第三十五話
「まずは、命の価値はどのくらいなんでしょうか?世界的に見てどこの国も人の命を大切にする傾向にあります。当たり前と言ってしまえばそれまでですがせっかくの機会なので考えて見ましょう。」
人の命が大切なのは究極の当たり前だとは思う。こんなこと聞かれない限りまず考えもしないことだとは思う。
「なぜ大切なのか?そう思うということは何か必ず理由がある。それは何かな?意見がある人はいますか?保護者の方、先生方でも構いません。」
まあ、当然の如くなかなか手は上がらない。こんな内容だと人の意見を聞くような形式の授業はできない。
「まあ答えられないのも無理はありません。考えもしないこと、普段通りに生きていれば考えもしないことです。自分が思うになぜ命が大切なのかはその人が亡くなった時に悲しむ人がいるからです。たった1人が亡くなるだけで多くの人間に悪影響を及ぼすからだと思ってます。」
今の自分の発言をホワイトボードに書いていく。そうすると静寂の中でペンを走らせる音だけが聞こえる。
「では、先ほど質問に戻ります。命の価値はどうでしょうか?1人が亡くなっただけで多くの人間に悪影響があるのなら当然価値は大きなものになります。なら次の質問です。命の価値に差があるでしょうか?」
病院でする問題提起ではない。少し怖くて先生方の方を見れない。
「一般的に命の価値に優先順位をつけてはいけない、ということを考える人もいるでしょう。でも、真剣に冷静に考えて見てください。一個人として周りを見た時に、どうしても優劣ができます。自分の子供、夫婦、親、親しい友人など一度自分自身の命のことも含めて考えて見てください。自分はまだ子供はいませんから分かりませんがおそらくここにきている親御さんは自分の命よりも自分の子供の命の方が自分の中で優位に考えているでしょう。これも一つの命の価値の差です。自分にはどんな犠牲を払っても守りたい人が2人います。この2人のためなら自分の命は疎か他の人の命なんて悩むことなく即決で犠牲にできます。人間一個人単位で考えると命の価値はかなり差があります。医師の先生方にはわかると思いますが、助かる命ともう手遅れな命、こう言った線引きもこう言った現場、職種には必要不可欠になります。」
説明をしながらホワイトボードに簡易的なグラフのようなものを書いていく。
「では、ここまでのことを踏まえて命とはどういうものなのでしょうか?」
会議室から借りてきた2つ目のホワイトボードに書く。
「わかる人いますか?」
ちらほら手をあげる人が見える。その人たちに意見を求めると「宝物」だったり「かけがえのないもの」だったり。そういった言葉が帰ってきた。
「そうですね。どれも正解だとは思います。でも、それでは死を克服することはできません。宝物やかけがえないものを失った時の喪失感は計り知れないです。人は命に対してかなり比重を置いてしまいがちです。もちろん、命というものは大事かもしれません。でも、もっと大切なことがあると思いませんか?その人が残したかった思いは?その人が大切にしていたことは?死の悲しみの中ではなかなか見つけ出すことはできません。極端な思想ですが自分はその人が大切にしたかったものを見つけられないくらいなら命の価値なんて最初からない方がいいと思います。だから自分は、命というのはただの制限時間だと思っています。その制限時間の間に他の人にどれだけのものを残せるか。自分自身の命の価値はそこに尽きると思います。」
自分は隼人の方に近づき、手紙を渡す。
「隼人、これがさくらがお前に残したかったものだよ。実はさくらに頼まれていたんだ。自分にもしもがあった時、隼人に渡してくれって。」
その手紙の内容は自分は知らない。読んではいけないと思ったから。ただかなりの枚数があり、自分があげたレターセットの封筒はパンパンに膨れていた。
「本来だったらこの手紙をお前に渡すだけで良かったのかもしれない。でもそれじゃいけないと思ったんだ。さくらといる時のお前の顔はとても幸せそうで、死んだ2人目の母さんたちと一緒にいる時の自分の顔によく似ていたから。お前はどうかわからないがその時の俺は自ら死のうと思った。だからもしかしたら、お前がそうなってしまわないようにこの授業を作ったんだ。さくらとの約束だったからな。お前を守って欲しいって。」
手紙の封筒には隼人の涙が少し滲んでいた。隼人の頭を撫で、授業に戻る。
「では、残された自分たちができることはなんでしょうか?その人の死に対して絶望するのではなく、その人が生きていたこと残してくれたものを心に留めて生きていくことです。今度は自分の命が尽きるときに誰かに大切なことを伝えることです。だからこそ人間は強くなっていきます。だって人生のゴールである死が全てバットエンドだったら悲しいじゃないですか。人は他の動物とは違い自分の遺伝子を残すだけでなく自分の思いも残すことができます。他の人に託すこともできます。ならその人のためにも残される側はできることをしないと。どんな辛い別れでも、突然の別れでも自分たちは生きていかなきゃいけないんです。その人のために。」
隼人の方を向いて、
「さくらのために。」
隼人はまた顔を伏せてしまった。
「死の克服方法はその人が伝えたかったもの、残したかったものを見つけることです。そうじゃないとその人の命を粗末に扱うことになります。死は辛いことです。でも、いつまでも引きずっていてはいつまで経っても進むことはできません。悲しむなとは言いません。悲しまないほうがおかしいです。でも、囚われないでください。亡くなった方のことを思いながら自分の命を全うしましょう。これで終わります。」
自分は一礼をした。全体から拍手が起こった。
授業を終え、片付けをしてると隼人が話しかけてきた。
「ありがと。」
「どういたしまして。手紙は読んだのか?」
「まだ途中。ひとりになってから読もうと思う。」
「そっか。お疲れ様。がんばろうな。」
「うん。」
そういって隼人は母親のもとに向かった。
「ありがとうございました。」
振り向くとそこにはさくらの両親がいた。母親は泣いていてとても話ができない状態だった。
「いいえ。さくらとの約束でしたし、あの子からは自分も多くのものをもらいました。感謝してもしきれません。」
「さくらも向こうで喜んでると思います。大好きな先生と隼人くんにこんなに思われているなんて。」
「それもこれも全部さくらが残してくれたものです。今日はわざわざありがとうございました。」
自分はさくらの両親に頭をさげて見送った。こうして、自分は自らの役割を終えた。




