僕は彼女の幸せを願う
さくっと読めるショートストーリーです(*^^*)
彼女を初めて見かけたのは1年前のことだった。
彼女は公園のベンチに座って小説を読んでいた。
僕は公園の遊具の上から彼女を見付けた。
ここは一人でいる事が多い僕の居場所だった。
ふとした瞬間に目が合った時、僕は彼女のその綺麗な瞳に恋をしてしまった。
彼女は毎週金曜日の同じ時間、この公園にやってくる。
そんな彼女を僕はいつも見ていた。
言っておくが、ストーカーではない。
彼女より先に僕がこの公園にいたのだ。
それだけは譲れない。彼女とは時々目が合った。
僕は恥ずかしくてすぐに目を逸らしてしまう。
彼女とは話をした事がない。
僕なんかが話しかけてもきっと相手にしてもらえないだろう。
だって彼女には恋人がいる。
彼女はいつもここで恋人を待っている。
今日もそろそろ来る頃だろう。
相変わらず待ち合わせの時間はとっくに過ぎているけれど。
やってきた恋人に彼女は怒っている。
彼は笑いながら謝っている。
いつものやりとりだ。
そして2人は手を繋いで帰っていく。
そんな2人を僕はいつも見ていた。
彼に嫉妬した時もあったけど、
彼女が幸せそうならそれでいい。
僕は彼女の幸せを願っている。
とある土曜日の夕方、珍しく彼氏が先に公園にやってきた。
休日なのにスーツに身を包み、いつもより決まっている髪型を見て、僕は何となく察していた。
何度も腕時計を確認しながらソワソワする彼氏の姿に、彼女と会えなくなる日は近いのだろうかと思った。
彼女が来た。
彼女もいつもよりもお洒落な姿をしていた。
とても素敵だった。
思わず見惚れてしまった。
彼女は先に彼氏が来ていた事に驚きながらも嬉しそうだった。
2人は手を繋ぎながら歩いて公園を出ようとした。
その時、彼氏のポケットから着信音が聞こえてきた。
どうやら仕事のトラブルらしい。
電話に出た後、彼は彼女に謝り、「1時間で戻るから!」と公園を飛び出した。
彼女はいつものようにベンチに座って小説を読み始めた。
だが、1時間過ぎても彼は戻ってこなかった。
僕は知っている。
彼女はいつも、待ち合わせ時間を過ぎる彼氏を1時間は待っている。
でも、1時間待っても来なかった場合、諦めて帰っていく。
だから今日もきっと、あと1時間は待っているのだろう。
僕は彼女を見つめていた。
もうすぐ時間が過ぎて1時間が経つ。
だけどまだ彼は来ない。
彼女は泣いていた。
せっかく綺麗にしていたのに、お化粧も落ちてしまっている。
その時、公園の向こうで彼氏が走ってくる姿が見えた。
彼女からはまだ見えないだろうけど、きっと間に合うだろう。
その時、彼は立ち止まった。
その傍では子供が泣いている。
どうやら木に風船が引っかかってしまい、取れなくなっているらしい。
なんというベタな展開なんだろう。
彼はスーツの上着を脱ぐと、木に登りだした。
泣いている子供をほっとけない彼の優しさに、彼女も惹かれたのだろう。
やはりこの男には敵わない。
しかし彼女はそろそろ帰ってしまう。
もう1時間が経とうとしている。
僕は彼女になんとか伝えようとした。
「もうすぐ彼氏が来るよ!もう来るから待ってて!!」
叫ぶ僕を見ても、彼女は僕を睨みつけるだけだった。
やはり僕が声をかけても相手にされない。
僕は迷った。
これだけはやりたくなかった。
みんなを混乱させてしまうかもしれないから。
だけど、僕は彼女の幸せを願っている。
だから僕は時を止める。
僕は時の番人だ。
少しだけなら時間を止められる。
僕は息を止めた。
僕が止められる時間は少しだけ。
止められる事が出来るのは公園の中の時間だけだ。
そして時が止まった。
彼がやって来るまでの時間だけ稼げればいい。
彼はもう風船を子供に渡している。
彼女は僕を見ていた。
少し不思議そうな顔をして。
僕を見つめる彼女はやはり綺麗だった。
そこへ彼氏がやってきた。
僕は息を止めるのをやめた。
時は再び動き出した。
彼女は泣きながら彼氏に怒っている。
そんな彼女に彼氏は片膝をついて、手にしていた小箱を開けて、何かを囁いた。
彼の服はボロボロ。
彼女の化粧もボロボロ。
だけど彼女の涙は嬉し涙に変わっていた。
2人は幸せそうだ。
僕はきっともうすぐ彼女に会えなくなる。
もしかしたらもう会えないかもしれない。
それでも彼女が幸せならそれでいい。
その時、遊具で遊んでいた子供が僕を見て言った。
「あれ?この時計少し遅れてない?」
「え、まじで!!?やばい帰ろ!!」
子供たちは僕を見るなり、慌てて帰っていった。
ごめんね。だからやりたくなかったんだ。
僕は彼女を見た。
彼女は不思議そうに僕を見た後、僕に向かって微笑んでくれた。
「ありがとう」
そんな声が聞こえた気がした。
そして彼女と彼氏は手を繋ぎながら公園を去っていく。
その後ろ姿を見ながら、僕は彼女の幸せを願った。
僕は時の番人だ。
今日も誰かの幸せを願っている。
貴重なお時間を頂きありがとうございました。
僕の正体、気付きましたでしょうか?
ご愛読、ありがとうございました