王暗殺に行くところを僕が止めました」
「ヒロカズさん、何気に活躍してませんか?」とメイ。
「その辺りから、段々調子が戻ってきた」
「錆びついていた勇者の能力がまともに機能しはじめたのですな」
「まあ、そういうことだ。封印されていた、ともいえるが……」
「で、その後……何だっけ?」
「おい」とアルト。「しっかりしろ」
「確か……シアーが殺してしまった門番が翌日何事もなかったように復活し……とりあえず、事態は膠着した……」
「それが複製人間ですね!」とアキ。
「正解!」
「楽しそうだな……」
「暗くなるのは向こうの思う壺だからな。それでいいんだぞ、アキ」
「よかったです。ヒロカズさんに褒められてしまいました」
「よかったですねぇ」とメイ。
「で、その時僕は、自責の念に囚われていて、それと同時に、一部の記憶に鍵が掛かっていることをようやく自覚し始める」
「それは仕方なかったと思います」とメイ。「十年という時は、必要だったんです」
「僕は何とか鍵を抉じ開け――それから、おじさんと和解し、この家へ戻ってきた」
「本当に、よかったと思います。それは」とメイ。
「殆どメイのお陰だったと思う。この十年、生きて来れたのはさ……」
「なんかしんみりするな」とアルト。
「いい話ですな」
「ちなみに、アキの手紙はおじさんのところで止まってたので、その時初めて手紙の存在に気付く」
「山になってたからな……」
「ずっと返事がないのによく送り続けてましたね、アキさん」
「返事がない方が燃えました」
「強いな、おい」
「まあでも、泣いちゃいましたけどね」
「そして……ミライが研究所を抜け出して……僕の所へ来た。ミライは、どこか母に似ていて、一部母をベースとした複製人間だと告げられる」
「まあ、事前にすげ替わった門番を目の当たりにしていなければ、信じなかったな、私は」とアルト。
「ミライ、何かある? いっておくことは……」
「特にありません」
「次。これが最後」
「私の番ですね」とアキ。
「そう。アキがこの街……いや、この家へやってきた。ようやく話が追いついたね」
「しかし、仲間が増えたもんだな」とアルト。「女は多いが……」
「まあ、ありがたいことですな」とバヌガス。
「別に戦争しようってわけじゃないんだからこれでいい。戦うといっても……僕が一人でケリをつけないといけないような戦いだし、多分、そうなってくるんじゃないかな」
「私も戦えるが」と黒衣の女――シアーがいう。
「それはそうだけど、僕が倒したいんだよ。僕を、こんな風にしたやつをさ」
「どちらにせよ、勇者の力が再度覚醒し始めたということを悟られれば、向こうから刺客が送られてくることもあるでしょうな。その時は、ワシや、彼女の出番もあり得る」
「まあ、それは……」
「例の、声の主を探すのも、あまり悟られないようにすべきじゃないか?」とアルト。「まあでも、本人にしか声が判らないから無理か」
「とにかく、いざとなったら戦えるようにしておくよ」と僕。
「お前、剣を振れるようにはなったのか?」
「まだ、試してない」
「試せよ」
「そうだな……それも追々……」
棒じゃダメかな、と思う僕であった……。
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