自信喪失勇者
「毒消しをやろう」
鉄板の上に毒消し草をのせ、しっかり火を通す。
なぜ僕は、この人を仲間に受け入れてしまったのだろう……。
そろそろまともな金策をしないと、ヤバい。
「またいつもの発病か? お前はいつも精神ステータスが異常だな」
毒消し草を、タレにつけ、食す。
……寝そべると、全てがどうでもよくなってくる。
「お、生命の危機に反応して、手の甲に印が浮かび上がったぞ。正真正銘、君は勇者なわけだ」
「人間的にここまでダメな勇者を、世界は求めてないだろ」
「そんなことは無い。一人の人間を助けることだって立派な勇者だよ。私は君に助けられた。あの時の君は、かっこよかったなぁ」
そういわれると、もうちょっと踏ん張ろうかなと思えてくる……最悪、教会へ行けばシスターに何か恵んでもらえるし、少しでも、前進しないとな。
「ほら、パンをやろう」
――もってんじゃねーか、と、叫びそうになりつつも、それを飲み込んで大人しく受け取る。
「ありがとう……」
なぜ最初に毒消しを出したのかは、深くは追及しない……ここにパンがあるのだから。
*
寸分たがわぬ伝説の勇者の剣のレプリカを、手に取って眺める。
ちゃんと勇者像に持たせる形で設置してあって、凄いんだよな、コレ。
「マジで意匠を尽くすって感じで細部まで創り込まれてて、ずっしりと重くて……強くなった気がする」
「剣と印が共鳴したりしないか?」
「するわけないだろ。大体これはレプリカだし、先代のやつなんだからさ」
そもそも、自分が本物という気がしない。
「正直、これだって高すぎて買えない。まあ、良さそうな棒を買うよ。棒を」
物々しい装備に身を包んだ屈強な戦士達が店に入って来て、通りすがりに、肘鉄を食らわしていく……謝りもせず……というか、気付かれてすらいない。
「何だあいつらは、ちょっと文句を――」
「待て待て、かなうはずないだろ」僕は腹を押さえながら必死に止める。「いいんだよ、もう」
剣を勇者像の手に戻し、棒が無造作に置かれているコーナーへ行く。
人気が無いようにみえて、みんな通る道であり、実は奥が深い。
「酷い場合は、虫食いがあったりもするんだぞ。木の質感や、比重を考えて……グリップは、後で削ってもいい……よし、これだな」
「6Gになります」
「――そこの客人。君、君だよ……そこの棒を持っている君」
街中で威張る高圧的な兵士によく行動を怪しまれている僕は、突然声を掛けられるとびくっとなる。
「そう固くなりなさるな。君が噂の、いつまで経っても最初の街から旅立たない勇者かね?」
未だ先代勇者の人気は根強く、それと比較してあまりにもダメな僕を、周囲の人々は見限り……そして、遠方から、そんな僕を見世物として、一目見ようとやって来る人もいる――。
「ふむ……中々骨がありそうに見えるのだが、ワシの見間違いかな?」
「骨なんかないですよ。僕に、骨なんか……」
「あると思うけどなぁ」
「――そこのお嬢さんも、そういっておるが?」
僕は、またか、という感じで、深く息を吐く。「――じゃあ、これから戦いに行くんで、ついて来てくださいよ。それで、確かめればいい。あなたの目が確かなのかどうかを」
僕が見たところ……この方は、素手で、例えば盗賊団の親玉を簡単に引っ捕えることが出来るくらいの達人だ。なぜか人を見る目だけはあるのは、少なくとも僕が勇者であることの証明なんだろうさ。
「――行きますよ。見ててください」
鋭い牙を持つ、全長2メートル程あろうかという大蛇を見上げるように対峙して、グリップを強く握り込むと、膝が震えて来る。
――勇者って何だ? ただの都合のいい、幻想――そんな風に、いつも思えて来る。
子供の頃は、勇者の子孫だっていわれて、友達にもてはやされ、調子に乗ったりもした。でもある日、僕は剣を握ることすらできなくなった。そこから比べたら、成長したって思わないか?
成長したんだよ。これでも――。
剣術の腕を見せる間もなく、僕はやられてしまった。彼女の膝枕の上で「よく頑張ったよ、君は……」といわれてしまう。
せっかく選んだ棒は、真っ二つに折れてしまっていた。
「勇者というのが何なのか、というのは僕の命題です。僕も勇者らしくしようと、何度も試みましたけど……諦めかけているんです。もしかしたら、勇者じゃなくて、別の人生もあるんじゃないかって……でも、心の底では、諦めきれていない。全く、どうしようもない奴ですよね……僕ってやつは」
結局、今回の件でお金を使い果たしてしまい、形見の腕輪を手放すことに決めた。
今でも母の亡骸を思い出す。僕のせいで死んでしまった、母の、最期の顔。
「待ちなさい。それを売ってはならんよ」
「でも、もう……」
これを持っていても、母を生き返らせるという願いが叶うわけじゃない……。
ダイビングキャッチをするように――誰かが僕の手から、母の腕輪を奪い取った。
「ヒロカズさん、自分自身が何をしようとしているのか、わかっているんですか!」
「シスター、メイ」
「これは私が没収しておきます」腕輪は、シスターの懐に入っていった。「食べるものは、うちにありますから、来てください。ほら!」
手を強く引かれる。
「ワシも馳走になってよろしいかな」
「――え。何か増えてる――また――」
「メイの料理は絶品だのう~」
「待て待て、せめて自己紹介を……」
「勇者、というのは、どんな状況へ陥っても、必ず誰かに慕われておるもんじゃ。ワシはバヌガス。しがない武闘家じゃよ」
「アルトリア。気軽にアルトと呼んでいいぞ」
「いや、お前には訊いてねーんだが……」
「なぜか名乗らなければいけない気がしたんだ」とアルト。「細かい勇者は嫌われるぞ」
確かにそれはある、と僕は思うのだった。
*
結局、今日も手ぶらで帰って来てしまった――。
シスターの手を借りないようにするどころか、毎日それを活用し、それがまた、当たり前になりつつある。
勇者としてこれからどうするかということに関して考えようとすると、目の前が暗闇に包まれそうになる。
僕は、勇者という概念を、どこかに置忘れてしまった、ただの人……いや、それ以下の存在に相変わらず成り下がっていた。
「僕って一体何なんだ?」
「――おかえりなさい、ヒロカズさん」
「シスター、メイ。ただいま……みんなは?」
「作物の収穫を手伝ってくれていますよ」
「季節の野菜が美味しい時期だよね……僕も手伝うよ」
みんな、もう、勇者として無収穫のまま帰ってきた僕をおちゃらかすこともせず……だから僕も、一心不乱に農作業に集中した。
「いい汗かいたな、ヒロカズ」とアルト。
「でも、いつまでこの平和が続くんだろうな……」
「宮廷騎士団の手に負えない奴が攻め込んで来る、ということは、当分ないだろう。勇者以外にも有能な人間は沢山いるしな」
「勇者とは、一体……」
「だがしかし、研究者達の間では、そろそろ周期的に新たな危機が到来するともささやかれているぞ」とバヌガス。「そうなれば、勇者以外の人間には手に負えまいて」
なぜこの人は、ナチュラルに居ついているのだろう……と思う。人のことはいえないけど。
「しかし近頃は、本当に人間側が力をつけているとは思わないか? バヌガス公。これは信頼できる筋の話なんだが、近々、国家間戦争が始まるとか始まらないとか」
「本当に人間同士の戦いならまだいいんじゃがな」
二人が現勇者の許容範囲を大幅に越えた話をしだしたので、そそくさとその場を去ることにした。
自分がまず起こさないといけないアクションは、ここから旅立つことなんだよ。それ以上のことを考えると……ああ……また、目の前が暗闇に……。
*
「――シスター? 今の荷馬車は?」
「何か、軍隊の荷物を運んでいるらしいです」
軍需品?
最近、夜中に黒衣を着た怪しい奴を見掛ける。
――深夜、何を思ったか、僕は猫の子一匹いない街へ繰り出した。
どさり、と誰かが倒れる音。
いつも高圧的だった城の門番が、死んでいる――。
向こうへ消えていく黒衣の切れ端が見えた気がする。
不思議と、足が震えないどころか、勝手に先へ進んでいく。
通路の突当りを曲がると――背後から、頸動脈にナイフを当てられる。
「誤解だ」と僕はいった。「仲間だよ、仲間」
ナイフは下ろされることなく……。
異常な程集中が高まっていて、手の甲には印が浮かび上がっていた。
――動ける。
「話が分かる奴だと思ったんだが……」
投げ飛ばしたのは、女だった。やたらと軽かった。
ナイフを奪い取る。
声を上げることもせず、暴れもしない。
今更だけど、「勇者って何だ?」
「――は?」
「なあ、この国が、どこかに戦争を仕掛けるのか?」
「――そうよ」
「殺しはしないから、ついて来てくれ」
*
頼むから、変な気は起こさないでくれよと思いながら、黒衣の女を教会まで連行した。
女を連れて行きながら、自分自身が何か別のものに変身してしまったような気がして、恐ろしかった。
「――暴れなければ、何もしないから」
「――わかってるわよ」
「――いい、宝刀だな。これ。後で返すから」
「――変な人……」
中へ連れ込むときにシスターとすれ違ったが、シスターは、黒衣の女を見て、ぺこりとお辞儀をする。
いつもと違う僕の雰囲気に、声を掛けられずに――。
二人の前へ連れていくと、女はひれ伏して、「報告します」という。
「――いい、いい。大体わかっとる」とバヌガス。
「機能したな」とアルト。「勇者というのは不思議なものだ」
「説明しろ」
「落ち着け。彼女は人道的なことしかしていない」とアルト。
「城の兵士が死んでたが?」
「あれは人ではない」
「しかしアルト姫、彼はどっちなんだ?」とバヌガス。
「それはまだわからんが、機能し始めたのは確かだ」
開眼したついでに、いい当ててやるよ。
「あんたらは、下手したら……王族だろ? しかし、自ら探りに来るもんかね」
「――自分の目しか信じないタチでね……」とアルト。「それに、今はいろいろと他人が信用しづらい時期なんだ」
「魔物が、入り込んでおる」とバヌガス。「どこの国も非常に危険な状態じゃよ。安全な国などもう無い」
「――そういうわけで、勇者の力を借りに来たわけさ」
「しかし、急に肉食性になったと思わんか? 姫よ」
「勇者というのがただの名誉でないことの証さ。それはその人間に与えられた性質なのさ」
どうやら目当ては僕ということらしいが……確かに、今の僕は、彼らのいう通り、自分では制御しきれない何かに激しく動かされている感じがする。
「敵を捻り潰す力が無い勇者などというものは、存在を成し得ない……ということですかな? 姫」
「そういうことだ。私達は、偶像としての勇者を迎えに来たわけではないのだからな……お前、勇者とやり合ってみてどうだった?」
僕の投げを受け損じて、黒衣の女はそれなりにダメージを負っているようだったが……。
「見せてみよ」
黒衣の女が、その衣を脱ぐと、肩の辺りが腫れ上がり、酷く変色していた。
「――ちょっと待ってくれ」僕は彼女を背もたれのある椅子に座らせた。「こんなに酷くしたつもりはなかったんだ」
「――いいのよ。あなたは当然のことをしたまでなんだから」
「その通りだぞヒロカズ。その女は、暗殺者なんだからな。勇者が止めるのは当たり前だ」
「国王を狙って?」
「そうだ。私は純粋に、この国の国王を殺そうとした」
「――とすれば――順当に考えて、国王自身はまだすり替わってはおらんということでは?」とバヌガス。
「勇者のセンサー……つまり第六感というものが、本当に信頼できるものなのかはまだわからないが、ここは信用しておくことにしよう。他に判断材料が何もない状態だからな」
「シスター!」
「……はい」話を聴いていたのだろう。直ぐ、返事があった。
「彼女を」
「わかっています」
生来から僧侶の力を持つシスターが彼女を癒すと、みるみるうちに腫れが引いていった。何度見ても見事だと思う。
「シスター、メイ。君はその力があれば国でもっといい仕事に就けたんじゃないか?」とアルト。「それとも、何か反抗心でも持っているんじゃないか? この国に対して」
「シスター、メイ?……」
彼女は黙っているが、何かあるのは確かなようだ。
「いっそのこと、我々の作戦に加わってもらってはどうかね?」とバヌガス。「彼女が、勇者を一番理解している。もちろん、最初からそのつもりだったが、どうかね、メイ君」
「……」
「ちょっと待ってください。シスターに危険が及ぶなら、僕はここを離れますよ」
「やります……」シスター、メイは何かを決意したようにそう懇願した。「やらせて下さい……」
僕は驚いたが、シスターは目を合わせてくれない。
決意は変わらないということだ。
「諦めろヒロカズ。最初から決まっていたことだ。今更、勇者を辞めるとは、いわないよな」
「渡りに船というべきか――ワシらの中には丁度癒し手がいなかった。いや、最初からいたというべきか?」
僕は、肌身離さず持っていただろう宝刀を黒衣の彼女に手渡す。
「名前は?」
「シアーよ。ヒロカズ、って呼んでいいかしら」
「勿論」
「中々の御手前だったわ。流石は勇者ってところなのかしら。――あ。謝るのは無しよ。むしろ、ちょっと愉しかったから」
この人もちょっと変な人かもしれない……と思ったのだった。
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